憧れた大人女子(OL)トークの果てに
「……高橋課長?!」
沙也加の箸が止まった。
(絶対ないって、ただでさえ迷惑を掛けたのに――)
迷惑を掛けたまま、なにも返していない――。
それどころか普段の頑張りを褒められたというのに、素っ気ない返事をして、逃げるように帰った――いや、巻いた。
「あ――っ!」
「え、なに? 急にどうしたの?」
「いや、あはは……ちょっと思い出したことがあって――」
「なに思い出したこと……? 高橋課長に関係あるとか?」
「いや〜、あはは〜!」
(ど、どうしよう……なにも言えない)
反芻したことで、沙也加は自分の不始末の埋め合わせをしていなかったことを思い出しての、苦笑い。
なんともポンコツである。
「あー、それ私も思ったんですけど、先輩はたぬきちちゃん一筋なんですって」
「そ、そう! 私には可愛い犬がいるからね! 人間よりしっかりしているんだよ!」
(由紀ちゃーーーーん! めちゃくちゃ助かったよぉ〜! ありがとうぅぅぅーーーーー! でも、事実だし! たぬきちは完璧だもん!)
沙也加は思わぬ助け舟に、心の内で涙ながらお礼を述べつつも、その目には力が宿っていた。
「なにそれ〜! というか、人間よりって!」
自信たっぷりな沙也加が面白おかしいのか、彩音は必死に笑いを堪える。
だが、その隣に座っている由紀には、刺さったようで、激しく頷いていた。
「うんうん、わかります! 思う存分甘えられますもんね! 私も実家に帰った時、全力で甘えにいきますもん! というか、先輩のおかげで動物熱再上昇ですよ〜!」
(おお……なんか由紀ちゃん、すんごく共感してくれてる。あー、そういえば、実家の猫ちゃんが来てるんだっけ? 犬にも興味が出てきたとかも言ってたな〜♪)
実はこの後輩、毎日楽しそうに犬のことを話す、沙也加に触発されていたのだ。
(って、そういえば……最近、婚期って言わないような……)
それどころか結婚の話より、猫の話や犬の話をするほどである。
類は友を呼ぶ、同じ穴の狸。好きという気持ちは伝播する――いい証明だろう。
まぁ、沙也加が飼っている? のは、由紀の好きな猫でも、話題に上がっている犬でもないのだが――。
というか、どちらかというと、お世話されている立場であって。
「うん、動物って私たちが思っているより、頼りがいがあるよね♪」
沙也加は、太陽が霞むほどの笑顔で流した。
先程とは打って変わって、清々しいほどの思考放棄である。
「ははっ、まぁ、確かに! あ、でも、確かあの人フリーだから、誘っても問題ないと思うよ?」
「そうなんだ〜! へ、へぇー」
(なにこれ、OLっぽい……)
しかし、放り投げたというのに、学生時代、ちょっぴり憧れた大人女子(OL)トークに感心してしまって、投げた全てを拾い上げて、捏ねくりまわした。
それはもう、妄想が妄想を呼ぶほどに。
その結果――。
(というか、たぬきちと課長って、凄い似てるかも……いや、お似合いのカップル……)
広々としたリビングで小難しそうな本を片手に、コーヒーを嗜むシゴデキ――高橋課長。
そして、キッチン、踏み台を使って家事をこなす。もう一匹の愛たぬきこと――シゴデキママたぬきち。
一人と一匹の間には、緩やかだが、充実した空気が流れる。まさに理想の家庭……。
そんなぶっ飛んだことが、沙也加の頭の中で、アニメーションとして再生されていた。
残酷なほど、お似合いの一匹と一人。
(わ、私の居場所がない……)
沙也加は、まるで雷に打たれたように固まり、心の内でそう呟いた。
自らが想像した妄想でダメージを受け、青い空の下、青い顔をするというとんでもない状況――またもや深みに嵌まる飼い主? であった。




