マジックバックラー
本日の煮込みハンバーグは美味しくできた。
「やはりパン粉を多めにしたのは正解だったな。保水力が上がって、冷めてもジューシーだ」
「味付けも完璧ですよ。少し濃い目の方が冷めたときにいいですね」
ソースもいい感じに絡んでいる。
「そろそろ冒険者たちが活動をはじめるな。店を開けるとしよう」
「師匠、はばかりながら提案があるのですが……」
遠慮がちにリリカが口を出してきた。
「どうした?」
「せっかく美味しくできたのですから、この味をもっとたくさんの人に食べてもらいたいです。少量でいいので、通行人にふるまってみるのはどうでしょうか? 美味しいとわかればお弁当を買ってくれると思うのですが」
「試食か!」
日本では当たり前のことだったけど、この世界でやっている商人はいない。
案外いい考えかもしれないぞ。
「やってみよう。リリカ、ひとつのハンバーグを十等分して爪楊枝を差してくれ」
「承知しました。トレーがあるといいのですが……」
「トレーか。だったらここにのせてくれ」
俺は魔力で直径45センチメートルほどの円形シールドを作り出した。
これなら清潔だし、使い終わっても洗う必要がない。
ごみにもならないので紙皿より使い勝手がいいくらいだ。
「師匠、その技は?」
「マジックシールド……、この大きさだとマジックバックラーと言った方がいいかな」
「ずいぶんと強力そうですね……」
「グランシアスで切り付けても数撃なら耐えられるぞ」
「そこまで!」
「ライガのは、いろいろとおかしいのだ」
グランシアスの言葉を俺は無視した。
「1番でよく練った魔力を15番で膨張させるんだ。波長と増幅はこれくらいだな」
自分の左手首をリリカに握らせて説明した。
「なるほどぉ……。1番で練って15番……。波長と増幅率はこれくらいかな……? あ、できた! 師匠ほど強力ではありませんがマジックバックラーが発生しました!」
「おう……」
「では、試食は私のマジックバックラーにのせてやります。大勢に食べてもらえるように頑張りますね!」
リリカは嬉々として、切り分けたハンバーグをマジックバックラーにのせて表へ出ていった。
まな板の上に置き去りにされたグランシアスがつぶやく。
「ふつう、教えただけで使えるようになるものなのか?」
「いや、あり得ない……」
リリカでなければあそこまでスムーズに俺の技を吸収することなど不可能だ。
「末恐ろしい小娘だな……」
表からリリカの元気な声が響いてくる。
「ハンバーグ弁当はいかがですか? いま、試食をやっていま~す。どうぞお召し上がりください!」
ポテンシャルの高すぎる看板娘の爆誕だった。
リリカのおかげで三十個作ったハンバーグ弁当は完売した。
今後もこの調子で売り上げを伸ばしていきたいものだ。
そのためには安定して美味しい弁当を供給し続ける必要がある。
いまのように不安定な状況ではいかんのだ。
まずは定番の唐揚げ弁当を完璧に仕上げられるようにしよう。
それが喫緊の課題である。
「リリカ、そろそろ店を閉めよう。俺は中央魔窟の10層へ行ってくる」
「いまからですか?」
「ほら、シエラが10層にある神殿の間の土が必要だって言ってただろ? だからとってくるんだよ」
「ですが、10層ですよ。普通は遠征チームを編成して、七日以上かけていく場所です」
「平気、平気。魔物は無視して走ってくるから」
戦闘を極力避ければ朝までには帰ってこられるだろう。
いちいち相手をしていたら夕方くらいになってしまうからな。
「師匠、私も連れて行ってください」
「いや、それは遠慮する」
「魔窟には強力な魔物もいます。盗賊が相手とはわけが違います。どうか私に師匠の手伝いをさせてください」
そんなことを言われても、リリカがいない方が楽だからなあ……。
それに、10層ともなればリリカの身に危険が降りかかることは間違いない。
「やっぱりだめだ」
はっきりと拒否を示したのだが、グランシアスがリリカの肩を持った。
「ライガ、小娘を連れていってやれ」
「簡単に言うなよ。このスケベ聖剣。若い女が相手だとすぐに甘くなるんだから」
「失礼なことを言うな! 吾輩はきちんと考えて発言しているのだ」
「ほう? ご高説を承ろうじゃないか」
声帯なんてないくせにグランシアスは咳ばらいをひとつした。
「コホン。この小娘は頭がよくない」
「おい、弟子をディスるな。味方なのか敵なのか、わけがわからんぞ」
聖剣に頭が悪いと言われてリリカはしょんぼりしている。
グランシアスも言い過ぎたと思ったのか、少しだけ声のトーンが柔らかくなった。
「うむ、言い換えよう……。吾輩は、小娘は座学より実践向きだと言いたいのだ。食材の確保は弁当屋の生命線。魔窟へ行けば食材になる魔物が襲ってくるはずだ。それの捕獲方法や解体法を教えないでどうする? よい機会ではないか」
「それは、まあ……」
前世には『可愛い子には旅をさせよ』ということわざがあった気がする。
我が子を旅行に送り出せということじゃない。
あまやかすだけでなく、困難を体験させるのも親の務めである、という意味だろう。
あえて危険な場所に連れていくのも師匠としての義務かもしれない。
「仕方がないか……」
「師匠、連れて行っていただけるのですか!?」
「うむ。ただし、俺の足を引っ張るんじゃないぞ」
「はい!」
俺は空間収納から装備品の数々を取り出した。
テーブルに並ぶそれらの品々にリリカの目は釘づけだ。
「こ、これは……?」
「冥神ザクロアの兜、聖鎧ドップラーの胸当て、エルメントスのブーツ、陽炎のマント、覇王ユルゲンの腰当。あ、精霊剣ヒューイもあった方がいいか」
「すごい……。これが師匠の装備……」
「違う。これはリリカが装備するんだ」
「へ? 私が? だって、これらはすべて伝説級の装備じゃないですか! いくらおかねを積んだって買えるようなアイテムじゃないですよ!」
「サイズは自動調整されるから遠慮せずに着ろ」
グランシアスが呆れた声を出す。
「おい、いくらなんでも過保護すぎやしないか?」
「今回はこれでいいんだ。弟子の装備は師匠である俺が決める!」
リリカはいまだに戸惑ったままだ。
「こんなすごいもの、お借りできませんよ」
「つべこべ言うな。すぐに出かけるぞ。四十秒で支度をすませろ!」
「は、はいっ!」
俺はどうしよう?
【単鬼】時代の装備だと身バレしてしまうかもしれないから、簡単な革鎧だけでいいか。
その方が楽だしな。
身支度をすませた俺たちはさっそく中央魔窟へと駆け出した。
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