弁当談義
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動けなくなった盗賊を見て、リリカは嬉しそうに手を叩いた。
「これが【止点刺突】ですね。すごいです、師匠!」
「うむ、どこを突いたか見えたか?」
「えーと、22番かな?」
「先に1番を突いている」
「ええ!? 速すぎて見過ごしていました!」
それでもたいしたものだ。
盗賊たちは誰一人、突かれた本人でさえ気づいていなかったのだから。
「そこの魔法穴を突けば右腕が動かなくなるのですね」
「だが、力加減と魔力量に注意しろ。やりすぎると腕自体が破裂してしまう」
「爆発?」
「文字通り爆発だ。行き場を失くした魔力が暴発してしまうんだ」
「どれくらいの力で突けばいいのですか?」
「口で説明するのは難しいな」
自分たちを無視して会話をしている俺たちに盗賊の首領が怒りだした。
「俺たちを無視するな! てめえはいったい手下になにをしやがった?」
だが、リリカは首領のことなど気にも留めない。
「少し静かにしていてもらえませんか? 私は師匠から大事な教えを授けてもらうところです」
「なっ……」
リリカのやつ、まったく盗賊たちを怖がっていないな。
逆に首領の方がうろたえているくらいだ。
心眼が使えないとはいえ、リリカは正確に盗賊たちの力量を見抜いているのだろう。
エターナルフォースの一員として、いくつもの死線を超えてきたリリカにとって、この程度の状況は修羅場にもならないのだ。
「そうだ、私に【止点刺突】をかけてみてください。そうすれば勘がつかめると思うんです」
「ふむ、一理ある。やってみるか」
俺は動けない盗賊の剣をすり抜けて前に出た。
大勢の前で女の子の体をつつくことに若干の抵抗はあったが、これも修行である。
俺は盗賊たちを睨みつけた。
「言っておくが、これは修行だからな。俺にやましい気持ちはまったくない。勘違いするなよ」
「いったいなにを……」
口を開きかけた首領を押しのけてリリカが前に出てくる。
「そんなことはどうでもいいから、早くやってください」
「そ、そうだな」
ここは師匠らしく堂々としていなければ……。
「では、いくぞ」
重々しくうなずいて、俺はゆっくりリリカの左腕を突いた。
「わかるか? いったん送り込んだ魔力を、魔法穴をふさぐように吸引するんだ」
「おお! 本当に動かなくなりました。思っていたより必要な魔力量は少ないのですね」
左腕が動かなくなったというのにリリカは大喜びしている。
俺は再びリリカの魔法穴を突いた。
「戻すときはこんな感じだ。危険だから、練習は俺がいるときだけにしろよ」
「え~、それは残念です。帰ったら家で練習しようと思ったのに……」
「それはもう少し後だ。そのかわり、きょうはこちらのみなさんに協力してもらおう」
俺は盗賊たちを指さした。
首領が焦ったように抗議する。
「俺たちが協力? どういうことだ!」
「お前たちを捕えて警備兵に突き出す。だが、俺たちはお前たちを縛り上げるロープを持っていないからな」
「てめえ、この人数に勝てる気でいるのか?」
「そうだ、そうだ! お頭、男の方はぶっ殺しちまいましょう!」
「そうだな、これだけコケにされて、黙っていられねえよな。千里眼のワッツさまの沽券が廃るってもんだ」
盗賊たちがワーワーと騒ぎ立てたが、俺たちは完全に無視だった。
「師匠、こいつらを相手に【止点刺突】を試せということですね?」
「そうだ。実践こそ習得の近道だからな。だが、これをやるには正確に魔法穴を突く必要がある。難しいぞ」
特に、動いている敵に対してはかなりの技量が試される。
「わかりました。でも、実戦には向かない技ですよね。よっぽど生け捕りにしたいときくらいしか使いどころがないと思いますが」
「たしかにそれは言える。殴って気絶させた方がてっとり早いのは確かだ。ただし、これにも使いどころはある」
「と言いますと?」
「魚だ」
「さか……な?」
さすがのリリカもこれは知らないだろう。
「魚類にも魔力はある。そこで、魔法穴を突いて魚の動きをとめるんだ。そうすれば、新鮮なまま魚を持ち運べるのだ」
「なるほどぉ! 魚はどんなおかずにします?」
「スパイスを利かせたフライにしてフィッシュアンドチップスなんてどうだ?」
「大好きです!」
「あと、のり弁等における白身のフライだな」
「のり弁当?」
俺の弁当は前世の知識によるところが大きい。
よってレパートリーは日本のものが格段に多くなる。
リリカの理解が追い付かないのは仕方のないことだ。
「そういった大切なことはおいおい説明する。海苔を手に入れるのは難しいかもしれないが、いずれ海辺で入手しよう」
「海はいいですね。食材の宝庫です!」
俺たちが弁当談義に花を咲かせていると、しびれを切らした盗賊たちが叫び声をあげた。
「いい加減にしやがれ!」
降り降ろされた刃を見切り、俺は魔法穴を突いた。
途端に盗賊はその場で金縛りにあってしまう。
「魔法穴はどこを突いてもいいぞ。番号ごとに効果が違うから自分で確かめるように」
「わかりました。でも、力加減を間違えて壊してしまったらかわいそうだなあ……」
リリカってば優しい子。
「心配せず、思いっきりやれ。壊れても俺が治癒魔法で治すから。爆発しても死なない限りは欠損部位に再生魔法をかけてやる」
「そんなことまで!?」
「かなり面倒だが、肉を切らしたときなどに役立つ。レバニラ炒めを作っていて、微妙にレバーが足りないときがあるだろう? そんなときこそ再生魔法の出番だ」
「ありますよね。つい、切らしちゃうときって」
「うむ。市場へ行くほどじゃないけど、微妙に物足りないときな」
リリカはしなやかな指を伸ばして身構える。
「それでは、お言葉に甘えて全力でいきます!」
「やってしまいなさい」
それからの一時間は、盗賊たちにとっては阿鼻叫喚の地獄だった。
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