孫弟子たち
深く息を吐いて、ウィルボーンは眼を開いた。
養生魔法の修練をはじめてからウィルボーンの体調はすこぶるよい。
ご飯が美味しく食べられるし、睡眠が深くなった。
疲れを感じないし、肌の張りもよくなった。
老いた細胞のひとつひとつが若返っているようだ。
まったくもって師父はすごい……。
ライガに対する畏敬の念は深まるばかりだ。
もともとウィルボーンは穏やかな性格をしている。
政争の激しい宮廷で宮廷魔術師長の地位に就けるようなタイプではない。
だが、彼には他者の才能に嫉妬しないという美点があった。
自分より四十歳も年下のライガに弟子入りしたことにも、その性格が表れている。
もちろん、人であるから他者を羨むことはある。
しかしそれは一時的なもので、素直に才能や実績を尊敬してしまうのだ。
そういった性格のおかげで派閥の調整をはかるようになり、結果的にいまの地位を築いてしまったわけだ。
昨日、ウィルボーンはライガの弁当作りを手伝った。
そのときのことを思い出してウィルボーンは嘆息する。
姉弟子と弟弟子はライガの【チンアナゴ】に感動していたが、ウィルボーンが驚いたのは光魔法を応用した【殺菌魔法】だ。
ライガによると【紫外線】という光の波長は有害な細菌やウィルス、その他の微生物を殺してしまうそうだ。
細菌やウィルスというのがどういうものか、ウィルボーンにはよくわからない。
だが、これによって弁当の賞味期限を長くできるらしい。
【真眼】を使えば細菌が、【神眼】をつかえばウィルスを見ることができると師父は言っていた。
自分がその領域にたどり着けるとは思えない。
それでも、それらの知識を身に着けられるだけでもウィルボーンは嬉しかった。
まったくもって師父はすごい……。
師父は国宝級の蔵書も快く貸してくれた。
本来なら門外不出の稀覯本だ。
「いいよ、ウィルボーンは俺の二番弟子なんだから」
と、気安いものだった。
家まで待ちきれず、帰りの馬車の中でウィルボーンは借りた本をむさぼり読んだ。
未知の知識がそこには詰まっていた。
だが、難しい部分が多すぎてウィルボーンには理解できないところも多い。
いますぐにでも都に引き返し、師父に質問したいことばかりである。
そうだ、都の本宅に師父をご招待しよう。
一席設けて魔導の可能性についてご教授をいただければ、どれほど貴重な時間になるだろう。
我ながらいいアイデアだ。
姉弟子や弟弟子とも親睦を深める機会になるだろう。
それから、ウィルボーンは眼を細めて笑みを見せる。
師弟で作り上げた生姜焼きの味を思い出したのだ。
数えきれないほどの魔法薬を作り出したウィルボーンだったが料理をするのははじめてだったのだ。
それも師と弟子たちがワイワイと楽しく作り上げることなど聞いたこともない。
料理というのも奥深いものだ。
またお手伝いにうかがうとしよう。
ウィルボーンが温かい気持ちで感慨に浸っていると、奥から言い争いの声が響いてきた。
「次は私の番だ!」
「なにを言う。順番から言ったら私だろう!」
どうやら彼の弟子たちが喧嘩をしているようだ。
こんなことは滅多にない。
ウィルボーンは眉をひそめて立ち上がった。
弟子たちの集まる部屋には七人の高弟たちがいて、まだ言い争いを続けていた。
「なにごとであるか?」
ウィルボーンが詰問すると弟子の一人が進み出た。
先日、ウィルボーンと一緒に泉の水をとどけた一人でワイスという名前だ。
「お騒がせして申し訳ありません」
「喧嘩の原因はなんなのだ?」
「大師匠へ水をお届けする順番です」
昨日はワイスとブールがウィルボーンの供をした。
その二人がライガから教えを授けられ、パワーアップしたことが衝撃を呼んだのだ。
噂は噂を呼び、次は誰がライガのもとへ行くかで揉めてしまったということだった。
「供の順番は私が決める。以降、このことで争ってはならないぞ」
「はっ」
「師父は寛大な方だから、お前たちに教えを授けてくれることもあるだろう。だが、いちいちお手を煩わせてはならん」
弟子たちはいっせいに平伏した。
困ったものだとは思うが、ウィルボーン自身も弟子たちの気持ちは理解できた。
それくらいライガの魔法はすごいのだ。
「近く、都の本宅に師父をお招きするつもりだ。そのときにご講演をしていただけないかお願いしてみよう」
「おお!」
弟子たちは歓声を上げた。
「師父に失礼にならないよう、細かいところまで気を配るように。準備はワイスとブールに任せる。師父の言葉を一言も聞き漏らさないようにするのだぞ」
「心得ました。心を込めて大師匠をおもてなしする準備をいたします」
期待溢れる弟子たちの顔に向かってウィルボーンは深くうなずくのであった。
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