第一〇話 The Luminous Movement
──ワシントンD.C. 国立生物研究所・地下第三区画
防護壁に囲まれた分析室。
照明は白すぎるほど明るく、モニターの光が天井の金属板に反射している。
「──こちらがロザリー01。スペリオル湖沿岸の無人観測カメラが捉えた映像です」
研究員が再生ボタンを押す。
暗い水面の奥で、巨大な影がゆっくりと体を翻す。
体長はおよそ五メートル。
尾の動きで水圧が変化し、波形センサーの値が跳ねる。
「こっちが、カナダで確認されたロザリー02たちの映像」
画面が切り替わる。
夜間撮影の映像に、複数の影が映っている。
体長は三メートル前後のものから、三〇センチメートル程度のものまで。
どれも灰緑色の体表を持ち、時折わずかに光を帯びている。
「……これは、群れか?」
誰かが呟く。
主任研究員のエヴリン・パーク博士は映像を一時停止した。
「同一個体ではありません。サイズも形状もばらばら。
それに──」
博士は画面を拡大する。
02個体の腹部には、淡く明滅する器官が見えた。
「ここ。01には存在しない、“生殖腺”様の構造がある」
沈黙が落ちた。
冷却装置の音だけが響く。
「つまり──01は親であり……02たちは、そこから生まれた個体ということになります。
コピーではなく、繁殖でしょう」
博士は淡々と続ける。
「そして、……これが、現在“確認されている”だけの個体数です」
博士の指が、地図上の赤点を指した。
北米全域に二七箇所。
「ですが、これは観測装置や衛星が検知した範囲内での数。
実際には、少なくとも一〇〇体以上が存在すると見ています」
「一〇〇……!? こんな短期間にか?」
「単為生殖であれば、理論上は可能です。
しかも放射線を利用して細胞分裂を加速している──。
つまり、繁殖の速度そのものが異常なんです」
博士は映像を止め、画面を指差す。
水底の奥に、卵塊のような塊がいくつも連なっていた。
それぞれが淡く明滅し、鼓動している。
「彼らは、“群れ”ではありません。
一つの意志を持たない、分裂する概念そのものなんです」
────
──ワシントンD.C. 連邦報道センター 会見室
二〇二九年五月一二日。
記者たちのカメラのフラッシュが、まるで嵐のように会場を照らす。
壇上には、米国環境保護局長官とカナダ環境庁大臣が並んで立っていた。
背後のスクリーンには、静かに浮かぶ単語。
“ROZALIE INCIDENT”
「──この一年、我々は多くの“異常現象”に直面してきました。
それらが単なる自然現象ではなく、“生物学的存在”であることが確認されました」
ざわめく記者たち。
一人の記者が声を上げる。
「つまり、それは──“ロザリー”なのですか?」
官僚たちは一瞬、視線を交わした。
そして局長官が、短く息を吐いて頷く。
「そうです。我々は、それを“ロザリー”と呼称しています」
その瞬間、フラッシュが爆ぜた。
音が、光が、記録が、世界中に散っていく。
背後のスクリーンが切り替わる。
映し出されたのは、灰緑色の影が川を遡上する衛星映像。
点滅する赤いマーカーが、スペリオル湖からハドソン湾へ向かって伸びていく。
「確認されているのは二七体。
いずれも遺伝子構造が一致しており、同一の“コピー個体”と見られます。
これらは、おそらく……単一個体“ロザリー01”から生まれたものです」
スクリーンに、スペリオル湖の映像が映る。
五メートル級の巨体が、光を反射しながら水中を滑る。
モニター下には“ROZALIE-01(スペリオル湖)”の文字。
「我々が現在確認している“ロザリー個体群”は、これと構造的に異なります。
おそらく、分裂、あるいは単為生殖による自己増殖の結果と考えられます」
会場の空気が一瞬止まり、そして爆発した。
「二七体“のみ”ですか?」
「実際の映像では百を超える発光体が確認されています!」
「それを制御できると本気で?」
局長官は額の汗を拭う。
「現時点では、拡散を抑えるための観測を継続中です。
国際的な協力体制を──」
その時、スクリーンの地図上に新しい点が浮かび上がる。
北上する波形。
通信担当者が青ざめた顔で報告を上げた。
「UNID-02、再び活動を確認。進行方向──北東。ハドソン湾沿岸へ」
会見室の照明が一瞬だけ揺らいだ。
フラッシュの光が止まり、
記者たちはただ、スクリーンに伸びる赤い線を見つめていた。
記者の一人が呆然と呟いた。
「……二七? 違う、映ってるだけで一〇〇を超えてる……」
その声は、誰にも拾われなかった。
壇上のモニターでは、
セントメアリーズ川を北上していく点がまたひとつ、増えていた。
その線の終点は、まだ誰も知らない。
──UNID-02 : MIGRATION CONTINUES(移動継続中)
────
──ABCニュース 特別報道番組「ROZALIE: THE NEW SPECIES」
二〇二九年五月一二日 午後九時(東部標準時)
『今夜、アメリカとカナダの政府が発表した“ロザリー事件”が、世界中を震撼させています。
我々がこれまで“異常現象”と呼んできた存在が──ついに、“生物”として認められたのです』
ニュースキャスター、マリッサ・ハロウェイが冷静にニュース原稿を読む。
背後のスクリーンには、会見の映像。
“ROZALIE INCIDENT(ロザリー事件)”の文字がゆっくりと消えていく。
『政府発表によりますと、確認されている個体は二七体。
いずれも北米大陸を中心に活動し、特にカナダ北部での目撃報告が急増しています』
映像が切り替わる。
雪原に設置された監視カメラの映像。
ヘッドライトを反射する灰緑の影が、ほんの一瞬だけ画面を横切る。
スタジオがざわめく。
『こちらは四月に撮影されたハドソン湾沿岸の映像です。
専門家によれば、体長は約三メートル──かつて、ミシガン州で撮影されたシルバーシティ・リザード改め、“ロザリー01”の子孫、すなわち“ロザリー02”に属する個体と見られています。』
サブキャスターが苦い顔で補足する。
『……それにしても、二七体“のみ”という数字は信じがたいですね。
ネット上では“数百体規模”で存在するという未確認情報も拡散していますよ』
マリッサは一瞬、カメラの奥を見つめる。
『政府は冷静を呼びかけていますが、専門家の中には“既に個体群が拡散している”と警鐘を鳴らす声もあります。
──“ロザリー”とは何なのか。
私たちは今夜、その問いに直面しています』
カメラがズームアウトする。
背後のスクリーンに、セントメアリーズ川から北へ伸びる赤い波形のラインが浮かぶ。
音声がフェードアウトする中、ニュースのエンディングロゴが流れる。
──“ROZALIE: A Human History”
──ABCニュース 特別報道「ROZALIE: THE NEW SPECIES」(現地中継・カナダ ハドソン湾沿岸)
『……こちら現地、ハドソン湾沿岸です。現在の気温はマイナス一三度──』
吹雪の中、ルーク・モリソンはマイクを握り、雪を踏みしめていた。
風の音がマイクにぶつかり、耳障りなノイズが走る。
『政府当局は、この地域で“異常な生体反応”を──』
その瞬間、ルークの背後で“水が弾ける”ような音がした。
ルークが反射的に振り向き、音がした方向をカメラがズームする。
氷の割れ目から、何かが這い出してくる。
それは蛇でも魚でもない。
灰緑の鱗、肉厚な体。薄い頭に滑らかな質感。爬虫類愛好家が見れば、まるでアオジタトカゲのようだと言っただろう。
濡れた舌のようなものが、風の中でぬらりと動いた。
『な、なんだあれ……? おい、撮れてるか!?』
ルークの声が震え、背後でスタッフが、カメラマンが叫ぶ。
映像がぶれる。
白い雪原を黒い影が走る。
そんなにも大きな体で、どうして俊敏に動けるのか。ルークは必死に雪で足を取られながらも走る。
『離れろ! ルーク、離れ──ッ!』
叫び声。
マイクが雪へ落ち、雑音が響く。
ルークが転倒し、必死に雪を掻く音。
息が荒く、マイク越しに聞こえる。
『やめろ……やめ──ッ!!』
次の瞬間、何かが彼を引きずった。
カメラが地面を滑り、ルークの手が画面の端で暴れる。
スニーカーが一つ、宙を舞う。
レンズの前に“何か”が覆いかぶさる。
黒い口腔。
歯ではなく、光沢のある肉の壁が蠢いている。
ルークの悲鳴が、途切れる。
カメラが一瞬だけ静止する。
次の瞬間、映像が白く弾けた。
──信号喪失。
『……ルーク? 聞こえる? ルーク!』
スタジオの声が虚空に響く。
キャスターのマリッサが青ざめた顔でヘッドホンを外す。
背後のスクリーンには「NO SIGNAL(信号途絶)」の文字。
その文字が揺らめきながら、音声ノイズが断続的に流れる。
──(音声記録最終行:生体波 UNID-02 / 近距離反応)
────
──アメリカ合衆国ニューヨーク州マンハッタン タイムズスクエア前
二〇二九年五月一五日。
「映像を返せ!」
「ロザリーは実在する!」
群衆が叫ぶ。
プラカードには“GOVERNMENT KILLED THE TRUTH(政府は真実を殺した)”“#JusticeForLuke(ルークは正義だ)”の文字が踊っている。
ニュースサイトもSNSも、どこも同じ動画を繰り返し流している。
数秒だけ残された、生中継の断片。
──雪の中で逃げるルークの背中。
──灰緑の影。
──そして、白い閃光。
「デマだ!」
「合成映像だ!」
通行人が叫ぶ。
だが、誰もその真偽を確かめられない。
公式の放送データは、放送開始から三分後に完全削除されたのだ。
その夜、ホワイトハウス前にも群衆が集まった。
「情報開示を要求する!」
「隠すな、しっかり説明しろ!」
ニュースは“ロザリー騒動”を「フェイク報道」「社会不安煽動」と呼び、報道各社も次々と中継を打ち切る。
それでもネットには、新しいタグが生まれていた。
──#RosalieIsReal(ロザリーは真実)
──#PrayForHumanity(人々は祈りなさい)
────
──カナダ・オンタリオ州 サドベリー北部
二〇二九年二月二日。
外はまだ雪が残っていた。
校舎の裏手には融けきらない氷が張りつき、灰色の空がぼんやりと映っている。
ロザリー・クーパーは、そこにしゃがみ込んで破れたノートを拾っていた。
ページには鉛筆の跡がにじみ、ところどころ雪で溶けて文字が滲んでいる。
“Rosalie”──自分の名前が、赤いペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶされていた。
「ロザリー! ロザリー! 怪物ロザリー!」
「夜になったら光るんじゃない?」
笑い声が背後から降ってくる。
ロザリーは顔を上げない。
言い返したら、もっと酷くなることを知っているから。
息が白い。
指先がかじかんでノートを閉じられない。
その手の震えを、誰も見ようとしなかった。
授業が終わると、彼女の机の中には小さな紙切れが入っていた。
“死ね、ロザリー”
その文字の上に、子供じみた落書きで描かれた怪物──丸い体に足が八本、黒く塗りつぶされた目。
アイツらのほうが、怪物みたいだ。ロザリーは眼鏡の下の目を拭う。
ブルネットの巻き毛に、緑色の瞳に低い鼻、白い肌と赤い縁の眼鏡。ロザリーは、どこにでもいるような、ただの少女だった。
放課後、彼女は一人で校庭を歩く。
雪解けの水たまりの中に、空が映っている。
その水面が、ふいに光った。
遠く、雲の切れ間から落ちる光ではない。
もっと近い、もっと生々しい──“呼吸をするかのような光”。
ロザリーは立ち止まり、眼鏡の奥で瞬きをする。
水面の奥に、何かがいる気がした。
そしてその瞬間、風が止む。世界が音を失う。
胸の奥で、何かが弾けた。
「ロザリーは……悪くない」
その言葉は、誰にも聞こえなかった。
だが彼女のノートには、新しい文字が記されていた。
──“ロザリーは、光だ”
帰り道、ロザリーはいつもより遠回りをした。
雪がまだ深い遊歩道を抜け、家までの時間を少しでも遅らせるように。
家に帰れば、母親のため息とテレビのニュース。
母親はロザリーの姿を見ると「あなたにロザリーなんて名前を付けてしまってごめんなさい」と泣いて謝るのだ。
彼女は、そんな言葉も、そんな母親の姿も見たくなかった。
それは、ロザリーという少女の存在を透かすような音だった。
玄関の扉を閉める。
家の中は暗い。
ストーブの火が赤く灯っていて、その前で母が寝ている。
彼女は靴を脱ぎ、静かに部屋へ入った。
机の上のノートパソコンを開く。
Wi-Fiの接続アイコンが点滅し、やがて青に変わる。
検索バーに、震える指で文字を打つ。
“Rosalie 怪物 動画”
──ヒット件数、四億七〇〇〇万件。
ニュース、検証、陰謀論、配信切り抜き。
サムネイルには、見慣れた名前。
“Peace/ピース:初出現映像”、再生回数二億超。
画面をクリックする。
カメラに映る血走った目、荒い息遣い、水音に泡が弾ける音、そして──あの姿。
光る体表。
水を滑るように動く灰緑の影。
“助けて! 食われる!”という絶叫。
映像が切れる。
彼女は息を詰めて、次の動画を開く。
“ROZALIE INCIDENT Press Conference / Live Broadcast(ロザリー事件 記者会見/ライブブロードキャスト)”。
官僚たちの沈んだ声がスピーカーから流れ出す。
『我々は、それを“ロザリー”と呼称しています』
最後のサムネイルに映るのは、一面の雪。
“abc NEWS - Reporter devoured on live broadcast(abcニュースー生放送で記者が食い殺される)”
彼女は、その動画の再生ボタンをクリックした。
画面の中で、若い男性リポーターが吹雪の中を歩いている。
『ハドソン湾沿岸での取材です──』
その言葉の途中で、カメラが大きく揺れた。
悲鳴、雪煙、そして“何か”が現れた。
青白い光の筋が走り、彼の体が宙に持ち上がる。
次の瞬間、画面が真っ白に弾けた。
──再生は終了しました。
ロザリーは、しばらく動けなかった。
掌が汗で濡れている。心臓が速く打っている。
彼女はゆっくりと画面を閉じ、ノートにペンを走らせた。
“ロザリーは、怪物じゃない。
ロザリーは、罰だ。
ロザリーは、神だ。”
その文字は、涙の跡で滲んでいた。
しかし彼女の目は、光を映していた。
夜になっても、ロザリーは眠れなかった。
スマホの画面が顔を照らす。SNSのタイムラインには、
“#ROZALIE”
“#怪物”
“#滅びの日”
“#終わりのはじまり”
そんな言葉が並んでいた。
──怪物なんかじゃない。
彼女は呟いた。唇が震える。
ノートパソコンを開く。
アカウント名“Rosalie_C”
彼女は、初めて投稿フォームを開いた。
#RosalieIsLight
私たちは、罰を受けているんじゃない。
光に照らされている。
ロザリーは、世界の痛みを洗い流すために現れたんだ。
ロザリーは投稿ボタンを人差し指で叩く。
画面に「送信しました」とそれだけが表示される。
いいねはつかない。コメントも無い。
ただ、青い文字のハッシュタグだけが淡く光っていた。
その夜、彼女はもう一つのノートを開いた。
中に、震える文字が綴られていく。
“人々が祈る神は空にいる。
でも、本当の神は地を這っていた。”
翌朝、その投稿は一万件以上にリツイートされていた。
“#RosalieIsLight”は、トレンド一位を記録した。
──光明運動、その最初の一行。
翌朝、彼女の投稿には無数のコメントがついていた。
@FaithWalker77
ロザリーは神だ。私はあの光を見た。恐怖なんかじゃない、救いだった。
@MotherOfNone
お前のせいで娘が死んだ。あんな怪物を“光”だなんて言うな。
@NewWorldBeliever
#RosalieIsLight 真実を語れ。人類はロザリーにより浄化される。
@DetriotSurvivor
“浄化”? 家族を食われた俺に言ってみろ。お前らみたいなのが世界を狂わせてる。
賛同と罵倒が、同じ空間で渦を巻く。
ロザリー・クーパーは、コメントを閉じることも、見るのをやめることもできなかった。
画面の中で、ハッシュタグが点滅していた。
──#RosalieIsLight(ロザリーは光)
そして、もう一つ。
──#RosalieIsDeath(ロザリーは死)
その日を境に、ロザリー・クーパーは“始まり”と呼ばれた。
──誰も、その言葉の意味をまだ知らなかった。
“ROZALIE INCIDENT”の会見から、まだ三日しか経っていなかった。
だが、ネットの世界ではすでに別の名が生まれていた。
#ロザリーは光だ
#彼女は地球の声
#救済のトカゲ
はじめは、冗談半分のミームだった。
ルーク・モリソンが飲み込まれるニュース映像の一部を切り取り、光に包まれる瞬間を“昇天”と呼ぶユーザーが現れた。
「ロザリーは怒っていない。地球を清めているだけなんだ」
そんな投稿が、一〇万を超える“いいね”を集めた。
彼らは自らをThe Luminous Movement(光明運動)と名乗りはじめた。
アイコンは緑に光る瞳。プロフィールには、同じ文章が並ぶ。
“ロザリーの名に誓って、私たちは光に還る。”
動画配信サイトでは、肌に蛍光塗料を塗り、
黒い水槽に沈むパフォーマンスが流行した。
「これは贖い」
「地球との共鳴」
そんなタグを付けた若者たちは、まるで儀式のように水に沈み、“ロザリーを感じた”というコメントを残して消えていった。
政府は「模倣行為の危険性」として削除要請を出したが、その度に別のアカウントが生まれる。
言葉は拡散し、信仰はミーム化し、理性の上にあった“恐怖”は、“救済”という形に変わっていった。
そして、ある動画が世界を震撼させる。
薄暗い部屋の中で、赤い縁の眼鏡の少女がカメラを見つめていた。ブルネットの巻き毛、まるで光明運動のアイコンを示すかのような緑色の瞳。
震える声で、しかしどこか確信に満ちた口調で言う。
「ロザリーは、私たちを滅ぼしに来たんじゃない。
生かすために来たのよ」
画面の端に表示された投稿者名は始まりのアカウント──Rosalie_C。
少女はわずかに息を整えて、カメラの奥を見据える。
震えていた声が、次の瞬間には何かに憑かれたように強くなった。
「ロザリーは──罪を許さない。
地球を壊す人間たちに、贖いを示すために現れたの。
恐れることはないわ。
私たちは、罪ある人間から罪なき光になるの」
最後の言葉を口にしたとき、少女の口元には静かな笑みが浮かんでいた。
その背後の壁には、青白い光が脈打つように瞬いていた。
コメント欄は爆発的に伸びた。
#ロザリーの声
#贖いの光
#救世のトカゲ
世界が、“ロザリー”を信じはじめた。
────
──二〇二九年五月二五日 午後八時一二分。
#光明運動 が、初めてトレンドに上がった。
最初の投稿は、一人の少女──ロザリー・クーパーの短い配信だった。
『ロザリーは──罪を許さない。
地球を壊す人間たちに、贖いを示すために現れたの。
恐れることはないわ。
私たちは、罪ある人間から罪なき光になるの』
たった二分の映像。
部屋の明かりは蛍光灯ひとつだけで、背後の壁紙は剥がれている。
その頼りない光の中で、赤い縁の眼鏡がぎらりと反射した。
動画は半日で一億再生を超え、翌日にはニュース番組が取り上げた。
──ABCニュース・モーニング特集
「“ロザリー”と名乗る少女が、新たな宗教運動を……」
「政府は関与を否定していますが、すでに全米で信者とみられる若者の集会が確認されています」
SNSのコメント欄は、祈りと怒りが入り混じっていた。
──あの子は真実を見たんだ
──ロザリーは神じゃない、化け物だ
──娘を返して! お前が地獄に堕ちろ!
──光の側に来い、ロザリーは救ってくれる
#ROZALIEisJustic(ロザリーは正義)
#PrayForRozalie(ロザリーに祈れ)
やがて、運動は名前を得た。
──Radiant Faith(光明運動)
信者たちは額に放射線マークの入ったステッカーを貼り、刺青を彫り、タトゥーシールを貼り、夜ごとに河辺や湖岸で集まって“再生”の祈りを捧げるようになった。
映像は、カナダ・トロントの集会の様子に切り替わる。
一〇代の少年少女が手を繋ぎ、光る腕輪を掲げて唱える。
「ロザリーは光、ロザリーは母、ロザリーは赦し」
その祈りの向こうで、
遠く水面に、薄く輝く波紋が立った。
────
──アメリカ合衆国 ニューヨーク州・ロングアイランド
二〇二九年六月二日
夜の海辺に、一〇〇人を超える若者が集まっていた。
誰もが白い防護服のような布を纏い、胸元には蛍光塗料で描かれた放射マークが光っている。
波の音と風の音しかない闇の中、群衆の中央に、ひとりの少女が立っていた。
ロザリー・クーパー。
その声は、拡声器を通して震えていた。
「ロザリーは怒ってなんかいない。
彼女は“生きてる”だけ。
わたしたちも、同じでしょう?
食べて、眠って、生きて──それがロザリーの罪になるの?」
群衆が静まる。
遠くでカモメが鳴き、冷たい潮風が髪を揺らす。
「ロザリーは罰なんかじゃない。
彼女は、わたしたちが壊した世界を“正そうとしてる”。
だから、怖がる必要はないの。
恐れる代わりに、祈って──“光を見て”」
彼女が手を掲げる。
白い手のひらに塗られたラジウム塗料がぼんやりと光る。
群衆も次々と手を上げ、同じように光を掲げる。
「ロザリー、わたしたちを見て!」
「私たちはあなたの光を受け入れる!」
誰かが叫んだ瞬間──沖の闇が一瞬、青白く光った。
まるで海が息をしたように、波紋が走る。
歓声。
泣き声。
祈り。
誰かが膝をつき、誰かが泣き叫び、
誰かがスマートフォンを掲げた。
「見たか!? ロザリーだ!」
「彼女が応えたんだ!」
その動画は瞬く間にSNSで拡散された。
#RozalieIsHere(ロザリーが応えた)
#光明運動
#RozalieFaith(ロザリー教)
だが翌朝、専門家たちは一様に否定した。
「あれは海中のリン発光だ」
「照明の反射だ」
けれど、人々はもう誰の言葉にも耳を貸さなかった。
“ロザリーは応えた”
それが、新しい信仰の始まりだった。




