レビの泉
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たどり着いたレビの泉はすっかり様変わりしていた。
かつては森に囲まれた小さな泉だったというのに、今では木々がなぎ倒され、代わりに大きな屋敷が立っている。
屋敷の周囲にはぐるりと高い塀が立ちはだかり、人を寄せ付けないようにしてあった。
「ずいぶんと立派なお屋敷ですね」
「金持ちなんだろう。おおー、おおー、いっちょ前に魔法結界まで張り巡らしてあるぜ」
魔物や盗賊よけのためなのだろう、侵入を拒む強力な結界が屋敷を守っている。
かつての宮廷魔術師長が直々にとりつけたものかもしれない。
ぶち破れないこともないが、まずは穏便に門へ向かった。
「かいも~ん!」
鉄鋲の打たれた大きな門をドンドンと叩いて呼ぶと、脇の小さな通用門から少年が姿を現した。
魔法使いのローブを着ているところから推察すると、ウィルボーンの弟子のようだ。
「なんですか、あなた方は? ここは高貴なるお方のお住まいです。もう少し静かにしてください」
十五歳くらいにしてはお上品な言葉遣いである。
「俺たちは泉の水を分けてもらいに来たんだ。よろしく、頼むよ!」
弟子は態度をやや軟化させた。
「そういうことですか。ですが、ご要望にはそえかねます」
「どうして? 水なんていくらでも湧き出てわきでてくるだろう? 最低でも大甕に三つは欲しいんだけど」
「大甕に三つっ!?」
自分の声に驚いた少年は声を潜めた。
「ご存じないかもしれませんが、 波動魔導水は天下の霊水です」
「知ってるよ。あれで炊く飯は最高なんだ」
「ご飯を炊く……? わが師匠は魔法薬研究のため、波動魔導水を大量に利用しています。お分けする水はないのです」
少年魔導士はきっぱりとした口調で俺を拒絶した。
「え~、去年はタダで汲んだんだけどなあ……」
「それは去年までのお話です。ここはもうウィルボーン先生の土地なんですから!」
やれやれ、弟子を相手にしていても埒が明かない。
こうなったらウィルボーンに直談判がよさそうだな。
水の対価にお弁当の配達を打診してみるか。
めずらしい弁当を届けたら、案外許してくれるかもしれない。
「だったらさ、ウィルボーン先生とやらを呼んできてよ」
「紹介状もない方を取り次ぐわけにはまいりません!」
「そんなこと言わないで、頼むよ。悪いようにはしないからさ」
「どうぞ、お引き取りください!」
「つれないこと言わないでくれよ。こっちは都から走ってきたんだぜ」
「あなたの都合なんて知りません」
泉の水なんていくらでも湧き出るだろうに、こいつらはあくまで独り占めしたいようだ。
これは諦めた方がいいかなと思っていたら、通路の奥から取り巻きを大勢連れた爺さんがこちらにやってきた。
あの顔に見覚えがあるぞ。
あれぞ、館の主のウィルボーンじゃないか!
俺は大きく手を振ってウィルボーンに声をかけた。
「おーい、ウィルボーンさ~ん! ちょっと話があるんですけど!」
ウィルボーンは苦々しい顔をしながらも、こちらにやってきた。
胸のあたりまで垂らした真っ白な髭が威風堂々と揺れている。
「なにごとかな?」
弟子は恐縮して説明している。
「先ほどこちらの方々がやってきて、波動魔導水を寄越せというのです。それも大甕に三杯もですよ!」
「なにも、ただでくれとは言わないさ。水を分けてくれたら美味しい弁当を配達するからさ」
俺の言葉にウィルボーンは眉をしかめた。
「お若いの、ここの水はただの水とはわけが違う。波動魔導水と言って魔法薬をつくる原料になるのだ」
「それはもう聞いたって。だけどさ、泉の水は滾々と湧き出てくるだろう? 少しくらい料理用に譲ってくれないかな?」
「悪いが、それはできない。私の魔法薬は波動魔導水を大量に必要とするからな」
大量に?
なんとなく、こいつの考えが読めたぞ。
レビの泉の水を大量に使うってことは――。
「あんた、不老長寿の魔法薬を研究してるんだろ?」
「なっ!?」
うろたえたウィルボーンが大量の汗をかきはじめた。
「やっぱり図星か。そんなこったろうと思ったぜ!」
それまでずっと黙っていたリリカが質問してくる。
「師匠、どうして不老長寿の薬だとわかったんですか?」
「泉の水は俺も分析済みだ。ここの水には微量だけど魔力を活性させる成分が入っているのさ。まあ、それが美味しさの元にもなっているんだけどな。こちらの先生は水を精製して、成分濃度を上げて、魔法薬の原料にしようとしているのさ」
「なるほどぉ。だとしたらすごいお薬ができそうですね」
だが、そんなものは簡単にできないというのが世の常である。
「できたとしたらな。だけど、それは無理な話だぜ」
「どうしてですか?」
「単純に有効成分の濃度が薄すぎるんだよ。しかも、その成分の劣化は驚くほど早い。だからどれだけ精製し続けても必要量が蓄えられないってわけだ」
「なるほどぉ!」
俺とリリカの会話をあっけにとられた様子で聞いていたウィルボーンが口を開いた。
「おぬしは何者だ……?」
「あ、都のスズラン商店街で弁当屋を営んでいるライガってもんです。以後お見知りおきを。弁当やケータリングの配達ならいつでもおっしゃってください。ここまでだって超特急で運んできますので」
いつだって宣伝を忘れないのが俺のいいところである。
この館には弟子も多そうだ。
注文が入れば、いい儲けになるだろう。
「というわけで、ここの水は魔法薬には不向きだよ。あんたも薄々気づいているんじゃないかい?」
ぼんくらに宮廷魔術師長は務まらない。
優秀な魔導士ならとっくに理解しているはずだ。
「しかし……」
「あんた、そんなに不老長寿の薬をつくりたいのかい? まだまだ元気そうなのにな」
そう尋ねると、ウィルボーンは苦笑いを浮かべた。
「若者にはわかるまいな。老いていくこの身の切なさは。成し遂げたい研究は道半ばだというのに、体力も知力も、魔力でさえも衰えていく焦燥を」
花は枯れるし、月はかける。
どんなよいことにも終わりは訪れる。
それが世の理だと思うが、ウィルボーンの気持ちも少しは理解はできた。
俺だって来年は三十歳だもんなあ……。
「う~ん、だったらさ、養生魔法を使ってみたらどうだい?」
俺の提案にウィルボーンは目を白黒させた。
「養生魔法? そんなものは聞いたことがないぞ」
「そりゃそうだ。俺のオリジナルだもん。不老不死は無理だとしても、元気を取り戻すくらいはできるかもしれないぜ。ま、アンチエイジングってやつだ」
「アンチ……エイジング……?」
まだ戸惑っているようだけど、ウィルボーンは興味を隠し切れずにいる。
よしよし、養生魔法を水との取引材料に使っちまえ。
「俺はあんたに養生魔法の概要と修行法を教える。その代わり、あんたは俺に泉の水を提供するっていう条件でどうだい?」
「まずは話を聞いてみよう。それが納得できるものなら水はいくらでも提供する」
「そうこなくっちゃ。立ち話もなんだ、そこの石に座って話そうぜ。あんた、幹細胞ってきいたことあるかい?」
俺は落ちていた小枝を拾い、ウィルボーンと並んで座ることにした。
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