魂の咆哮
たぬきちが、スマホを握り電話を掛けようとしたその時。
――タンタカタン♪ タカタカターン♪
手の内で軽快なメロディを響かせるスマホ。
まさかの電話が掛かってきた。
「ポ、ポン?!」
タイミングがタイミングなだけに、たぬきちはびっくりして跳びはねてしまい、スマホを落としそうになる。
――が、もはや第三の手と化した尻尾でキャッチした。
「危なかったポン……」
胸を撫で下ろして、スマホを手に取って画面を確認する。
すると、そこには【ご主人】と表示されていた。
そう、この一匹と一人、全く同じタイミングで電話を掛けようとしていたのだ。
「ポ、ポン!」
(ボクのこと、わかっているポンね! ダメダメでもさすがは、ボクのご主人ポン!)
偶然の出来事とはいえ、たぬきちはちょっぴり嬉しくなっていた。
勝手に想像して不機嫌になっていた自分を恥ずかしくなるくらいに。
そして早く声が聞きたい。
待っているということを伝えたい。
そんな純粋な気持ちを抱きながら、通話のアイコンをタップした。
「もしもしポン!」
《あ、たぬきち? ごめんねー! お仕事立て込んでてさー、帰れても日は跨ぐと思う。だから先にご飯食べてて!》
「む――」
今一番、間違いなく聞きたくない言葉をくらってしまい、黙り込むたぬきち。
当然であろう。
期待からの、裏切り……まさに天国から地獄なのだ。
けれど、このまま終わることはできない。
やられっぱなしというのは、このたぬきちの辞書にはないのである。
だが、出た言葉は――。
「グギャッ――」
人間の言葉ではなく、遺憾の意を伝える鳴き声であった。
けれど、その遺憾砲は、沙也加に届いていないようで、
《グギャッ? え――っ?! どういう――》
通話口の向こうで、慌てふためいている感じだけが伝わってきた。
(ポン……わかるポン。忙しかったポンね。でも――)
今の今まで手が離せないほど忙しくて、連絡できなかった。だから、せめて先に伝えたかった――それは声から察することができる。
とはいえ――。
「ギャッギャッ! 空気読むポン!」
そう投げ捨て、たぬきちは通話を切った。
――プツン。
――ツーツーツー。
「あ……ついイラッとして切っちゃったポン!」
いつだって、知的で包容力のあるたぬき、たぬきち。
けれど、そんな彼でも時として野性に還ってしまうこともあるのだ。
【通話終了】と表示された画面を見ながら、ほんの少し大人げなかったかなと反省するけれど、
「ポン! たまにはいっかポン」
そう思うたぬきちであった。
☆☆☆
たぬきちが通話を切った直後の住吉電器株式会社のオフィス。
その奥、丸テーブルが三台、各テーブルに椅子が四脚ある休憩室にて。
自動販売機の前で、右手に【通話終了】と表示されたスマホ、左手に栄養ドリンクを持ちながら固まるOLがいた。
「めっちゃ……怒ってた。たぬきち……」
そう、以心伝心からの無意識に爆弾を放り投げた飼い主、江ノ上沙也加であった。
誰にも気付かれないように、こっそり抜け出して休憩室で一人通話していたのだ。
(――そらそうだよね、早く帰るって言ってたのに……)
「先にご飯食べてて!」いつも遅くまで起きているたぬきちを気遣っての言葉だった。
けれど、思い起こせば、この時間でたぬきちがご飯を作っていないことなくて、
「やってしまった……」
沙也加は、ようやく狸の尾を踏んだことを理解した。
一刻も早く帰って謝りたい。たぬきちをもふもふしたい。美味しい手料理にかぶりつきたい。
そんな思いが溢れて、
「たぬきちぃぃ……」
なんとも情けない声を漏らしてしまう。
けれど、そうは言っても、ここは会社。
まだ解決していないことがある。
これを終わらせないとたぬきちの待つ家に帰ることはできない。
――その瞬間。
沙也加の中で、なにかが弾けた。
「絶対に早く帰るんだーーーーーーーー!!!」
夜十時過ぎの休憩室に響く魂の咆哮。
愛たぬきに愛想を尽かされてしまうのは、もの凄くかなしい。ただそれだけ。
正直正気の沙汰ではないが、そんなことはどうだっていい。
「よし!」
そう気合を入れる沙也加。
先程まで死んだ魚の目、死に体であったその瞳に闘志が宿っていた。
一歩、一歩、歩みを進めるたびに、力強く。
そして不思議と頭がクリアになっていく。
「あっ!」
そしてふと思い出した。
契約を取り交わした製品のことを。
(ちょっと、待って……もしかしたら乗り切れるかも……)
それはたぬき愛がもたらしたこの場面を切り抜ける閃きだった。
沙也加は、浮かんだ案をすぐさま実行すべく、栄養ドリンクを勢いよく飲み干して、休憩室を飛び出た。




