獅子はわが子を千尋の谷に落とす
魔窟に入った俺とリリカは5層までの道のりを快調に走り抜けていた。
リリカも身体強化の魔法をうまく使いこなし、かなりのスピードでついてきている。
戦闘中の冒険者を飛び越え、魔窟の横壁を駆け、魔物の襲撃をいなして進む。
リリカは教えたばかりのマジックバックラーも使いこなして、上手に敵の攻撃を受け流しているな。
足の裏にある35番の魔点穴でマジックバックラーを作り出し、魔物の追撃まで防いでいる。
本当に応用力の高い弟子だ。
だが、そんなリリカも6層に入ってからスピードが落ちた。
「少し休むか?」
「平気です!」
疲労もあるだろうが、敵のレベルが上がって、攻撃をかわすのが難しくなっているのだ。
それでもなんとか頑張っていたのだが、7層に入って、ついにブランガと呼ばれる鎧武者につかまってしまった。
中が空洞の鎧で、魔力と思念で動いているアンデッド系の魔物である。
金属製なので食材にならないつまらんやつだ。
つまらんやつだが、攻撃力はそこそこある。
四本の手にそれぞれ剣を持ち、防御を捨てた攻撃を仕掛けてくるのだ。
ブランガを倒すには鎧をバラバラにしなければならないが、リリカが装備しているのは剣である。
ウォーハンマーでもあればいいが、装備している武器が剣ではやりにくいだろう。
そんなブランガ二体に囲まれ、リリカは防戦を強いられていた。
戦闘をリリカに任せて身を引いた俺にグランシアスが声をかけてくる。
「手助けしてやらないのか?」
「これも修行だ。『獅子はわが子を千尋の谷に落とす』というだろう?」
「吾輩は千年以上生きているが、そんな事例は見たことがない。獅子は親子の情愛が強い生き物だ。殺すのは別の雄ライオンの子どもの場合だけだ」
「俺はたとえ話をしているんだ。【抽象】って単語を知ってるか? バカ聖剣」
「吾輩を愚弄にするな!」
肩で息をしながらリリカが疲労の滲んだ声をかけてきた。
「ご歓談中に申し訳ありませんが、どうすればこの状況を打破できるか、ヒントだけでも教えていただけませんか?」
落ち着いて対処すれば、勝てない敵ではないんだけどなあ。
だが、いまのリリカは平静ではない。
強敵を前に焦っているのだ。
「なんでもいい。敵の意表をつけ」
的確な俺のアドバイスにグランシアスが茶々を入れてくる。
「また曖昧なアドバイスだな。ライガはよほど抽象《《抽象》》とやらが好きと見える」
「間違ったことは言ってねえ。戦いとは自分に有利な条件をつくり、いかに相手の裏をかくかというのが大事なんだよ。べつに大技を使えと言っているわけじゃない。小さな魔力でちょっとした工夫をすればいいんだ」
「具体的には?」
「それを言ったらリリカの修行になんねえだろうが。自分で工夫することが肝心なんだよ」
本当に危なくなったら俺が出る。
いまは心を鬼にして、リリカの出方を待つとしよう。
「…………」
突然、リリカが精霊剣ヒューイを鞘に納めた。
そして、両腕・15番と19番にマジックバックラーを作り出す。
「ほお。小娘のやつ、なにか思いついたようだな。ライガ、どう見る?」
「わからん」
剣を捨ててスピードを上げるつもりか?
鎧に対しての有効性を考えて、攻撃を斬撃から打撃に替えたのかもしれない。
とにかくリリカの心は折れていない。
なにかを思いついたようだ。
「ふん、小娘が。いい目をしておるわ」
「少し黙っていろ」
腹を決めたリリカが力強く地面を蹴った。
身体強化魔法を活用したいい踏み込みだ。
しかも、土魔法で足場を作っていやがる。
陸上競技で使うスターティングブロックのようなものだ。
きょうの移動中、俺は魔窟を駆け抜けるのに何度かあれを使った。
小さなものだからほんの少しの魔力で作れるわりに、効果はかなり大きい。
きっと、後ろで見ていて技を覚えたのだろう。
これだからリリカはおもしろい。
マジックバックラーで敵の剣をかいくぐり、リリカの拳がブランガの顔面を捕えた。
だが、そこは空洞になっている。
そこからどうする?
リリカ、お前の実力を見せてみろ!
「うりゃあっ!」
右手の甲にある魔点穴は16番。
そこからリリカの魔力がほとばしり、マジックバックラーが巨大化する。
高密度の魔力が内側から鎧の頭部を破壊し、ブランガはその場に崩れ落ちた。
「いいぞ、小娘!」
グランシアスが歓声を上げるが、俺はあえて注意する。
「まだ一体いるぞ。最後まで気を抜くな」
「はいっ!」
挟撃の心配がなくなったリリカの動きはさらによくなった。
困難を乗り越えて、一皮むけた感じさえする。
あれなら心配はいらないだろう。
まったく、末恐ろしい弟子だ。
「ライガ、顔がにやけておるぞ。師匠としてもう少し威厳を保て」
「さっきからうるせえぞ。おまえこそ最近口数が多くなってうぜえんだよ」
もう一体のブランガを倒し、リリカが俺たちのもとへ戻ってきた。
「お待たせいたしました」
「少し時間をかけすぎだぞ。そんなことでは開店時間に間に合わなくなる。弁当屋としての自覚を忘れないようにな」
「さらなる精進をお約束します」
「うむ。だが、よくやったな。悪くなかったぞ」
「っ!」
喜びを噛みしめているリリカに俺は先を促した。
「少し休憩したら出発するぞ。左手を出せ。けがをしているだろう」
「かすり傷です」
「そこからばい菌が入ったらどうする? 弁当屋なら常に清潔を心がけないといかん」
「そうでした! 師匠、お願いします」
俺はリリカの左腕を治療しながら左後方の岩陰に向かって声をかけた。
「そこの人、さっきから俺たちを見ているようだけど、なにか用かい?」
リリカの戦闘中からずっとこちらをうかがう気配に俺は気づいていた。
本人は上手く隠れていたつもりかもしれないが、俺の【心眼】はごまかされない。
殺気こそ感じなかったが、粘りつくような視線は不気味である。
「でてこないのかい?」
薄暗い魔窟に黒い影がゆらりと立ち上がった。
暗い顔をした長身痩躯の男だ。
頬はこけ、短く刈り込んだ銀髪がよけいに骸骨を思わせる。
背中には170センチメートルはありそうな長剣を背負っていた。
体つきや魔力の流れを見るに、かなりの遣い手のようだ。
そもそもこの男に連れはいない。
つまり、魔窟の7層でソロ活動をしていたということだ。
それだけでこいつの実力がうかがい知れるというものである。
「失礼した……」
外見どおり、暗い声をした男だった。
男はのそりとこちらに近づいてくる。
「拙者はパリピ・スケールと申す」
名前と外見が釣り合わないやつだな。
とてもじゃないけど、パーリーピーポーには見えないぞ。
「で、そのパリピさんがなんの用かな?」
「そちらの女性の戦いを拝見した。見事な腕前だった」
「ど、どうも……」
刺すような視線でパリピはリリカを見つめている。
パリピの不気味な雰囲気にリリカは戸惑っているようだ。
こいつはヤバいか……?
パリピはどこから見ても武芸者の風格を漂わせている。
リリカの実力を見て『一手お手合わせを願いたい』とでも言いだしそうだ。
おそらくだが、剣術に関してだけ言えば、パリピの腕はリリカ以上だろう。
踏んできた場数も多そうだ。
面倒なことにならないうち、さっさととんずらを決め込むか。
「あ~、俺たちは先を急いでいる。そろそろ行くとしよう」
「そうですね。私の呼吸もすっかり整いました」
油断をしないように俺たちが背中を向けると、パリピが上ずった声で呼び止めた。
「ま、待たれよ」
「まだなにか?」
質問したのは俺だったのだが、パリピは俺を見ていなかった。
見ていたのはリリカである。
パリピの態度にリリカは小首をかしげた。
「なんでしょう?」
大きく深呼吸をしたパリピがうわずった声を張り上げる。
「ひ、ひ、一目惚れです。せ、拙者とお付き合いしてくだされっ!」
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