悪役令嬢なので、ヒロインから首席の座を奪いました
春の光が差し込む午後の教室。
机に広げたノートへペンを走らせていると、
ふいに影が落ちた。
「――わぁ、カルミア様って、また首席なんですね。すご〜い!」
振り向けば、両腕に本を抱えたリリアナが、
ぱっと笑顔を向けていた。
声は鈴のように明るく、悪気などひとかけらもない。
「ほんと、頭がいい人ってうらやましいです。
わたしなんて全然ダメで…」
困ったように眉尻を下げながらも、
どこか楽しげに笑っている。
ふわりとした栗色の髪に、大きな瞳がきらりと光った。
「難しい勉強って、貴族の娘にはあまり必要ないんじゃないかなぁって、
つい逃げちゃってたんです。
でもカルミア様を見てたら、
私もちゃんとやらなきゃなって思えてきて…!」
この娘は本気でそう思っている。
本来なら「ありがとう」と受け取るのが礼儀だが――
カルミアはすっと顔を上げ、
穏やかな微笑をたたえたまま静かに告げる。
「そう思うのなら、一歩を踏み出してごらんなさいな」
わずかな間をおき、澄んだ声で続けた。
「口先で努力を語るのは、簡単なことですものね」
空気が一瞬で張りつめた。
リリアナは目をぱちぱちさせて言葉を失い、
誰かが小さく息を飲む音だけが響いた。
◇
静まり返った教室の扉が、ガチャリと開いた。
金の髪を揺らして現れたのは、レオンハルト殿下。
「リリアナ?」
殿下は空気をひと目で察し、
まっすぐリリアナの元へ歩み寄った。
「どうした、顔色がよくないぞ」
リリアナはぱっと彼を見上げ、かすかに笑った。
「だ、だいじょうぶです…
ただ、ちょっと驚いちゃって…」
「そうか」
レオンハルトは軽く肩に手を添えたが、
それ以上は追及しなかった。
カルミアは静かに立ち上がる。
「失礼いたしますわ。次の授業の準備がありますので」
「…少々きついわね」
「あそこまで言わなくても」
ひそやかな声が背中に届く。
カルミアは凛とした笑みを浮かべたまま、教室をあとにした。
(〜!!尊い!今日も殿下素敵すぎる!!)
(にしてもリリアナは相変わらずウザかった…)
私はリリアナが嫌いだ。
インテリなイケメンに勉強を教えてもらい、
騎士に守られ、王子とダンスする。
いわゆる“愛されヒロイン”というやつだ。
嫌いなくせになぜ彼女に詳しいのか。
リリアナは小説の主人公で、
私はその“読み手”だったからだ。
ちなみにリリアナは一生懸命で頑張り屋さんだと、
わりと人気のキャラだ。
私から見れば、
周りに助けられなければ自主的に動かない、
ご都合主義の受け身キャラにしか見えない。
(そうしなければ他のキャラが活躍できないから仕方がないところもあるけど…)
そして先ほどのイケメンはこの国の第一王子、レオンハルト王太子殿下。
金の髪に蒼の瞳、誰よりも礼儀正しい。
「立場は人を守るためにあるんだ。
それを笠に着て誰かを踏みつけるなんて、王子のすることじゃない」
その信条が、多くの人を惹きつけている。
そして…私の推し。
彼がいたからこそ最後まで小説を読み進めたと言っても過言じゃない。
「君が笑っていられるように、僕は守りたい」
――あああ!かっこいい!言われたい!!
そして私は――よりによって、
リリアナをいじめていた悪役令嬢
カルミア・ヴァーレンである。
口癖は「私は公爵家の娘よ、身の程を知りなさい!」
――身分を振りかざすキャラ。
美人なだけに余計痛々しい。
しかもよりにもよって入学式に
「あら、あなたがリリアナ嬢?聞いたわ、平民上がりですってね」
と、学園デビューをやらかし済み。
…すでに詰んでしまっている。
…はぁ。
もう完全に悪役令嬢の座が板についてしまった私に、
王子と結ばれるなんて夢のようなゴールが訪れるはずもない。
それならいっそのこと、悪役令嬢らしく
リリアナに嫌がらせすることを決めた。
…ただし、原作のような幼稚で陰湿ないじめはダサすぎるので却下。
私がやるのは――
リリアナの“首席卒業”を阻止すること。
他者の助けに頼らずとも、勉強で、礼儀で、社交で、
徹底的に勝ってリリアナに向けてドヤ顔してみせる。
べつにいいでしょ?
どうせ何したってリリアナは王子と結ばれるし。
主人公補正って、本当ずるい。
◇
昼下がりの図書室。
リリアナは大きな本を抱え、インテリ青年ルーカスに微笑んでいた。
「わあ、そんな難しい魔導理論まで知ってるんですね、ルーカス様!
私、さっぱりで…」
「大丈夫、少しずつやればいいさ」
「えへへ、頼りになります〜!」
――その斜め向かい。
私は一人、山のような書物を前に黙々とノートを埋めていた。
(前世だって学業成績は良かったのよ。
図書館で孤独に勉強するなんて慣れてるわ!)
◇
舞踏の練習場。
リリアナはレオンハルトの腕に手を添え、楽しげに笑っていた。
「殿下、お上手ですね!
私なんて足を踏んじゃいそうで…」
「心配いらない、僕が導くよ」
「はい、お願いします♪」
――その片隅。
カルミアは大きな鏡の前で一人、黙々とステップを確認していた。
何度も繰り返し、裾さばきから指先の角度まで整え続ける。
音楽だけが彼女の相手だった。
周囲の生徒たちが、冷ややかな目でちらりと見る。
(ダンスの授業だって一人練習で乗り越えたわ!
これくらい恥ずかしくないわよ!)
◇
王城の中庭。
リリアナは騎士団の若き将校に支えられ、愛らしく笑っていた。
「すごい、こんな大きな馬に乗れるなんて初めてです!こわ〜い!」
「大丈夫、俺がついてる」
「きゃっ、たのしい〜!」
――そのすぐそばの練兵場裏。
カルミアはマナー講師と一対一で、馬上の礼儀や所作を学んでいた。
手綱の持ち方、腰の使い方、降りる時の姿勢まで、ひたすら丁寧に身につけていく。
(ひぃぃっ…こ、怖い!)
◇
誰にも媚びず、誰の手も借りず。
ただ静かに、積み上げ続けた努力が、少しずつ私を輝かせていった。
「カルミア様って…すごいのね」
「最近、先生まで参考にしているらしいわよ」
気がつけば、私は“孤高の華”と呼ばれるようになっていた。
――原作では、ただの“毒花”と嘲られていたのに。
リリアナは相変わらずの天然ぶりで、誰かに助けられては笑っている。
(…笑っていればいい。
推しは――くっ、腹だたしいけれど、首席だけは譲ってやらないわ!)
◇
学園の大舞踏会。
私はひとりで会場に足を踏み入れた。
チラッ、チラッ、と数名の視線が集まる。
私に声をかけようと機会をうかがっているみたいだ。
――今年度の首席。
これまでの孤独な日々が報われた気がした。
(ありがたい…原作では誰にも声かけられなかったもの…)
ふと気づく。
リリアナがひとりきりで立っていた。
――おかしい。原作では、ここで王子と一緒に入場していたはずなのに。
その時、扉が開いた。
「レオンハルト殿下、ご入場――!」
黄金の髪を輝かせ、王子が現れる。
(ああっ!殿下、今日は一段とキマってる!!)
リリアナはぱっと顔を明るくして、にこにことその姿を見つめた。
だが、レオンハルトは彼女を一瞥すらせず、まっすぐこちらへと歩いてくる。
「カルミア・ヴァーレン嬢」
空気が凍りつく。
私の名を、王子が呼んだ。
私はあまりの出来事に呆然とする。
「この一年、君が誰よりも学び、礼を重んじ、成果を示したことを、私は知っている。
努力を笑う者もいただろう。
だが君は決して折れず、静かに積み重ねてきた」
レオンハルトは一歩、壇を降り、そのまま私の前に立った。
手を差し出す。
「カルミア嬢。どうか、私と一曲を」
そして、低く甘い声で続けた。
「君は誰よりも輝いている。
今夜、それを皆に示したい」
リリアナの方へ向けられるはずだったその手が、
私のもとに差し伸べられている。
リリアナはぽかんと目を見開いている。
「…はい」
震える手で静かにドレスの裾を持ち上げ、王子の手を取る。
音楽が始まった。
(ああ…私の推しは、裏切らなかった…!)
ホールの中央で、夢見心地でレオンハルトと踊る。
華やかな旋律の中、リリアナの笑顔がかすかに揺らいだのが見えた。
その瞬間だけは、私は彼女に――
悪役令嬢の笑みを向けていた。
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