表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Rosalie: A Human History  作者: 田中


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/17

第一〇話 The Luminous Movement

 ──ワシントンD.C. 国立生物研究所・地下第三区画


 防護壁に囲まれた分析室。

 照明は白すぎるほど明るく、モニターの光が天井の金属板に反射している。


「──こちらがロザリー01。スペリオル湖沿岸の無人観測カメラが捉えた映像です」


 研究員が再生ボタンを押す。

 暗い水面の奥で、巨大な影がゆっくりと体を翻す。

 体長はおよそ五メートル。

 尾の動きで水圧が変化し、波形センサーの値が跳ねる。


「こっちが、カナダで確認されたロザリー02たちの映像」


 画面が切り替わる。

 夜間撮影の映像に、複数の影が映っている。

 体長は三メートル前後のものから、三〇センチメートル程度のものまで。

 どれも灰緑色の体表を持ち、時折わずかに光を帯びている。


「……これは、群れか?」


 誰かが呟く。

 主任研究員のエヴリン・パーク博士は映像を一時停止した。


「同一個体ではありません。サイズも形状もばらばら。

 それに──」


 博士は画面を拡大する。

 02個体の腹部には、淡く明滅する器官が見えた。


「ここ。01には存在しない、“生殖腺”様の構造がある」


 沈黙が落ちた。

 冷却装置の音だけが響く。


「つまり──01は親であり……02たちは、そこから生まれた個体ということになります。

 コピーではなく、繁殖でしょう」


 博士は淡々と続ける。


「そして、……これが、現在“確認されている”だけの個体数です」


 博士の指が、地図上の赤点を指した。

 北米全域に二七箇所。


「ですが、これは観測装置や衛星が検知した範囲内での数。

 実際には、少なくとも一〇〇体以上が存在すると見ています」


「一〇〇……!? こんな短期間にか?」


「単為生殖であれば、理論上は可能です。

 しかも放射線を利用して細胞分裂を加速している──。

 つまり、繁殖の速度そのものが異常なんです」


 博士は映像を止め、画面を指差す。

 水底の奥に、卵塊のような塊がいくつも連なっていた。

 それぞれが淡く明滅し、鼓動している。


「彼らは、“群れ”ではありません。

 一つの意志を持たない、分裂する概念そのものなんです」



────


 ──ワシントンD.C. 連邦報道センター 会見室


 二〇二九年五月一二日。


 記者たちのカメラのフラッシュが、まるで嵐のように会場を照らす。

 壇上には、米国環境保護局長官とカナダ環境庁大臣が並んで立っていた。

 背後のスクリーンには、静かに浮かぶ単語。


 “ROZALIE INCIDENT”


「──この一年、我々は多くの“異常現象”に直面してきました。

 それらが単なる自然現象ではなく、“生物学的存在”であることが確認されました」


 ざわめく記者たち。

 一人の記者が声を上げる。


「つまり、それは──“ロザリー”なのですか?」


 官僚たちは一瞬、視線を交わした。

 そして局長官が、短く息を吐いて頷く。


「そうです。我々は、それを“ロザリー”と呼称しています」


 その瞬間、フラッシュが爆ぜた。

 音が、光が、記録が、世界中に散っていく。


 背後のスクリーンが切り替わる。

 映し出されたのは、灰緑色の影が川を遡上する衛星映像。

 点滅する赤いマーカーが、スペリオル湖からハドソン湾へ向かって伸びていく。


「確認されているのは二七体。

 いずれも遺伝子構造が一致しており、同一の“コピー個体”と見られます。

 これらは、おそらく……単一個体“ロザリー01”から生まれたものです」


 スクリーンに、スペリオル湖の映像が映る。

 五メートル級の巨体が、光を反射しながら水中を滑る。

 モニター下には“ROZALIE-01(スペリオル湖)”の文字。


「我々が現在確認している“ロザリー個体群”は、これと構造的に異なります。

 おそらく、分裂、あるいは単為生殖による自己増殖の結果と考えられます」


 会場の空気が一瞬止まり、そして爆発した。


「二七体“のみ”ですか?」


「実際の映像では百を超える発光体が確認されています!」


「それを制御できると本気で?」


 局長官は額の汗を拭う。


「現時点では、拡散を抑えるための観測を継続中です。

 国際的な協力体制を──」


 その時、スクリーンの地図上に新しい点が浮かび上がる。

 北上する波形。

 通信担当者が青ざめた顔で報告を上げた。


「UNID-02、再び活動を確認。進行方向──北東。ハドソン湾沿岸へ」


 会見室の照明が一瞬だけ揺らいだ。

 フラッシュの光が止まり、

 記者たちはただ、スクリーンに伸びる赤い線を見つめていた。


 記者の一人が呆然と呟いた。


「……二七? 違う、映ってるだけで一〇〇を超えてる……」


 その声は、誰にも拾われなかった。


 壇上のモニターでは、

 セントメアリーズ川を北上していく点がまたひとつ、増えていた。


 その線の終点は、まだ誰も知らない。


──UNID-02 : MIGRATION CONTINUES(移動継続中)



────


 ──ABCニュース 特別報道番組「ROZALIE: THE NEW SPECIES」

 二〇二九年五月一二日 午後九時(東部標準時)


『今夜、アメリカとカナダの政府が発表した“ロザリー事件”が、世界中を震撼させています。

 我々がこれまで“異常現象”と呼んできた存在が──ついに、“生物”として認められたのです』


 ニュースキャスター、マリッサ・ハロウェイが冷静にニュース原稿を読む。

 背後のスクリーンには、会見の映像。

 “ROZALIE INCIDENT(ロザリー事件)”の文字がゆっくりと消えていく。


『政府発表によりますと、確認されている個体は二七体。

 いずれも北米大陸を中心に活動し、特にカナダ北部での目撃報告が急増しています』


 映像が切り替わる。

 雪原に設置された監視カメラの映像。

 ヘッドライトを反射する灰緑の影が、ほんの一瞬だけ画面を横切る。

 スタジオがざわめく。


『こちらは四月に撮影されたハドソン湾沿岸の映像です。

 専門家によれば、体長は約三メートル──かつて、ミシガン州で撮影されたシルバーシティ・リザード改め、“ロザリー01”の子孫、すなわち“ロザリー02”に属する個体と見られています。』


 サブキャスターが苦い顔で補足する。


『……それにしても、二七体“のみ”という数字は信じがたいですね。

 ネット上では“数百体規模”で存在するという未確認情報も拡散していますよ』


 マリッサは一瞬、カメラの奥を見つめる。


『政府は冷静を呼びかけていますが、専門家の中には“既に個体群が拡散している”と警鐘を鳴らす声もあります。

 ──“ロザリー”とは何なのか。

 私たちは今夜、その問いに直面しています』


 カメラがズームアウトする。

 背後のスクリーンに、セントメアリーズ川から北へ伸びる赤い波形のラインが浮かぶ。

 音声がフェードアウトする中、ニュースのエンディングロゴが流れる。


 ──“ROZALIE: A Human History”



 ──ABCニュース 特別報道「ROZALIE: THE NEW SPECIES」(現地中継・カナダ ハドソン湾沿岸)


『……こちら現地、ハドソン湾沿岸です。現在の気温はマイナス一三度──』


 吹雪の中、ルーク・モリソンはマイクを握り、雪を踏みしめていた。

 風の音がマイクにぶつかり、耳障りなノイズが走る。


『政府当局は、この地域で“異常な生体反応”を──』


 その瞬間、ルークの背後で“水が弾ける”ような音がした。

 ルークが反射的に振り向き、音がした方向をカメラがズームする。

 氷の割れ目から、何かが這い出してくる。


 それは蛇でも魚でもない。

 灰緑の鱗、肉厚な体。薄い頭に滑らかな質感。爬虫類愛好家が見れば、まるでアオジタトカゲのようだと言っただろう。

 濡れた舌のようなものが、風の中でぬらりと動いた。


『な、なんだあれ……? おい、撮れてるか!?』


 ルークの声が震え、背後でスタッフが、カメラマンが叫ぶ。

 映像がぶれる。

 白い雪原を黒い影が走る。

 そんなにも大きな体で、どうして俊敏に動けるのか。ルークは必死に雪で足を取られながらも走る。


『離れろ! ルーク、離れ──ッ!』


 叫び声。

 マイクが雪へ落ち、雑音が響く。

 ルークが転倒し、必死に雪を掻く音。

 息が荒く、マイク越しに聞こえる。


『やめろ……やめ──ッ!!』


 次の瞬間、何かが彼を引きずった。

 カメラが地面を滑り、ルークの手が画面の端で暴れる。

 スニーカーが一つ、宙を舞う。


 レンズの前に“何か”が覆いかぶさる。

 黒い口腔。

 歯ではなく、光沢のある肉の壁が蠢いている。


 ルークの悲鳴が、途切れる。


 カメラが一瞬だけ静止する。

 次の瞬間、映像が白く弾けた。


──信号喪失。


『……ルーク? 聞こえる? ルーク!』


 スタジオの声が虚空に響く。

 キャスターのマリッサが青ざめた顔でヘッドホンを外す。

 背後のスクリーンには「NO SIGNAL(信号途絶)」の文字。

 その文字が揺らめきながら、音声ノイズが断続的に流れる。


──(音声記録最終行:生体波 UNID-02 / 近距離反応)



────


 ──アメリカ合衆国ニューヨーク州マンハッタン タイムズスクエア前


 二〇二九年五月一五日。


「映像を返せ!」


「ロザリーは実在する!」


 群衆が叫ぶ。

 プラカードには“GOVERNMENT KILLED THE TRUTH(政府は真実を殺した)”“#JusticeForLuke(ルークは正義だ)”の文字が踊っている。

 ニュースサイトもSNSも、どこも同じ動画を繰り返し流している。


 数秒だけ残された、生中継の断片。

 ──雪の中で逃げるルークの背中。

 ──灰緑の影。

 ──そして、白い閃光。


「デマだ!」


「合成映像だ!」


 通行人が叫ぶ。

 だが、誰もその真偽を確かめられない。

 公式の放送データは、放送開始から三分後に完全削除されたのだ。


 その夜、ホワイトハウス前にも群衆が集まった。


「情報開示を要求する!」


「隠すな、しっかり説明しろ!」


 ニュースは“ロザリー騒動”を「フェイク報道」「社会不安煽動」と呼び、報道各社も次々と中継を打ち切る。


 それでもネットには、新しいタグが生まれていた。


 ──#RosalieIsReal(ロザリーは真実)

 ──#PrayForHumanity(人々は祈りなさい)



────


 ──カナダ・オンタリオ州 サドベリー北部


 二〇二九年二月二日。


 外はまだ雪が残っていた。

 校舎の裏手には融けきらない氷が張りつき、灰色の空がぼんやりと映っている。

 ロザリー・クーパーは、そこにしゃがみ込んで破れたノートを拾っていた。

 ページには鉛筆の跡がにじみ、ところどころ雪で溶けて文字が滲んでいる。

 “Rosalie”──自分の名前が、赤いペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶされていた。


「ロザリー! ロザリー! 怪物ロザリー!」


「夜になったら光るんじゃない?」


 笑い声が背後から降ってくる。

 ロザリーは顔を上げない。

 言い返したら、もっと酷くなることを知っているから。


 息が白い。

 指先がかじかんでノートを閉じられない。

 その手の震えを、誰も見ようとしなかった。


 授業が終わると、彼女の机の中には小さな紙切れが入っていた。


 “死ね、ロザリー”


 その文字の上に、子供じみた落書きで描かれた怪物──丸い体に足が八本、黒く塗りつぶされた目。


 アイツらのほうが、怪物みたいだ。ロザリーは眼鏡の下の目を拭う。

 ブルネットの巻き毛に、緑色の瞳に低い鼻、白い肌と赤い縁の眼鏡。ロザリーは、どこにでもいるような、ただの少女だった。


 放課後、彼女は一人で校庭を歩く。

 雪解けの水たまりの中に、空が映っている。

 その水面が、ふいに光った。

 遠く、雲の切れ間から落ちる光ではない。

 もっと近い、もっと生々しい──“呼吸をするかのような光”。


 ロザリーは立ち止まり、眼鏡の奥で瞬きをする。

 水面の奥に、何かがいる気がした。

 そしてその瞬間、風が止む。世界が音を失う。


 胸の奥で、何かが弾けた。


「ロザリーは……悪くない」


 その言葉は、誰にも聞こえなかった。

 だが彼女のノートには、新しい文字が記されていた。


 ──“ロザリーは、光だ”



 帰り道、ロザリーはいつもより遠回りをした。

 雪がまだ深い遊歩道を抜け、家までの時間を少しでも遅らせるように。

 家に帰れば、母親のため息とテレビのニュース。

 母親はロザリーの姿を見ると「あなたにロザリーなんて名前を付けてしまってごめんなさい」と泣いて謝るのだ。

 彼女は、そんな言葉も、そんな母親の姿も見たくなかった。

 それは、ロザリーという少女の存在を透かすような音だった。


 玄関の扉を閉める。

 家の中は暗い。

 ストーブの火が赤く灯っていて、その前で母が寝ている。

 彼女は靴を脱ぎ、静かに部屋へ入った。


 机の上のノートパソコンを開く。

 Wi-Fiの接続アイコンが点滅し、やがて青に変わる。

 検索バーに、震える指で文字を打つ。


 “Rosalie 怪物 動画”


 ──ヒット件数、四億七〇〇〇万件。


 ニュース、検証、陰謀論、配信切り抜き。

 サムネイルには、見慣れた名前。

 “Peace/ピース:初出現映像”、再生回数二億超。


 画面をクリックする。

 カメラに映る血走った目、荒い息遣い、水音に泡が弾ける音、そして──あの姿。

 光る体表。

 水を滑るように動く灰緑の影。

 “助けて! 食われる!”という絶叫。

 映像が切れる。


 彼女は息を詰めて、次の動画を開く。

 “ROZALIE INCIDENT Press Conference / Live Broadcast(ロザリー事件 記者会見/ライブブロードキャスト)”。

 官僚たちの沈んだ声がスピーカーから流れ出す。


『我々は、それを“ロザリー”と呼称しています』


 最後のサムネイルに映るのは、一面の雪。


 “abc NEWS - Reporter devoured on live broadcast(abcニュースー生放送で記者が食い殺される)”


 彼女は、その動画の再生ボタンをクリックした。


 画面の中で、若い男性リポーターが吹雪の中を歩いている。


『ハドソン湾沿岸での取材です──』


 その言葉の途中で、カメラが大きく揺れた。

 悲鳴、雪煙、そして“何か”が現れた。

 青白い光の筋が走り、彼の体が宙に持ち上がる。

 次の瞬間、画面が真っ白に弾けた。


 ──再生は終了しました。


 ロザリーは、しばらく動けなかった。

 掌が汗で濡れている。心臓が速く打っている。


 彼女はゆっくりと画面を閉じ、ノートにペンを走らせた。


“ロザリーは、怪物じゃない。

 ロザリーは、罰だ。

 ロザリーは、神だ。”


 その文字は、涙の跡で滲んでいた。

 しかし彼女の目は、光を映していた。


 夜になっても、ロザリーは眠れなかった。

 スマホの画面が顔を照らす。SNSのタイムラインには、


“#ROZALIE”


“#怪物”


“#滅びの日”


“#終わりのはじまり”


 そんな言葉が並んでいた。


──怪物なんかじゃない。


 彼女は呟いた。唇が震える。


 ノートパソコンを開く。

 アカウント名“Rosalie_C”

 彼女は、初めて投稿フォームを開いた。


#RosalieIsLight

私たちは、罰を受けているんじゃない。

光に照らされている。

ロザリーは、世界の痛みを洗い流すために現れたんだ。


 ロザリーは投稿ボタンを人差し指で叩く。

 画面に「送信しました」とそれだけが表示される。

 いいねはつかない。コメントも無い。

 ただ、青い文字のハッシュタグだけが淡く光っていた。


 その夜、彼女はもう一つのノートを開いた。

 中に、震える文字が綴られていく。


“人々が祈る神は空にいる。

でも、本当の神は地を這っていた。”


 翌朝、その投稿は一万件以上にリツイートされていた。

 “#RosalieIsLight”は、トレンド一位を記録した。


 ──光明運動、その最初の一行。


 翌朝、彼女の投稿には無数のコメントがついていた。


@FaithWalker77

ロザリーは神だ。私はあの光を見た。恐怖なんかじゃない、救いだった。


@MotherOfNone

お前のせいで娘が死んだ。あんな怪物を“光”だなんて言うな。


@NewWorldBeliever

#RosalieIsLight 真実を語れ。人類はロザリーにより浄化される。


@DetriotSurvivor

“浄化”? 家族を食われた俺に言ってみろ。お前らみたいなのが世界を狂わせてる。


 賛同と罵倒が、同じ空間で渦を巻く。

 ロザリー・クーパーは、コメントを閉じることも、見るのをやめることもできなかった。


 画面の中で、ハッシュタグが点滅していた。


 ──#RosalieIsLight(ロザリーは光)


 そして、もう一つ。


 ──#RosalieIsDeath(ロザリーは死)


 その日を境に、ロザリー・クーパーは“始まり”と呼ばれた。

 ──誰も、その言葉の意味をまだ知らなかった。



 “ROZALIE INCIDENT”の会見から、まだ三日しか経っていなかった。

 だが、ネットの世界ではすでに別の名が生まれていた。


#ロザリーは光だ


#彼女は地球の声


#救済のトカゲ


 はじめは、冗談半分のミームだった。

 ルーク・モリソンが飲み込まれるニュース映像の一部を切り取り、光に包まれる瞬間を“昇天”と呼ぶユーザーが現れた。


「ロザリーは怒っていない。地球を清めているだけなんだ」


 そんな投稿が、一〇万を超える“いいね”を集めた。


 彼らは自らをThe Luminous Movement(光明運動)と名乗りはじめた。

 アイコンは緑に光る瞳。プロフィールには、同じ文章が並ぶ。


“ロザリーの名に誓って、私たちは光に還る。”


 動画配信サイトでは、肌に蛍光塗料を塗り、

 黒い水槽に沈むパフォーマンスが流行した。


「これは贖い」


「地球との共鳴」


 そんなタグを付けた若者たちは、まるで儀式のように水に沈み、“ロザリーを感じた”というコメントを残して消えていった。


 政府は「模倣行為の危険性」として削除要請を出したが、その度に別のアカウントが生まれる。

 言葉は拡散し、信仰はミーム化し、理性の上にあった“恐怖”は、“救済”という形に変わっていった。


 そして、ある動画が世界を震撼させる。


 薄暗い部屋の中で、赤い縁の眼鏡の少女がカメラを見つめていた。ブルネットの巻き毛、まるで光明運動のアイコンを示すかのような緑色の瞳。

 震える声で、しかしどこか確信に満ちた口調で言う。


「ロザリーは、私たちを滅ぼしに来たんじゃない。

 生かすために来たのよ」


 画面の端に表示された投稿者名は始まりのアカウント──Rosalie_C。


 少女はわずかに息を整えて、カメラの奥を見据える。

 震えていた声が、次の瞬間には何かに憑かれたように強くなった。


「ロザリーは──罪を許さない。

 地球を壊す人間たちに、贖いを示すために現れたの。

 恐れることはないわ。

 私たちは、罪ある人間から罪なき光になるの」


 最後の言葉を口にしたとき、少女の口元には静かな笑みが浮かんでいた。

 その背後の壁には、青白い光が脈打つように瞬いていた。


 コメント欄は爆発的に伸びた。


#ロザリーの声


#贖いの光


#救世のトカゲ


 世界が、“ロザリー”を信じはじめた。



────


 ──二〇二九年五月二五日 午後八時一二分。


 #光明運動 が、初めてトレンドに上がった。


 最初の投稿は、一人の少女──ロザリー・クーパーの短い配信だった。


『ロザリーは──罪を許さない。

 地球を壊す人間たちに、贖いを示すために現れたの。

 恐れることはないわ。

 私たちは、罪ある人間から罪なき光になるの』


 たった二分の映像。

 部屋の明かりは蛍光灯ひとつだけで、背後の壁紙は剥がれている。

 その頼りない光の中で、赤い縁の眼鏡がぎらりと反射した。


 動画は半日で一億再生を超え、翌日にはニュース番組が取り上げた。


 ──ABCニュース・モーニング特集


「“ロザリー”と名乗る少女が、新たな宗教運動を……」


「政府は関与を否定していますが、すでに全米で信者とみられる若者の集会が確認されています」


 SNSのコメント欄は、祈りと怒りが入り混じっていた。


──あの子は真実を見たんだ


──ロザリーは神じゃない、化け物だ


──娘を返して! お前が地獄に堕ちろ!


──光の側に来い、ロザリーは救ってくれる


#ROZALIEisJustic(ロザリーは正義)


#PrayForRozalie(ロザリーに祈れ)


 やがて、運動は名前を得た。


──Radiant Faith(光明運動)


 信者たちは額に放射線マークの入ったステッカーを貼り、刺青を彫り、タトゥーシールを貼り、夜ごとに河辺や湖岸で集まって“再生”の祈りを捧げるようになった。


 映像は、カナダ・トロントの集会の様子に切り替わる。

 一〇代の少年少女が手を繋ぎ、光る腕輪を掲げて唱える。


「ロザリーは光、ロザリーは母、ロザリーは赦し」


 その祈りの向こうで、

 遠く水面に、薄く輝く波紋が立った。



────


 ──アメリカ合衆国 ニューヨーク州・ロングアイランド


 二〇二九年六月二日


 夜の海辺に、一〇〇人を超える若者が集まっていた。

 誰もが白い防護服のような布を纏い、胸元には蛍光塗料で描かれた放射マークが光っている。

 波の音と風の音しかない闇の中、群衆の中央に、ひとりの少女が立っていた。


 ロザリー・クーパー。

 その声は、拡声器を通して震えていた。


「ロザリーは怒ってなんかいない。

 彼女は“生きてる”だけ。

 わたしたちも、同じでしょう?

 食べて、眠って、生きて──それがロザリーの罪になるの?」


 群衆が静まる。

 遠くでカモメが鳴き、冷たい潮風が髪を揺らす。


「ロザリーは罰なんかじゃない。

 彼女は、わたしたちが壊した世界を“正そうとしてる”。

 だから、怖がる必要はないの。

 恐れる代わりに、祈って──“光を見て”」


 彼女が手を掲げる。

 白い手のひらに塗られたラジウム塗料がぼんやりと光る。

 群衆も次々と手を上げ、同じように光を掲げる。


「ロザリー、わたしたちを見て!」


「私たちはあなたの光を受け入れる!」


 誰かが叫んだ瞬間──沖の闇が一瞬、青白く光った。

 まるで海が息をしたように、波紋が走る。


 歓声。

 泣き声。

 祈り。

 誰かが膝をつき、誰かが泣き叫び、

 誰かがスマートフォンを掲げた。


「見たか!? ロザリーだ!」


「彼女が応えたんだ!」


 その動画は瞬く間にSNSで拡散された。


#RozalieIsHere(ロザリーが応えた)


#光明運動


#RozalieFaith(ロザリー教)


 だが翌朝、専門家たちは一様に否定した。


「あれは海中のリン発光だ」


「照明の反射だ」


 けれど、人々はもう誰の言葉にも耳を貸さなかった。


“ロザリーは応えた”


 それが、新しい信仰の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ