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俺と弟子が無双する! ~その師弟は魔窟の底まで弁当を配達する  作者: 長野文三郎


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本の中の家


 それは革の装丁がついた数百ページにわたる大著だった。

 著者は俺である。

 といっても、物語の作者になったわけではない。

 ここに書かれているのは、ひたすら魔法言語による風景描写である。

 リリカが本を覗き込みながら質問した。


「見たことのない文字ですが、これはどこのものですか?」

「遠い異国の、いまはない文明の古い魔法言語だ。外国を旅行中に研究しだんだ」

「師匠はいろいろなところを旅しているのですね」

「そんなことはない。踏破したのはこの世界の20パーセントくらいだぞ」

「そんなに!」

「弁当屋を引退したら、いずれまた旅立つとは思うが、先のことはわからん」


 リリカが真剣な顔で俺を見つめる。


「師匠、そのときは私も連れて行ってください」

「ん~……、弁当の修業とはなんの関係もない旅だからなぁ……」

「それでもかまいません。私は師匠と一緒にいろんなことを学びたいのです」

「ほとんど徒歩……というか走っていくぞ。海の上とかも」

「海の上を走れるのですか!?」

「修行次第だ。飛んでもいいのだが、俺は走るのが好きなんだ」

「師匠についていけるように鍛錬します!」


 リリカなら【水上歩行】くらい習得できそうではある。

 だけど、いいのかな?

 貴重な青春をずっと俺と一緒にいても……。

 まあ、俺は難しいことを考えるのが苦手だ。

 武術とか魔法理論は得意なのだが、哲学とか人生とか料理とかはからっきしである。

 料理は好きだからまだいいのだが、人の在りようとか正義などという小難しいことを考えると頭がパンクしてしまうのだ。

 旅のことはもう少し先に考えるとして、いまはパリピとの試合である。

 俺はぱらぱらと紙をめくり、いちばん真ん中の挿絵があるページを開いた。

 そこに描かれているのは谷間の平地にある小さな家だ。

 周囲には花が咲き乱れ、小川を流れる水は清涼そのものである。

 そばにはよく耕された小さな畑もあり、生活に必要なものはすべてそろっていた。


「素敵なところですね。建物の形状が見慣れないものです。これは外国の風景でしょうか?」


 持ち前の観察眼を活かしてリリカは絵に見入っている。


「いまからここに行くぞ。俺の肩につかまれ」

「これから旅に出るのですか?」

「違う。絵の中に入るんだよ」

「絵の中に?」

「これは特殊な紙とインク、異国の古代魔法言語によって書かれた特殊空間だ。空間魔法の一種だな。言ってみれば俺の秘密基地ってところだ。この中ならパリピと暴れても誰も文句を言わないぞ」

「師匠はそんなことまで……」


 物欲しそうな目でリリカが俺を見ている。


「機会があれば、この技もいずれ伝える。食糧庫や調理場として使ってもいいし、【本の中の不思議な弁当屋】として売り出すのもありだ。まあ、そのことはおいおいな」


 リリカとパリピを肩につかまらせると、俺は口の中で呪文を唱えた。


 風が森を渡る音と小川のせせらぎが聞こえた。

 目の前にあるのは絵で見たのと同じ建物だ。

 リリカが地面と生えている草を確認している。


「これが偽物? とてもそうは見えません。感触も匂いもあります」

「ここは仮想空間じゃない。ある意味においてリアルなんだよ。ここを作り出すのに何年ものあいだ魔力を注ぎ続けたからな」


 実際はインクに魔力を込めて使うのだが、俺は三年の月日を費やしている。

 前世ではプラモデルに少しはまったが、あれと似ているかもしれない。

 毎日、こうこつと作り上げていったのだ。


「さて、パリピの挑戦を受けようじゃないか」


 俺は空間収納から木剣を取り出した。


「パリピは自分の剣を使え。遠慮しなくていいぞ」

「師匠にお怪我をさせては申し訳ないのですが……」

「ほう、たいした自信だな。だが、獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと言う。俺も本気で行くぞ」

「いや、ライオンも手を抜くときは抜くぞ」


 腰のグランシアスがまた余計な茶々を入れた。


「だから、抽象的な表現って言っているだろう。つまらん横槍を入れるな」

「吾輩は聖剣だから横槍ではなく横剣だな」

「とにかく、俺は手を抜かないんだよ。パリピ、【夢見の会】に入りたければ全力でかかってこい」

「わかり申した!」


 背中の長剣をすらりと抜きパリピは半身に構えた。

 もともと痩せているので、こちらから見える体面積は異様に薄い。

 また、パリピはゆらりとかまえ、重心がどこにあるかを悟らせないようにしている。

 悪くない構えである。

 まずは出鼻を挫いてみるか……。


 ヒュッ!


 一足飛びでパリピの背面に回り込み、背中に木剣を当てた。


「うぇっ!?」


 飛びのいたパリピが振り向き、油汗を流している。


「まずは俺の一本な。次はパリピが打ち込んでみろ」

「くっ、参る!」


 パリピの連撃がはじまった。

 腰の入ったいい打ち込みである。

 リリカやウィルボーンでもこれは真似できないだろう。

 ひょっとして、俺の剣技を受け継ぐのはこいつかもしれない。

 そう考えるとうれしくなってくる。

 俺は木剣を使ってパリピの長剣の腹を打ち落としてしのいだ。


「息が上がっているぞ。呼吸と魔力循環に気をつけろ。身体強化の応用で肺にも魔力を送るんだ。1―2から3と4への魔経路を開くんだ。攻撃の切れ目が、勝負の切れ目になるぞ」


 返事をする余裕もなくパリピは攻撃を続ける。

 言われたとおり肺の強化もしはじめたな。

 だが、少しずつ肘の位置が落ちている。

 十分ほどするとパリピは完全に動きをとめ、その場に膝をついた。

 俺はパリピの首筋にピタリと木剣を当てる。


「参ったでござる……」


 心が折れかけているな。

 魔法で体力を回復してやると、俺はパリピに立つよう命じた。


「三本目、いくか?」

「もう、無理でござる。降参です」

「本当にそれでいいのか? 俺はかまわないが、」


 これ以上やりたくないというのなら、それもいい。

 うなだれるパリピにリリカが声をかけた。


「パリピさん、私はパリピさんが羨ましいです。師匠と手合わせなどめったにできることではありません。多くを学ぶチャンスですよ」

「…………」


 パリピは何かを深く考えている。


「師匠、もう一度お願いします。できれば剣を持っていただけませんか?」

「真剣で勝負しろというのかい?」

「師匠と真剣で向き合う。それだけでもいい経験になると思うのです」

「……いいだろう」


 俺は腰のグランシアスを抜いた。


「グランシアス、本来の姿に戻ってくれ」

「くくく、吾輩はこのときを待ちわびていたぞ! 包丁として使われてはや五年。ついにこの姿に戻れるとはな」

「何千年も生きているんだ。五年くらいどうってことないだろう?」

「おまえに吾輩の気持ちがわかってたまるか。聖剣を包丁として使う奴なんかに……」


 ぶうぶう言いながらもグランシアスは元の大きさに戻った。

 パリピの長剣には及ばないが、刀身は140センチメートルにも及ぶ。


「目だけに頼るんじゃないぞ。それが【心眼】に至り、【真眼】を経て【神眼】へ達する道だ」

「心得申した!」


 パリピが地面を蹴った。

 勝負はわずか一合。

 パリピの剣は空を切り、グランシアスはパリピの肩を斬る。

 そのまま斬り下げていればパリピは絶命しただろうが、俺はすぐに剣を止めた。


「参りました……」

「うむ。だけどよくやったな。避けきれなかったとはいえ、最後まで俺の動きを捕えていたところは褒めておくよ」

「お教えを心に刻みます」


 パリピの傷を治療してから、俺たちは本を出た。

 リリカは興奮冷めやらぬ様子で俺に頼み込んでくる。


「師匠、次は私に稽古をつけてくださいね」

「リリカは欲張りだな。【チンアナゴ】だけじゃなくて剣技まで学びたいのか?」

「はい! 剣の技も、スピード強化も、肺の強化方法も覚えたいです! そしていつかは【神眼】へと至りたいです!」


 本当に欲張りだ。

 だが、リリカなら到達できそうな気がする。

 そして、リリカなら道を踏み外すこともないだろう。

 ソファーに腰かけ冷めた紅茶を飲み干しているとシエラがやってきた。


「夢来香ができたわよ」


 ついにこのときがきたか。

 シエラはムスク系の甘い香りを身にまとっている。

 きっとこれが夢来香の香りなのだろう。

 俺は立ち上がり、シエラと向き合った。


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