1 弟子入り志願
新作です。よろしくお願いします。
本日は3話分公開予定です。
人と人との縁とは不思議なものだ。
だって、この星には何億という人間が住んでいるんだぜ。
それなのに、天文的な確率で人は人に出会い、関係を育んでいく。
おっと、俺は地球の話をしているんじゃないぜ。
俺が日本にいたのは前世のことだ。
いまは生まれ変わって、まったく別の世界にいる。
たまに夢で見るけど、前世の記憶は……。
いや、この話はどうでもいいか。
ただ『縁』の不思議ってやつは、たとえ世界がちがっても同じことだ。
俺は元冒険者で、いまは下町の弁当屋。
しかも、料理の腕はまだ未熟な駆け出しだ。
ところが、そんな俺に弟子入りを志願したやつらがいる。
まったく、ふざけているとしか言いようがないが、人の出会いってやつは魔法ですら及ばない奇跡なのかもしれない。
これは、俺と俺の弟子と弁当にまつわるお話だ。
酔っ払いのたわごとだと思ってくれてもいいから、どうか聞いていってくれないか?
ちょいとばかり長くなるかもしれないけどな。
王都の下町、夕方のスズラン商店街に元気な女の子の声が響いた。
「私を師匠の弟子にしてください!」
突然のできごとに俺は困惑した。
だってそうだろう?
商店街の片隅に『弁当屋ライガ』を出店してから、まだ十日も経っていないのだ。
街で評判の弁当屋というのなら、まだ話はわかる。
だがうちは、閑古鳥が鳴く静かな弁当屋なのだ。
それに、若い女の子が弁当屋に弟子入りってところが解せない。
若者に人気のお洒落なカフェではなく、ここは『焼肉弁当ニンニク増し増しフェア』をやっているような店なのだ。
ははぁん、これは罰ゲームだな。
俺はそう直感した。
ほら、ギャルとかがよくやるだろう?
なにかの賭けに負けて、好きでもない男に告白するやつ。
これは、あれの亜流バージョンだ。
そうでもなければ二十九歳のおっさんに、こんなかわいい子が弟子入りを願うわけがない。
女の子の水色の髪が緊張で揺れていた。
年のころはハイティーンくらいか?
よく見ると本当にかわいらしい子である。
これなら同年代にはよくもてるだろう。
オッサンくらいなら余裕で手玉に取れると思ったか?
だが、俺も暇じゃない。
いつまでも子どもの遊びに付き合っている時間はないのだ。
「従業員は募集していないんだ。職探しなら他を当たってくれ」
「職探しをしているのではありません。弟子入りのために所属していた冒険者チームは抜けて来ましたが……」
冒険者?
ああ!
それで合点がいった。
この子は弁当ではなく、俺に武芸や魔法を教えてもらいたいのか!
だったら話はわかる。
なぜなら、これでも俺は名の知られた冒険者だったからだ。
数えきれないほどの魔窟をソロで完全踏破、災害級の魔物だって数えきれないほど倒している。
仮面の冒険者【単鬼】の名は必要以上に有名になってしまっていた。
「悪いんだけど、俺はもう冒険者をやめたんだ。半月ほど前に」
「へっ?」
俺を見上げる女の子の顔に困惑の色が広がった。
「あの、冒険者って……?」
「え? あれ?」
この子は俺のことを【単鬼】として認識していないのか?
考えてみればそれは当然だ。
現役時代の俺は、常に仮面をつけて活動してきた。
素性を知られればプライベートが騒がしくなってしまうという理由で。
休日は酒場に出かけ、気心の知れた近所の常連客とバカ話で盛り上がる、そんな他愛のない日常を俺は愛していたのだ。
こちらがSランク冒険者【単鬼】だと知られれば、周囲の人々は俺を恐れてしまうかもしれない。
俺は自分の居場所を壊したくなかった。
ちなみに【単鬼】とは俺の通り名で、常にソロで敵へ突っ込むからつけられたあだ名である。
そんなわけで、俺は仮面をかぶり続けてきたのだが、いまの俺は素顔を晒している。
仮面を取り去り、真実の姿をむき出しにした俺を【単鬼】と判断できる人間は都に数人しかいない。
だったら、この子は……。
「えーと、君は……?」
「私、リリカと申します! 師匠のお弁当に感動しました。どうか、私を弟子にしてください!」
リリカは本当に弁当屋になりたいようだ。
それはそれで困ってしまうのだが……。
「すまないが、弟子は取らない主義なんだ」
店は暇すぎて従業員さえ必要ないくらいなのである。
そんな状態で弟子なんてとれるわけがない。
「そこをなんとか!」
「そんなことを言われても困るぜ。俺だって弁当屋になったのはまだ最近なんだ。君は冒険者だよな?」
「冒険者チーム【エターナルフォース】のメンバーでした。でも、もう抜けてきたんです。お弁当屋さんになるために」
「エターナルフォースだと?」
エターナルフォースの名前は俺も知っていた。
女性ばかりのチームで、最近メキメキと実力をつけている若手のエースたちだ。
近々Aランクに昇格するんじゃないかという噂もある。
「エターナルフォースで頑張った方がいいんじゃないか? 弁当屋で生活していくのは大変だぞ」
じっさい、【弁当屋ライガ】の売り上げははかばかしくない。
冒険者時代の貯えがあるから暮らしていけるが、そうでなければとっくに店を畳むことになっていただろう。
そのかねだって、負け続けるギャンブルでかなり目減りしているのだ……。
エターナルフォースのメンバーだというのなら、リリカの実力は本物だ。
死と隣り合わせの稼業とはいえ、得られる報酬は弁当屋とは段違いである。
だが、リリカは真っ直ぐな目で俺を見てこう言った。
「私、師匠の卵焼きが大好きなんです。優しい味がするから……」
俺は言葉を失った。
こいつ、夢の中のあいつと同じことを言った……。
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