アンチエイジング
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手にした小枝で地面に図を描きながら、俺は養生魔法についての説明を開始した。
「いまから三年前、俺は誰も知らない魔窟を見つけたんだ」
【単鬼】時代の俺は世界中を気ままに旅していた。
魔窟を発見したのも、そんな旅の途中のことである。
移動距離を短縮しようと街道を使わず、木から木へと飛び移りながら山越えをしていたときだ。
山腹の斜面に俺は小さな洞穴を発見したのである。
それが古い古い魔窟の入り口だった。
「賭博場で有り金を使い果たしていた俺は、旅費を稼ぐために魔窟攻略をすることに決めたんだ」
「師匠……」
賭博場と聞いたリリカがさっそく怖い顔をしている。
リリカはギャンブルに対して厳しすぎるのだ。
まあ、辛い過去があったみたいだから仕方がないけど、それを俺にまで押し付けるのはやめてほしい。
怖いから……。
「もう、三年も前のことだ。そんなに怒るなよ……」
ふくれっ面をするリリカを無視して、俺は説明を続ける。
「で、まあ三日ほどかけて魔窟を攻略したんだけどな」
「たった三日で!」
もと冒険者のリリカが驚いているが、これはたいしたことではない。
「小さなダンジョンだったんだよ。地下七層くらいのな」
「それにしたって、早すぎます。師匠はソロだったんでしょう?」
「出現する魔物も小物ばかりだったんだ。でな、そこのボスは歳を重ねたリッチだったんだけど、これもたいしたことはなかった。ただ、奴の持っていた蔵書がすごかったんだ」
蔵書と聞いて反応したのは研究好きのウィルボーンだ。
「リッチの蔵書ですと!? それはどういった……?」
「奴はゾンビを強化する研究していた。だが、それはどうでもいい。ゾンビなんて煮ても焼いても食えないし、そばに居たって臭いだけだからな。俺が注目したのは人体の構造についての書物だったんだ。あんたたちなら細胞というのがなんなのかわかるよな?」
そこにはウィルボーンをはじめ、彼の弟子も六人いたのだが、うなずいたのは三人だけだった。
前世では中学校で習う概念だけど、科学の発達していないこの世界ではそれも仕方がないことだ。
リリカもわかっていなかったようなので、念のために説明しておいた。
「細胞とは生物の最小単位であり、生命の基本的な構造を持つものだ。たとえば、俺たち人間の体もそうだ。小さな細胞がたくさん集まってできている。これを体細胞と呼ぶそうだ」
「そう言われてもピンときませんね。細胞なんて見たことないですから」
「そんなことはないぞ。リリカだってニワトリの卵を見たことがあるだろう? 卵黄は巨大なひとつの細胞だ。まあ、あれくらいでかいのは少ない」
「あれも細胞……」
「ただ、人体を構成する体細胞は肉眼で見ることができないほど小さいんだ。もっとも【真眼】を使えばそれも可能になるぞ」
「ということは、いつか私も見られるということですね!」
「今後の修行次第だな。【真眼】を使って調理用の肉を切ると細胞の断面がよく見える。細胞をいかに崩さないように切るかで味が変わってくるのだ」
「おお!」
話が横にそれたので俺はもとに戻した。
「でな、体細胞は、脳細胞とか筋肉細胞のように役割が決まっているんだ。だが、これのほかに役割がまだ決まっていない、いろいろなタイプの細胞になる能力を持っている細胞がある。これが幹細胞だ」
俺が口をつぐむと、山腹に吹く風の音と、レビの泉から湧き出す水の音だけがかすかに響いた。
ウィルボーンとその弟子たちは、いまや俺の話に聞き入っている。
「そのような細胞の話、私は聞いたことがありません……」
ウィルボーンの声はかすれている。
「俺もリッチの蔵書を読むまでは知らなかったよ。幹細胞は自己複製能と多分化能の能力を併せ持った特別な細胞なんだってさ」
「それを使えばどのような効果があるのでしょうか?」
「傷ついた臓器や血管、老化した皮膚など、さまざまな修復・再生を行うことが可能なんじゃないかな?」
「つまり、養生魔法とは幹細胞を利用した治癒魔法ですか?」
「理解が早くて助かるね。養生魔法は魔力によって幹細胞を体内で培養して、必要な場所に届ける魔法ってことだ」
俺は立ち上がって腰を伸ばした。
「いっぱい喋ったから喉が渇いたな……」
俺のつぶやきをウィルボーンは聞き逃さなかった。
「ライガ先生、続きのご講義は屋敷の奥でお聞かせ願いませんでしょうか? すぐにお茶の支度をいたしますので!」
「お茶? いただいちゃっていいの?」
「もちろんです。お前たち、応接室の準備を。ライガ先生とお弟子殿に泉の水で淹れた最高級のお茶をお出しするんだ」
命令を受けて若い二人の弟子が駆け出して行った。
「なんだかすみませんね」
「とんでもございません。ささ、むさくるしいところではございますが、どうぞお入りください」
こうして、俺とリリカはウィルボーンの屋敷の中へと案内された。
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続きは22時過ぎに更新予定です。




