千里眼のワッツ
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盗賊の首領は草むらで昼寝をしていた。
手下に見張りをさせ、のんびりと獲物がやって来るのを待っていたのだ。
男は、この辺りの街道一帯を縄張りにしている大きな盗賊団の頭である。
もとは地方の役人で、盗賊を取り締まる側の人間であった。
有能で腕が立ち、当時の山賊には【千里眼のワッツ】と呼ばれて恐れられていたものである。
だが、あるときを境にワッツはそれまでの人生を捨てた。
きっかけは大きな捕り物である。
ワッツの率いる部隊が、大きな山賊団を摘発したのだ。
山中にある山賊の根城に夜襲をかけたワッツは、摘発した盗賊団の暮らしぶりを見て、自分の生活がばかばかしく思えてきてしまったのだ。
盗賊は自分よりずっといいものを食べ、いい酒を飲んでいた。
自分には恋人なんてひとりもいなかったのに、盗賊の首領は男好きのする女を三人も囲って、身の回りの世話をさせていた。
盗賊は自分が一生働いても稼げないほどのかねを貯め込んでもいた。
それらを目撃して、ワッツは過去の自分と決別することを決めたのだった。
その場で山賊の幹部たちを惨殺すると、自分が首領の座におさまってしまったのである。
それ以来、ワッツはずっとうまいこと盗賊稼業をやってきた。
もとが役人なので、取り締まる側の手口もよく心得ている。
役所にはスパイを潜り込ませ、摘発の網も上手に掻い潜ってきたのだ。
それに、自分には得意の身体強化魔法がある。
これはなにものにも代えがたい俺さまの宝だ、とワッツは自分の能力に絶対の自信を持っていた。
あと数年は荒稼ぎをして、ほとぼりが冷めたら都に戻り、田舎の裕福なご隠居のふりをして余生を送ろう、とワッツは目論んでいる。
「お頭、獲物がやってきましたぜ!」
部下の報告を耳にしてワッツは飛び起きた。
「どんなやつらだ?」
「まだ遠くてよくわかりません。お頭の千里眼で見てもらわなきゃ」
「よし」
短く答えて、ワッツは地平線の向こうに目を凝らした。
街道をやって来る人影はまだ米粒ほどの大きさでしかない。
だが、ワッツは身体強化魔法の応用で、視力をも上げることを得意としていた。
人々がワッツを【千里眼】と呼んだ所以である。
「若い男と女だ。荷物は持っていねえようだが……」
街道をやってきたのは三十歳手前の冴えない男と、二十歳くらいの女だった。
二人は妙に軽装で、男の方は武器ひとつ装備していない。
これなら捕らえるのは難しくないかもしれない、そう考えながらワッツはさらに目を凝らす。
「どちらも健康そうだ。奴隷商人に売り飛ばせばいい儲けになるだろう。いや、ちょっと待てよ……」
背の低い女の方を見てワッツは考えを改めた。
まだ若い女はかなりの美形で、服の上からでもわかるほど大きな胸の持ち主だ。
水色の髪と艶やかな肌は清楚にして、みずみずしい色気を放っていた。
「なかなかいい女だな……」
ワッツの言葉に手下たちも盛り上がる。
「そんなにいい女なんですかい? だったら、売り飛ばす前にみんなで楽しみましょうや!」
「へっへっへ、やる気が出てきたぜ」
だが、ワッツは手下たちを手で制した。
「いや、あれは俺の女にする。おめえたちは手を出すんじゃねえぞ」
睨みを利かすと、反抗してくる手下はひとりもいなかった。
盗賊たちはそれくらいワッツを恐れていたし、手下に有無を言わせないだけの実力をワッツは兼ね備えていたのだ。
近づいてくる女にしばらく見とれていたワッツだったが、次は男の方を観察することにした。
こちらの手勢は二十人以上いるので、負けることは考えられない。
どうやって捕らえてやろうか、と軽い気持ちで見たその瞬間、ワッツは背筋が凍る思いをした。
「うえっ!?」
いま、あの男と目が合わなかったか?
あいつ、こちらを見ていやがった!
「どうしたんですか、お頭?」
「いや……、なんでもない」
大きく息を吸って、ワッツは落ち着いた。
普通なら互いの顔さえ認識できないほどの距離があるのだ。
それなのに目と目が合った?
ありえない話だ。
苦笑しながらワッツは先ほどの感覚を否定した。
こちらは【千里眼】を使えるし、しかも重なり合った枝の中に隠れているのだ。
向こうからこっちが見えるはずがない。
きっと、いい女を前にして緊張しているのだろう、ワッツはそう考えた。
だが、あれほどの女ならそれも仕方がないことさ。
普通に暮らしていれば、あんな女が自分の女になるなど考えられない。
つくづく、盗賊になってよかったぜ。
舌なめずりをしながらワッツは二人が近づいてくるのを待つのだった。
(続きは20時過ぎに更新します)
続きは20時過ぎに公開します。
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