夢幻の魔女
三十個つくった唐揚げ弁当は十九個しか売れなかった。
まだまだ人気がない証拠だ。
『売り切れ御礼』の看板をだすためには、もっと美味しい弁当をつくらなくてはダメなのだろう。
気は進まないが、やっぱりシエラのところへ行くしかないようだ。
でも、顔を合わせづらいんだよなあ。
あいつ、いまでも怒っているだろうし……。
閉店の準備をしているとリリカが声をかけてきた。
「師匠、これから夢幻の魔女のところへ行くのですか?」
「う~ん……」
「なんだか会いたくないみたいですね」
「まあなぁ……」
美味しい唐揚げ弁当をつくりたいという気持ちはあるのだが、シエラに会いに行く踏ん切りはつかない。
やはり、自分でレシピを工夫した方がいいかな、そんな思いもこみあげてくる。
「師匠、ひとりで行きづらいのなら、私もついていきましょうか?」
「いや、その必要はないさ」
どうせシエラに会えばまた喧嘩になるのだ。
リリカには醜態を見せたくない。
それに、やっぱり会いたくないという気持ちは強い。
うん、会うのはやっぱりやめておこう!
そう決めたのだったが、運命というのはときに皮肉な形で姿を現す。
その日の夕方、シエラの方から店にやってきてしまったのだ。
夕焼けをバックに、緑のロングストレートの髪をなびかせるシエラは、あいかわらずキツイ目をしていた。
口元は曲がり、俺への憎悪がむき出しになっている。
それでもやっぱり、シエラは美しかった。
「シエラ、どうしてここが……?」
「風の噂に聞いたのよ。ライガがスズラン商店街で弁当屋をはじめたってね」
俺たちはしばらく見つめ合った。
いや、睨み合った。
だが沈黙はなにも生み出さない、少しは歩み寄る姿勢を見せないとな。
俺だってこの八年間で少しは成長したのだ。
二人の間に堆積する沈黙を吹き飛ばすように、俺は大きくため息をついた。
「なにをしに来たんだ? いまさら俺に用なんてないだろう?」
「落ちぶれたアンタを笑いに来たのよ」
「落ちぶれた? 俺が?」
「そうよ! あのとき私の元から去らなければ、ライガはもっと優雅な生活ができていたんじゃないかしら? 本当にバカな男……」
蔑むようなシエラの口調に俺はいら立ちを覚えた。
「優雅な生活とやらに興味はないな。俺は好きにやるさ」
「負け惜しみを……」
八年という歳月が経っていても、俺たちはやっぱりかみ合わないようだ。
それに、この態度からみて、シエラはいまだにあのことを恨んでいるのだろう。
「ま、俺は俺で楽しくやっているさ。シエラも達者でな」
「くっ……」
拒絶の態度を受け、シエラはそのまま立ち去ろうとした。
そんなシエラを引き留めたのは、なんとリリカである。
「待ってください。師匠はシエラさんに会いたがっていたじゃないですか」
「私に会いたがっていた?」
振り向いたシエラの顔に勝ち誇った笑みが浮かんでいて、俺は肩をすくめた。
勘違いされては困る。
俺はシエラを懐かしんだり、恋しかったりして会いたかったわけじゃない。
「ちょっと頼みごとをしたかっただけだ。シエラとよりを戻すつもりはないぜ」
突きなしたような俺の言い方にシエラは激昂した。
「私だってまっぴらごめんよ! ふざけるなっ!」
俺たちのやり取りを見てリリカが慌てている。
「お二人とも落ち着いてください。みなさんが見ていますよ」
夕暮れどきの商店街は買い物客でにぎわっていたのだ。
いつしか、店の周囲で野次馬たちが足を止め、遠巻きに俺たちを見物していた。
好奇の目にさらされ、俺もシエラも少し頭を冷ました。
「うるさいわね。あなた、ライガの新しい恋人?」
シエラの矛先が、今度はリリカに向けられてしまったようだ。
「とんでもありません! 私はただの弟子です!」
「弟子? ライガが弟子を取ったの!? アンタ、いつからそんなに偉くなったのよ?」
「俺がなにをしようとシエラには関係ないだろう?」
周囲の目を気にしながらリリカが提案する。
「とりあえず、奥に入ってもらいましょうよ。ウィルボーンさんからいただいたお茶を淹れますので」
野次馬たちはニヤニヤと俺たちのことを見つめ続けている。
このままでは店の評判にも影響が出てしまうぞ。
とりあえず冷静になろう……。
「あがっていけよ。いいお茶があるんだ」
拒否されるかと思ったが、シエラはむっつりとした表情のまま中に入ってきたので、俺は居住スペースに案内することにした。
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