↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Rosalie: A Human History  作者: 田中


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/22

第二二話 The Light Does Not Speak

 人間は、理解できぬものに名前を与える。

 それが神であり、怪物であり、そして希望である。


─宗教学者 イリーナ・サリモヴァ『光を食む者たち』より



────


 ──アメリカ合衆国 ニューヨーク州


 二〇三二年九月二日 午後三時〇五分。


 タイムズスクエア。

 崩れた広告塔の残骸が、かつての繁栄の影を映していた。

 その中央に組まれた簡易ステージの上、ひとりの少女が立っている。


 ロザリー・クーパー。

 カナダ・オンタリオ州サドベリー北部で生まれた、一五歳の少女。

 かつて“ロザリー”という名ゆえにいじめられた子供。

 “ロザリー”という生物の出現によって、さらに“怪物”と呼ばれた少女。


 だが、彼女はいま、数万人の人間の前に立ち、静かに、ゆっくりとマイクを握っていた。


「私は、サドベリーの北で生まれました。

 雪の降る森の中で、“ロザリー”という名前を笑われながら育ちました。

 でも、あの夜、私は本当のロザリーを見たんです。

 彼女は怪物なんかじゃなかった。

 ただ、生きようとしていた──それだけの、美しく、優しい生き物でした」


 ブルネットの巻き毛は長く、腰ほどまでに伸びていた。その緑の瞳は慈愛に満ち、唇には微笑が浮かんでいる。

 彼女の声は柔らかく、透き通っていた。

 ロザリー・クーパーの背後に設置された巨大スクリーンには、“ロザリー”と呼ばれる生物の映像が映し出される。

 スペリオル湖。雪の水面を滑るように進む、黒く、静かな影。

 その美しさに、群衆の一部が涙を流していた。


 だが、ステージの下では別の群れがいた。

 失われた者の名を掲げたデモ隊。


「ロザリーは怪物だ」


「子を返せ」


「光は偽りだ」


「光は、命のかたちです。

 彼女は、私たちを──」


 その言葉を遮るように、群衆の中から悲鳴が上がった。


「私の夫を返してよ!」


 声の主は、やせた女だった。

 腕の中に、額縁に入ってなお、破れた写真を抱えている。

 その隣で、まだ小さな子どもが泣いていた。


 少女の声が、群衆のざわめきに飲まれる。

 怒号と祈りと泣き声が混ざり合い、

 タイムズスクエアは、まるで生きたひとつの心臓のように脈打っていた。


 しかし、まだ幼さの残る顔立ちをした少女は、一歩も引かなかった。


「あなたたちが見ているのは恐怖です。

 ですが、恐怖は真実ではありません。

 恐怖こそが、彼女を怪物へと変えたんです」


 ロザリー・クーパーは、ゆっくりと笑った。

 その唇が、淡く光を帯びる。

 ラジウム。

 微量の放射性物質を含む化粧料が、ステージの光を受けて彼女の瞳と同じ緑白色に輝いていた。


「光は、決して破壊ではありません。

 光は、命のかたちです。

 彼女は、浄化をしに来たのです。

 私たちが忘れた“生きること”を、取り戻すために」


 その瞬間、広場が静まり返った。

 風が止み、時間さえも息を潜めたようだった。


 ロザリー・クーパーの唇が、まるで燭台のように輝いていた。

 誰もが息を呑み、誰もが彼女を“人間”とは呼ばなかった。


 群衆の一角で、誰かが小さく呟いた。


「女神だ……」


 それを皮切りに、無数の声が祈りに変わる。

 跪く者、涙を流す者、胸に手を当てる者。


 ステージの下、反対側では別の叫びが上がっていた。


「違う! あれは人を食う怪物だ!」


 怒号と祈りが衝突する。

 警備線が押し倒され、空に紙片が舞い上がる。

 その光景は、まるで人類最後の祭壇のようだった。


 ロザリー・クーパーは、群衆の争いを見つめながら、ただひとつ、穏やかに微笑んだ。


「光は、誰のものでもありません。

 ですが、恐れを捨てた者だけが、見ることができるのです」


 その声は風に溶け、やがて、ビルの谷間を超えて消えた。



 その日の夕刻、ニューヨークの街角には“光明”のステッカーが所狭しと貼られていた。

 教団でもなく、政党でもなく、誰の指示もないのに、人々は光を描いた。

 落書きのように、看板の隅に。

 スマートフォンの壁紙に。

 カフェのカップに。


 “光を見よ”


 それは、たった四文字のスローガンだった。


 SNSでは#LookAtTheLightがトレンドに上がり、ロザリー・クーパーの演説は無数に切り取られて再生されていた。

 彼女の微笑み、あのラジウムに輝く唇。

 映像のフレームごとに、信仰が増殖していった。


 どこかで泣いていた誰かが、「もう怖くない」と呟いて投稿する。

 その下に、数万の“光”の絵文字が並ぶ。


 街中のグラフィティが花のように光明のマークで塗り替えられていく。

 企業広告の隙間に、“彼女”の言葉が流れる。


〈ロザリーは、命を還す者。〉


〈死を恐れず、生を見よ。〉


 人々は知らず知らずのうちに、

 それを“流行”と呼びながら信仰していった。

 ロザリー・クーパーは、誰の手も汚さずに、都市そのものを教会へと変えていった。


 その夜、テレビの討論番組で誰かが言った。


「これは宗教ではない。思想だ」


 別の誰かが答えた。


「思想ではない。救済だ」


 そして画面の下のテロップには、“光明運動、参加者一億を突破”と流れていた。



────


 それは、四年前の春のことだった。


 カナダ オンタリオ州サドベリー北部。

 崩壊しかけた街の片隅で、一人の少女がスマートフォンを構えていた。

 名前は、ロザリー・クーパー。一一歳。


 彼女の背後では、灰色の空の下に沈みかけた家々が並んでいた。

 画面越しに見えるその世界は、すでに“人の住む場所”ではなかった。


 少女は、震える声で言った。


「ロザリーは、私たちを滅ぼしに来たんじゃない。

 生かすために来たのよ」


 その言葉は、偶然のように風に乗った。

 誰かが切り抜き、誰かが翻訳し、誰かが音楽を足した。

 そして、それは“光”と呼ばれるようになった。



 二〇二九年に生まれたその動画は、二〇三二年のいま、世界の隅々にまで広がっていた。

 ロザリー・クーパーの名は、宗教でも国家でもなく、希望のアルゴリズムとして共有されていた。

 動画の再生数は一〇〇億回を超え、彼女の言葉は“神の声”と呼ばれた。


 スーパーの精肉棚には「ロザリーのために」というステッカーが貼られ、SNSには毎日、肉を捨てる映像が投稿されている。


#MeatIsMurder(肉は殺人)


#RosalieIsLife(ロザリーは命)


#ReturnToLight(光に還れ)


 それはもはや流行ではなく、信仰だった。


 菜食主義者たちは言った。


「ロザリーは、命の秩序を取り戻す存在だ」


 動物愛護団体は叫んだ。


「人間こそが最も残酷な捕食者だった」


 そして光明運動はその全てを飲み込んだ。

 ロザリーを信じることが、倫理であり、正義であり、祈りとなった。


 ニューヨークの大通りでは、白い布をまとった人々が行進していた。

 彼らは口々に歌いながら、精肉店の前で立ち止まり、祈りを捧げた。


「食べないことは、殺さないこと」


 その言葉は、やがて怒号に変わる。


「あなたの手は血に濡れている!」


「牛を殺すな! 豚を殺すな! 人を殺すな!」


 投げつけられる赤いペンキ。

 割れるガラス。


 「命を返せ!」の叫びが響く。

 ニュースはそれを「平和的抗議」と呼び、光明運動の代表者は「自然への回帰」として称賛した。


 テレビ討論会で、司会者が問うた。


「ロザリー・クーパーは、これを望んでいるのでしょうか?」


 スタジオの空気が、張り詰める。

 活動家の女が静かに答えた。


「彼女は何も言わない。それが、答えです」


 観客の拍手が響く。

 SNSには再びハッシュタグが上がった。


#LightDoesNotSpeak(光は語らない)



────


 同日、夜。


 ロザリー・クーパーは薄暗い部屋で画面を見つめていた。

 そこには、光を掲げながら肉屋を襲う人々の映像が流れている。

 かつての彼女の言葉が、誰かの憎しみに利用されている。


 机の上のノートには、震える文字で書かれていた。


「ロザリーなんて、いなくなればいいのに」


 ラジウムを塗った唇が、淡く光る。

 彼女は静かにノートを閉じ、窓の外の光を見つめた。

 それは祈りのようで、嘆きのようでもあった。



────


 ──アメリカ合衆国


 最初に混乱したのはアメリカだった。

 “光明運動”を掲げるデモが全土で発生し、菜食を超えた“肉食禁止”を叫ぶ群衆がスーパーを封鎖した。


 政府は当初、言論の自由として容認していたが、やがて肉産業への打撃が経済を直撃した。

 テキサスの畜産業組合は「彼らはただの市民ではなくテロリストだ」と声明を出し、ネブラスカでは牧場主が群衆に銃を向けた。


 流血事件が発生し、SNSは一夜にして炎上。翌日、大統領府は緊急声明を発表した。


「光明運動の行動は信仰ではなく、国家経済への脅威である」


 それでも群衆は止まらなかった。ワシントンでは、議会前で数一〇〇〇人が「肉を殺すな」と叫び、その足元で、警察官が放った催涙弾が風に消えた。



────


 ──日本


 日本政府は慎重だった。

 “光明運動”に直接の禁止令は出さず、報道を制限することで火種を抑えた。しかし、SNSでは#ロザリーに倣い肉を絶つ#命の回帰というハッシュタグが広がり、若年層の間で急速に菜食志向が浸透した。


 東京では、渋谷の大型ビジョンにロザリー・クーパーの映像が映し出され、街頭インタビューに女子高生が答えている。


「ロザリーって、地球の免疫みたいな存在ですよね」


 農林水産省は静かに苦笑しながらも、国内の肉消費量が前年比三〇パーセント減少したという報告を受け取っていた。



────


 ──フランス


 フランスでは、倫理と芸術の境界が曖昧になった。

 “肉を食べることは暴力である”というパフォーマンス・アートがパリで始まり、裸の男女が美術館の床に横たわり、「我々も肉だ」と宣言した。


 文化相はそれを「新たな芸術運動」と擁護したが、その翌週、南部リヨンで光明運動の信者がレストランを襲撃。「ロザリーの光を汚すな」と叫び、三名を刺殺した。


 国民議会は緊急審議を行い、──“思想による殺人は自由ではない”──という新しい法案を可決した。



────


 ──イタリア


 ヴェネツィアを失った国は、もはや沈黙できなかった。

 宗教と国家の境界が曖昧なこの国では、光明運動が「新約の再臨」として解釈され、ローマ法王庁が公式に声明を出した。


「ロザリーとは悪魔ではなく、人類の傲慢が生んだ鏡である。」


 カトリック信者たちは混乱し、教会前では「神の声を奪った怪物」と「彼女こそ神の証」という二つの陣営が衝突した。

 その映像は“信仰の崩壊”として世界に拡散した。



────


 ──トルコ


 イスラム教国であるトルコでは、“ロザリー”という名がコーランの教えと衝突した。

 「アラーの創造物以外を崇めるな」という声明がモスクで繰り返され、光明運動の信者たちは地下へと潜った。


 イスタンブール郊外の倉庫では、密かに信者集会が開かれた。「彼女は罰ではなく赦しだ」という言葉が壁に刻まれ、電気の落ちた薄闇の中、一〇〇〇人の人々が一斉に膝をついた。



────


 ──スウェーデン


 北欧では、運動は別の形を取った。

 “ロザリーの光に倣う”として、肉食禁止を国家倫理として提案する政党が現れた。“ロザリー党”は環境保護と倫理主義を掲げ、わずか三ヶ月で国民の四分の一の支持を集めた。


 だが、国内の畜産業は壊滅し、乳製品の価格が一〇倍に跳ね上がった。

 寒冷地の生活を支える蛋白源が失われ、飢餓が静かに広がった。スウェーデン政府はついに“ロザリー法案”の審議を停止。支持者たちは国会前でロザリーの映像を掲げ、凍える雪の中で座り込んだ。



────


 ──国際連合 ジュネーブ


 各国の動きが錯綜する中、国連は一つの声明を出した。


「光明運動は思想であり、宗教であり、人権であり、災厄である。」


 この曖昧な文言が、逆に火をつけた。賛同国と排斥国が真っ二つに割れ、安保理は機能を停止した。国際秩序の最前線が、ひとりの少女の言葉によって瓦解していった。



────


 ロザリー・クーパーは狭い部屋の片隅で、パソコンのモニターを見つめていた。


 画面の中では、世界が彼女の名を唱えていた。


“ロザリー・クーパー、救世主か狂気か”


“光明運動、アメリカ全土で拡大”


“少女の言葉が人々を変えた”


 ニュースも、SNSも、音楽さえも、彼女の姿を模倣していた。

 同じラジウム色の唇、同じ白い服。

 そのどれもが、ロザリー自身の手を離れていた。


 薄暗い部屋の中、蛍光灯がチカチカと瞬く。

 ロザリーはマウスを握りしめたまま、ゆっくりと微笑んだ。


 唇のラジウムが、静かに光る。

 外から聞こえるのは、誰かが唱える祈りの歌。


 ロザリーは微笑んだまま、画面に映る自分と、街の光とを、区別できなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。