シュティンク魔窟
四人そろった師弟は城門から走り出した。
都からシュティンク魔窟までは172キロ。
場所なら物知りのウィルボーンがわかっている。
一生懸命走れば二時間もかからずに到着できるだろう。
「みんな走り方がうまくなっているなあ」
リリカだけではなく、ウィルボーンもパリピも俺のスピードについてきている。
事前に身体強化魔法のコツを教えておいてよかったぜ。
やっぱり、日々の鍛錬がものを言うな。
「弁当屋は体力勝負だ。きょうは基礎訓練の日だと思え。ナンバリングを忘れるなよ。筋力の強化だけでなく、心肺機能にも気を配るんだ」
「姉上に拙者のスピードをお見せしましょう!」
「長距離なら負けませんよ!」
リリカの顔に明るさが戻っている。
エターナルフォースの救援に行けるとわかって落ち着きを取り戻したようで、リリカとパリピは張り合って走っている。
瞬発力ならパリピがいちばんだが、持久力ならリリカが上である。
この勝負は見ものだな。
「ウィルボーンは平気か?」
「はっはっは、魔導のことならまだまだ若い者には負けませんぞ」
「たしかにな。ウィルボーンは魔力制御がいちばん丁寧だ。その調子で頼む。ただ、背筋の方にも気を配った方がいい。37―39―40をつなぐ、この魔経路だ」
走りながら、俺はウィルボーンの魔点穴から魔力を送る。
それだけでウィルボーンは理解したようだ。
「なるほど、そういうことですな!」
やはり、ウィルボーンのセンスは一流だ。
突如スピードアップしたウィルボーンにリリカとパリピが目を向いた。
「ウィルボーンさん!」
「速い!」
俺もウィルボーンと一緒にリリカとパリピの前に出る。
「おらおら、おっさんとじいさんに負けてんじゃねーぞ!」
「拙者の力はまだまだこんなものでは……」
「負けられません」
「いいぞ、その調子だ。魔経路を広げすぎるなよ!」
楽しく修行をしながら、シュティンク魔窟への道を俺たちは駆け抜けた。
シュティンク魔窟は数十人の兵士によって封鎖されていた。
魔窟を守る兵士が俺たちに槍を向けてくる。
「止まれ! ここは国によって封鎖されている。入ることはまかりならん!」
「俺たちはエターナルフォースに弁当を届けに来ただけだ。通してくれよ」
「弁当だと? そんな話は聞いておらん。早々に立ち去れ!」
「いやいや、あいつらが戻ってこなくなってから、もう何日も経ってるんだろう? きっと腹を減らしているって」
予備の食料なんてとっくに底をついているはずだ。
水はあるだろうから死んじゃいねえだろうが、腹が減っては戦はできない。
まあ、生きているという保証もないが……。
だが、兵士たちは道を開けてくれない。
こうなったらいったん引き返して【隠形術】で忍び込むか?
そう考えていたのだが、ウィルボーンが口を利いてくれた。
「隊長はどこかな? 私は先の宮廷魔術師長ウィルボーンと申すが」
「宮廷魔術師長殿? あ、たしかに!」
後ろの方から身なりのいい兵士がすっ飛んできた。
「失礼しました。隊長のガーナと申します」
「ご苦労。友人のクラウン子爵からエターナルフォースが戻ってこないと聞いた。何日になるかな?」
「すでに六日、音沙汰がありません。それまでは二日おきに戻ってきていたのですが」
六日か。
エターナルフォースになにかあったのは間違いなさそうだ。
ウィルボーンは隊長の説得を続ける。
「我々は本当に食料を差し入れに来ただけだ。責任なら私がとる。どうか中に入れてもらえないだろうか?」
すでに退職したとはいえ、ウィルボーンは国王から大勲章をもらうほどの功労者だ。
宮廷の中でもまだ影響力があるらしい。
クラウン子爵というのはこの隊長の上官の上官のそのまた上官にあたる人らしく、 隊長としてもむげに断ることはできないようだった。
「クラウン子爵には私からあとで一報入れておく。ガーナ君に迷惑はかけないよ。君の働きに関しても耳に入れておくから頼む」
「承知いたしました」
ウィルボーンのおかげで俺たちはシュティンク魔窟の中に入ることができた。
リリカとパリピは引退したての冒険者らしく、慎重に魔物の気配を探っている。
「安心しろ、入り口付近に魔物はいない」
俺はとっくに【神眼】を発動させていた。
【神眼】を使えば視覚に頼ることなく空間を把握できる。
魔窟の内部構造やそこにいる魔物だって認識することが可能なのだ。
ここは小さな魔窟だから魔力を高めるだけで全景が見えてくる。
「お、エターナルフォースらしき奴らが奥にこもっているぜ。安心しろリリカ、お仲間は生きてるぜ」
「師匠!」
喜ぶリリカには悪いがいい情報ばかりではない。
「急いだほうがよさそうだ。けが人がいるらしい」
「重症でしょうか?」
「おそらくな。それと、死体がひとつ……」
「っ!」
かわいそうだが、現実は非常だ。
内部を調査すれば、いずれ死体には出会うだろう。
そのときに知るより、先に知らせておく方を俺は選択した。
「それから、かなりヤバいやつがいる。俺が対処するから、お前たちは絶対に手を出すな」
背筋に冷たい汗が流れたが、それ以上に俺は興奮していた。
苦戦なんて久しくしていないが、きょう出会うのは歴代トップ30に入る強敵だろう。
スリルを求め、能力を封じてギャンブルをしてきたが、そんなものとは比べ物にならないやり取りになる予感がする。
「へへっ、アドレナリンが噴き出すぜ……」
「師父、アドレナリンとはなんでしょうか?」
「アドレナリンってのは副腎髄質から分泌されるホルモンでな……って、ウィルボーン、いい感じなんだから水をさすなよ」
勉強熱心な弟子のせいで気分が少し萎えちまった。
だが、少し落ち着けたのはよかったな。
「くくく……、久しぶりに吾輩の出番のようだな」
「えっ?」
無意識のうちに俺の右手はグランシアスの柄に触れていたようだった。
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