いつもとは違う静かな幸せ
――パチン。
沙也加はリビングの照明を点けて、ダイニングテーブルの方へと目を向けた。
「え――っ」
と、視界に入ってきた光景に固まる沙也加。
そこには――。
「た、たぬきち?!」
ダイニングテーブルの先、ベランダの窓の手前でエプロン姿のまま倒れ込んでいるたぬきちがいた。
直後、沙也加の脳内に嫌なことがよぎる。
それは生きていれば、必ず起こること。
「そ……そんな……たぬきち、死なないでぇーーーーー!」
死であった。
よくよく考えてみれば、たぬきの寿命は野生では、四年から十年ほどで、出逢って数ヶ月後に行った動物病院では、推定年齢一歳と言われた。
「ま、まだ早いよ! 子供は親より先に死んじゃダメっていうでしょ!」
が、口にした瞬間、沙也加は思った。
(って、私の方が子供かも……)
稀に見る大正解である。
しかしながら、それどころではない。
正解が過ぎったかと思えば、またもやその視線をたぬきちに戻して、
「たぬきちっ!」
血相を変えて駆け寄った。
けれど、目を凝らすと。
「って、あれ? 寝てる?」
すぅーすぅーと寝息を立てるたぬきちがいた。
しかも、まだ子狸の時、よく包んでいたてろてろになった沙也加愛用の毛布を抱えてである。
「が、がわゆ――」
今度は違う意味で絶叫しそうになるが、沙也加はグッと堪えて、
(あ、危なかったぁぁぁ〜! キュン死するところだったよ〜!! 私の胃袋を掴んで、ハートも掴むとか、ほんと! どれだけ凄いたぬきなんだよ〜!)
などと、その場でジタバタ&デレデレ――悶絶していた。
泣きそうになったり、騒いだり、はたまた顔を緩ませてる――全く色々と忙しいOLである。
「直前まで、待っててくれたんだね……触ったら起きちゃうかな……?」
沙也加は一人そう呟く。
とはいえ、起こしたくない。せっかく気持ちよさそうに寝ているのだから……でも、目の前の尊い愛たぬきに触れたい。
頭の中の天使と悪魔が囁いて、思考がいったりきたりを繰り返すが――。
「……ぐっ、やめておこう」
唇を噛み締めてなんとかギリギリで耐えた。
そんなギリギリで生きているOL沙也加であったが、ふと、その手前ダイニングテーブルに置かれた物が目に入った。
「たぬきちぃぃ……」
そこには、ラップのかかった沙也加の大好物であるグラタンに、クルトン別添えのオニオンスープ。
「あたためて食べてポン。今度は、帰る時間をちゃんと教えてポン」と書かれたメモが置かれていた。
「ごめんねぇぇぇ……次は絶対守るからぁぁぁーーー!」
近所迷惑もなんのその。
自分を想ってくれるたぬきちに心を撃ち抜かれてしまい、心のダムは崩壊して目から涙があふれ出る。
けれど、その叫び声のせいでたぬきちが「んぅ……ポン」と寝返りを打って、パチンと目を開いた。
「あ、えっ……そのただいま……たぬきち」
突然のことに、無駄にあたふたしてしまう沙也加。
だが、たぬきちは、「おかえりポン……」と一言だけ告げて瞼を閉じた。
「……ふふっ、おやすみたぬきち♪」
この後、大好物のグラタンを頬張りながら、いつもとは違う静かな幸せ時間を噛み締める沙也加であった。




