うた歌いの合言葉は
なろうラジオ大賞向けに書きました。ぴったり1000字です。お楽しみいただけたら嬉しいです。
今宵はうた歌いの夜だ。
この世界では「うた」によって四季を移ろわせ、「うた」によって天気を操る。
普段は世界の東西南北にある「うた歌いの塔」に住んでいる四季のうた歌いたちが、この夜だけは一堂に会す。
そして時計回りにそれぞれの住まう塔を交換するのだ。
春のうた歌いランは,この日が待ち遠しかった。でも今日は少し寂しい。
うた歌いの任期は5年。このうた歌いの日が終わったら、次のうた歌いの日までに後任と役目を交代する。
この一年は最後になるそれぞれの塔とも、別れを惜しむように過ごしてきた。
うた歌いの夜が開かれる「中央の宮殿」へ来るのもこれで最後だ。
「よう! 久しぶりだな」
明るい声に顔を挙げると、声のとおりに明るい髪色に陽気な雰囲気を纏う男が立っていた。
「フォン」
ランが名前を呼ぶと笑顔が深くなった。ドサっとランの隣に腰掛ける。もう日が暮れるのに、お日様の香りがした。
夏のうた歌いであるフォンは、ランと同時期にうた歌いとなり、年に4回、こうやって顔を合わせている。
春のうた歌いが次の塔に移動すると、そこに夏のうた歌いがやってくる。
いつもランは、次に来るフォンのために春の花を飾っていた。決まった言葉を添えて。
「次のうた歌いの夜に会いましょう」
ランは、密かにフォンに想いを寄せていた。想いを告げる勇気はなく、ただ春の花とその一言に想いを込めた。
「次が最後の塔だな」
隣でフォンがつぶやいた。思わずランはフォンを見たが、フォンは前を向いたままで目は合わなかった。そのまま言葉を続ける。
「いつも春の花をありがとう。……手紙も嬉しかった」
思いがけない言葉にランの胸はドキリと音を立てたが、同時にいいようのない寂しさにも襲われた。
「喜んでもらって良かった。――でも、あの言葉はもう書けないね」
つぎのうた歌いの夜には、二人とももううた歌いではない。ここに集うこともない。
しかし、それを聞いたフォンがランをまっすぐ見据えた。
「書けよ。――必ず会いに行く。俺たちの合言葉があるだろう」
見たこともない真剣な顔だった。
次の春のうた歌いは、ランより少し年下の感じの良い娘だった。ランは安心して塔を出た。
今夜、また季節が巡る。
この夜に部屋で過ごすのは、久しぶりのことだった。ふと前回のうた歌いの夜を思い出す。
と同時に部屋のドアを叩く音がした。
ランは、胸を高鳴らせてドアに近づき、扉の向こうに声をかけた。
「合言葉は――」
今宵は、うた歌いの夜。




