才能を無駄にするな
都に帰り着いたころには、城壁の向こうに落ちる夕日が空を鮮やかに染めていた。
本当は昼前に帰ってくる予定だったけど、ウィルボーンに養生魔法を教えていたら遅くなってしまったのだ。
ついでにお昼ご飯をご馳走になったから仕方がないか。
あれは美味しかった。
特に黒糖酒で煮込んだという豚肉が最高だったぜ。
悔しいけど俺の弁当より美味かったもんなあ。
俺、素材とかを扱うのは得意なんだけど、味付けは苦手なんだよね。
料理を研究したわけじゃないから、調理法もよく知らないのだ。
ウィルボーンの館では年配の女中さんが料理をつくってくれたそうだが、俺が彼女に弟子入りしたいくらいだったよ。
てか、こんどお土産を持っていって、代わりにレシピを教えてもらえないか頼んでみようか。
いっそ、弟子入りをしてもいいな。
「師匠、この後はどうしましょうか?」
リリカが屈託のない笑顔を俺に向ける。
「今日はもうやることもないから帰っていいぞ。魔力循環の修行だけは忘れないようにな」
わざわざ言わなくてもリリカならきちんとやるだろう。
だけど、俺は師匠っぽく振舞ってみた。
「承知しました。師匠はこの後、どうされるのですか?」
「俺は……」
報奨金の50万レーメンを握り締めてカジノへ行くに決まっているのだが、それをリリカに言う必要はないだろう。
師弟の間にも秘密は必要だ。
「のんびり過ごすさ」
「そうですか? カジノなんて行っちゃだめですよ。父のように借金をつくったら不幸になりますからね」
「もちろんだとも」
何食わぬ顔で嘘をつくと、リリカは納得し、手を振りながら元気よく走って行ってしまった。
これでいい……。
俺には俺のプライベートが必要なのだ。
【神眼】で確認したが半径500メートル以内にリリカの気配はない。
よしよし、行きつけの【バニー・クラウン】へ行くとしよう。
今夜は勝てるかな?
なんとなく後ろめたい気持ちのあった俺は、【隠形術】で姿を隠してカジノへと歩みを進める。
だが、待てよ……。
俺、弟子を取ってしまったんだよなぁ。
となると、いつの日かリリカが独立して、暖簾分けをする日がやって来るかもしれない。
少しずつでも貯めた方がいいよな……。
「…………」
後ろ髪なんてひかれなかった、と言えば嘘になる。
だがそれでも、その夜はカジノへ行くことはやめにして、馴染みの酒場で飲むだけにしておいた。
***
ライガと別れたリリカは、感動と興奮の余韻に浸りながらゆっくりと歩いていた。
修行初日を終えただけだというのに、この充実感はなんなのだろう?
突かれた魔点穴、広げられた魔経路、自分の体内を流れた師匠の魔力。
その一つひとつを思い出すたびに胸が高鳴る。
往復200キロメートルの距離を走ったというのに、驚くほど疲れはない。
やっぱり師匠はすごい!
たった一日教えを受けただけで、自分がこれほど変われるとは思っていなかった。
このまま師匠のもとで修業を続ければ、自分はどれほどの高みへ行けるのだろう?
いつか、師匠を喜ばせる弁当をつくることができるだろうか?
いや、できるにきまっている!
リリカの瞳は希望にあふれている。
明日からは、いよいよ弁当作りの手伝いだ。
期待に胸が躍り、顔がにやけてしまう。
だが、そんな笑顔も自室の前に立つ大柄な女性を見た瞬間に凍り付いてしまった。
「リューネさん……」
部屋の前にいたのは、リリカが所属していたエターナルフォースのチームリーダーであるリューネだった。
年齢は三十二歳。
筋骨たくましい長身、大剣を肩に担いだ姿は相当に厳めしい。
普段は面倒見のよい、細やかな性格をしているリューネだったが、このときの顔には怒りが滲んでいた。
「リューネさん、どうしてここに?」
「どうしてだと? もちろんリリカを引き留めにきたに決まっている! 店は閉まっているし、ずっと探していたんだ」
「今日は料理に使う水を汲みに行っていたんです」
「わざわざ水を? はっ! そんなもん給水所へ行くか、魔法で作り出せばいいじゃないか」
水魔法が使えないと思ってか、リューネの声にあざける色が滲んだ。
師匠がバカにされたように感じて、リリカは反射的に反論してしまう。
「美味しい料理には特別な水が必要なんです。師匠はいろいろ考えてお弁当をつくっているんですよ!」
「…………」
反論せずリューネは口をつぐんだ。
「なにか用ですか? 私を探していたそうですが」
「クラウド村の近くに新しい穴が出現した」
「新しい魔窟ですか?」
「ああ。宮廷からエターナルフォースに偵察の依頼が来た」
魔窟とは、文字通り魔物が出現する危険な場所だ。
一般人で魔窟に入りたがる人はまずいない。
だが、腕が立ち、欲に突き動かされた人間は少し違う。
彼らは喜んで奈落の暗闇へ突入していく。
魔窟では貴重な鉱物や魔結晶がとれるからだ。
場合によってはレアアイテムが出現することもある。
新規の魔窟が見つかった場合、国は優秀なチームを雇って調査させることが多い。
調査費用は安いのだが、手つかずの魔結晶や鉱物は調査チームのものになる。
危険ではあるが実入りのよい仕事でもあった。
「おめでとうございます。新しい魔窟の調査を任されるなんて、エターナルフォースもいよいよ世間に認められましたね」
褒められたというのにリューネの表情は冴えない。
「出発は八日後だ。リリカにも調査隊に加わってほしい」
「私? 私はもうお弁当屋さんですよ。冒険者は引退しました」
「まだそんなことを言っているのかい? リリカなら最高の冒険者になれる。今回の調査が成功すれば私たちの名声はさらに高まるだろう。戻ってこい」
「私がなりたいのは最高のお弁当屋さんです。冒険者の名誉なんていりません」
リューネはリリカの言葉を無視した。
「出発は八日後の5刻だ。集合場所はリエンタ大聖堂の前。待っているからな」
「行きませんよ、私は」
「リリカ、才能を無駄にするな!」
リューネはそれだけ言って立ち去ってしまった。
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