師弟が山賊に出会う
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だだっ広い荒野をつき抜けて北部街道は地平線まで伸びていた。
俺とリリカは身体強化魔法を駆使して、その道を爆走中である。
まさに田舎の高速道路といった風情で気持ちがよい。
だが、地平線に生える灌木から嫌な気配がしていた。
この北部街道には二つの名物がある。
ひとつは怪鳥ガルドルの炭焼き、もうひとつは頻出する山賊の被害だ。
どうやら山賊が俺たちを待ち構えているらしい。
「リリカ、少しスピードを落としてくれ」
「どうしましたか?」
「山賊が隠れている。遠くに見えるあの木だ」
目を細めてリリカは地平線を見やった。
「あの木に? 私にはまったくわかりませんが……」
「五感を高める訓練をしていれば、いずれ身につく」
「1,5,6,9……」
「そうだ。全身によどみなく魔力を循環させるんだ。感じろ、そして考えるんだ」
「感じて、考える……」
「いまはできなくてもいい」
だが、いつかリリカが独立して暖簾分けをするときは……。
「師匠、どうします? 山賊というのなら捕えるべきでしょうが……」
「俺は地域密着型の店作りを目指している。地元の平和はお客さんのためにもなることだ。山賊は排除するべきだろう」
「おっしゃるとおりだと思います。ただ、都からこんなに離れているのに、ここを地元と呼べるのでしょうか?」
朝から走り続けたので、現在地は都から70キロメートルほど離れている。
リリカにとって、ここはもう地元という感覚ではないようだ。
だが、俺は違う。
「俺のトップスピードは時速440キロを超える。つまり、この辺りまでなら10分ほどで来られるのだ。じゅうぶん地元と言えるだろう?」
「失礼しました! 狭い常識で師匠を推し量ろうとした私が間違っていました」
「いや、いいんだ。とにかく山賊は捕まえる。だが、その前にあいつらには少し協力してもらわないとな……」
俺たちはジョギングくらいのスピードを維持して、ゆっくりと水平線に向かって走り出した。
街道を進むにつれ盗賊の気配は濃くなっていった。
といっても殺気は感じられない。
身ぐるみをはいで解放するか、奴隷として捕らえるつもりなのだろう。
いきなり弓矢を射かけてくるより可愛げはある。
俺も殺すことはやめておこう。
山賊が隠れている樹まで300メートルの距離に達すると、リリカの顔に笑顔が広がた。
「師匠、ようやく私にもわかりました」
「うむ、まだまだ修行の余地はあるが、よくやった。だが、ここに遮蔽物はない。せめて500メートル手前で気づけるようになれ」
「はい!」
口ではそう言ったものの、リリカのポテンシャルに俺は満足していた。
これくらいの危機察知ができるのならまずは及第点である。
「油断するなよ」
「承知しました」
問題の灌木まで来ると、枝の上からドサリと音を立てて山賊たちが飛び降りてきた。
才能の欠片も感じさせない身ごなしである。
たぶん、山賊以外のことを目指した方が彼らのためだろう。
まあ、俺が言ったところで考えを改めるとは思えないが。
抜き身の剣を突きつけながら山賊がお決まりのセリフを吐いてきた。
「武器を捨てろ。おとなしくしていれば命まではとらねえ。だが、抵抗するというのなら覚悟しろよ」
その言葉に呼応するように、周囲の茂みからもわらわらと男たちが姿を現した。
総勢二十三人か。
隠れている奴はいない。
全員が出てきてしまうとはつくづく才能がないな。
二人くらい、茂みに潜ませたままの方がいろいろと対処できると思うのだが……。
「武器を捨てろと言われても、持っていないんだがな」
俺は手ぶらである。
「うるせえっ! 俺は女の方に言っているんだ」
盗賊の一人が俺の後ろにまわり、首筋に剣を当ててきた。
「女の前だからってカッコつけやがって。おい姉ちゃん、はやく腰の剣を捨てな。さもないとこの男の首を掻き切るぞ!」
リリカはどうしてよいかわからないようで、俺の顔を見つめた。
だが、声は落ち着いている。
「師匠、捨てた方がいいですか?」
「その必要はない」
俺たちの会話に盗賊たちはいら立ちを隠さなかった。
「てめえ、命が惜しくねえのかっ?」
「いや、命は惜しい。だが、どうやって俺の首を掻き切るんだ?」
「そんなもん、俺がちょっと腕を引けばすむことだ!」
「だったらやってみせてくれ」
俺があまりに冷静だったせいか、剣をもった盗賊は困ったように首領の顔を見た。
「お頭、こいつは俺たちのことを舐めていやすぜ。どうします?」
お頭と呼ばれた男は精悍な顔つきをしていた。
なるほど、他のやつらよりは腕が立ちそうだ。
身体強化魔法も少しは使えるようである。
そういえば、さっきはこいつと目が合ったもんなあ……。
「少し痛い目を見せてやれ。商品価値が下がらない程度にな」
首領の許可が下りたので、山賊は残忍な笑みを浮かべた。
「けけけっ、顔の肉を削いでやる」
こいつはサディストか。
迷惑な趣味である。
「まあ、やってみてくれ。できればの話だがな」
「言われなくてもやってやらぁっ! うえっ!?」
誰もが凄惨な光景を予感して興奮していたが、いつまで経っても血は流れなかった。
しびれを切らした首領が男に問いかける。
「おい、なにをしているんだ?」
「う、動けねえ。どうなっていやがる……」
男はその場に立ち尽くしたまま冷や汗をかいていた。
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