俺が弁当屋になったわけ
2本目
ここ数か月、俺は毎晩同じ夢ばかり見ていた。
その夢とは、俺の前世の記憶である。
夢の中で、俺はこことは違う日本という国に住んでいて、父、妹、俺の三人暮らしをしていた。
妹は美優という名前で九歳だ。
一方の俺は、いまより十二歳も若い十七歳である。
我が家は三年前に母が亡くなり、父が一人で働いて家計を支えていた。
この世界の十七歳と言えばもう成人で、働くのが当たり前だ。
だが、前世の俺は高校という学び舎で学問に勤しんでいたらしい。
そんな学業のかたわら、忙しい父に代わって、家事はすべて俺が負担していたようだ。
その日も俺は美優のために早朝から運動会のお弁当作りをしていた。
「お弁当、楽しみだな」
俺が料理をしている横で美優は嬉しそうに俺を見上げていた。
待ちきれないといったようすで美優が跳ねるたび、ゴムで縛った前髪がぴょこぴょこと揺れている。
猫のチャームがついたお気に入りのゴムバンド。
美優は猫さんグッズが大好きだったのだ。
「お兄ちゃん、運動会、見に来てくれる?」
「兄ちゃんは模擬テストがあるから無理だよ。でも、父さんが会社を早退して見に来てくれるからな」
そのために父はフレックスを利用して早朝から出勤しているのだ。
運動会の弁当は俺ひとりで作り上げるしかない。
あ、唐揚げが少し黒くなってしまったか……?
「ごめん、まだ料理は得意じゃなくて」
「ううん、お兄ちゃんが作ってくれる卵焼き、私は大好きだよ。優しい味がするの!」
素人の俺が作る卵焼きなんてたいしたものじゃない。
だが、美優は俺の卵焼きを本当に楽しみにしてくれている。
それだけじゃない、俺の作るものはなんでも美味しいと言ってくれるのだ。
「お兄ちゃんがお弁当屋さんになったら、私は毎日買いに行くよ!」
愛らしいその笑顔を見て、美優は絶対に俺が守ると決意を改めたものだ。
だが、運動会の弁当を美優が食べることはなかった。
俺の決意も果たせぬものとなってしまう……。
トラックが登校中の児童複数名をはねました。
学校からの知らせを受けて現場に駆け付けた俺が見たのは、道端に転がった弁当箱だった。
猫のイラストがついた小さな弁当箱。
無残にひっくり返ったそれからは、大きな卵焼きがはみ出して潰れていた。
冒険者稼業に飽きていたことも事実だったが、現役を退いて弁当屋という道を選んだのは、繰り返し見るこの夢のせいだった。
いまさら前世の妹に俺の弁当を届けられないことはわかっている。
それでも、俺はこの道を選んだ。
いつか最高の弁当を作る。
それが、もう二度と会えない前世の妹に対する供養になる気がしたからだ。
弟子入りを求めてきたリリカは、その美優と同じことを言っている。
俺の卵焼きが優しい味……?
妹と同じことを言うリリカに俺はなんらかの運命を感じてしまった。
だが、それだけのことで弟子にするというのは早計だ。
なんといっても、俺は料理の素人である。
どこかで料理の修行したこともなく、あるのは前世の知識だけだ。
安易に弟子にして、リリカの将来を台無しにすることは避けたかった。
「俺の夢は最高の弁当をつくることだ。その道は長く険しい。たどりつくことさえ不可能かもしれない。そんな俺が弟子なんてとれるわけがない」
「お手伝いさせてください!」
「はっ?」
「師匠の夢が実現できるように私も頑張ります!」
リリカの目に迷いはない。
「どうしてだ? エターナルフォースと言えば都でも屈指の冒険者チームじゃないか。その地位を蹴ってまで弁当屋になりたいのか?」
「私は師匠の弁当を二回ほど購入しました」
そういえば、リリカの姿は記憶にあるな。
「食べるのはいつも魔窟の中でしたが、お弁当箱の蓋を開けるたびに幸せいっぱいになったんです。死と闇に覆われた世界に、とつぜん光が降り注いだようでした。そのとき私、思ったんです。私もお弁当をつくりたいって!」
俺の弁当が人の気持ちをそんなふうに動かしたことに感動した。
弁当屋は自分が思っていた以上にやりがいのある仕事のようだ。
「あ、ありがとう。うれしいよ」
「だからお願いします。私を弟子にしてください。私も師匠のようになりたいんです」
「だけどなぁ……、俺、酒とギャンブルをやめられないダメ人間だぞ?」
「お願いします!」
しばらくの押し問答があったけど、けっきょく俺はリリカの熱意に負けてしまった。
うちの業務はしっかり説明したけど、リリカは本当にわかっているのか?
素材は自分で集めてくるのが基本だぞ。
危険地帯に行くこともあれば、強力な魔物を狩ることだってあるのだ。
辛い旅が続くことだってある。
そのあいだ、こんなむさくるしいおっさんと一緒にいなければならないというのに……。
まあ、修行が辛ければ逃げ出すだろう。
そうなれば、それまでのことだ。
「本来は定休日だが、明日は早朝からでかける。動きやすい服装でここに集合だ」
「はい、よろしくお願いします!」
リリカはピョンピョンと飛び跳ねながら喜んでいる。
まるで俺の弁当を待っていた美優のように。
「まさか、君は美優じゃ……」
「ミユウ? 嫌だな、私の名前はリリカですよ!」
「そ、そうだったな。すまん……」
美優とリリカでは顔つきがぜんぜん違う。
リリカが死んだ美優の生まれ変わりだなんて、そんな都合のいい話はないか。
「明日は時間厳守で頼む」
「明日からよろしくお願いします!」
リリカは元気に走り去ってしまった。
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