ラビリスウォーターとデイウォーカー
初心者講習の2回目。今日は第1層オフィスエリアの地下2階へと来ていた。
前回の講習で金満愛奈の実力は分かっているので、ここくらいなら問題ないと判断した。
出てくる魔物を倒しつつ、迷宮内の探索をすすめている。お嬢様は相変わらず勝手に行動しがちだが、止まれと言えば止まるようになったのでなんとかなっている。
むしろ自分からあっちこっち探すところは初心者講習としては楽で助かる。
「変な扉を見つけましたわ!ここは……休憩ラウンジ、でしょうか?」
「当たりのお宝部屋だな。まずは部屋の安全確認だ。魔物がいないかざっとでいいから確認しよう」
「わかりましたわ」
まず天井、次にソファなどの設置物の陰をよく見ていく。2人で確認してからやっとお宝の確認に入る。
「これがここの宝箱だ」
「これがですの?わたくしには自動販売機にしか見えませんが」
壁には数台の自動販売機が並んでいて、そのうちの1台だけが明かりつけて稼働していた。
「そうだぞ。しかも鍵付きのな」
「鍵付きということは、普通より良い物が入っているのですよね」
「ああ。ちなみにそれを開けるのに必要なのは、コレだ。【迷宮コイン】。魔物が落としたり普通の部屋の中に置いてあったりするから、見つけたら拾っておくといい。今回は俺の手持ちをやるから使っていいぞ」
「本当ですの!?感謝いたしますわ!」
腰の小物用ポーチから出したコインを渡すと、お嬢様はうきうきで自動販売機に近づいていった。
「コインを入れて……、書かれてる文字は読めませんし、写真もないのですね。これで何が出てくるか分かりませんわ。1種類だけのものかしら?まあいいですわ。えいっ」
お嬢様がボタンを押すと、青みがかったガラス瓶が出てきた。
「何ですのこれは……ラビリスウォーター?」
「なかなかいい引きしてるじゃないか。体力と状態異常をそれなりに回復してくれるアイテムだ。需要は高いから、良い値段で売れるぞ」
「自動販売機の明かりが消えましたわね」
「宝箱は中身を取ったらそれで終わりだろ?補充されるのは1日後。他の宝箱と同じだ」
お嬢様がラビリスウォーターを渡してきたので、換金用ポーチにしまう。
「他の自動販売機は宝箱じゃございませんの?」
「稼働している数は日によってランダムだな。今まで一番多かったのは3台かな?まあ迷宮に潜っているのは俺たちだけじゃないし、カギを開けれるんなら開けていくだろ」
「む、わたくしがもっといれば、全部の宝箱を開けられたのに」
コイツ本気で言ってるな。分身できるなら俺もしたい。
「こんなところで休んでいるわけには行きませんわ。早く次の宝箱を開封しに参りましょう!」
やる気が溢れているようで何よりだ。
◇◇
お嬢様は元気に迷宮内を歩き回り、あの後さらに3つのカギつき自動販売機を開封した。
魔物のドロップ品も手に入ったので、初心者の探索の成果としてはかなりいい部類だろう。
受付に戻ると山田さんが座っていた。確認したいことがあったのでちょうどいい。
「鈍川さんがあとどのくらいでB級に昇格できるかですか?まだ先になりますね」
どうやら初心者講習の講師役をやったくらいじゃ全然足りないらしい。
「探索はマジメにやってますけど、ほとんどソロですし成果が少ないのがネックですね」
「ですよね」
反論の余地がまったく存在しない正論だった。
「ふーん、まだC級って、大したことないんですのね」
「いやちょっと待てよ、C級になるのだってそれなりに大変なんだからな?」
お嬢様の興味なさげな発言に、ちょっとカチンと来た。
「探索者はE級から始まる。お嬢様もここだけど、普通にやってりゃすぐ上がる。あとは探索者ライセンス持ってるだけのヤツもここだな」
「そ、そうなんですの」
「続いてD級、ちょっと頑張れば到達できるレベルだ。C級はそこから貢献度を積み上げていく必要があるんだよ。貢献度って依頼の失敗とか不良行為とかでマイナスされるから、大成功するよりも失敗しない方がC級に上がりやすいとか言われているんだ」
「へー」
「それでB級はさらに貢献度を積み上げた先にある。数は全体の2割くらいか。最後にA級だが、これは1割に満たない。なぜなら誰もが納得できる大きな成果を上げる必要があるからだな」
「へー、すごいんですのね」
お嬢様の感心したようなリアクションに思わずドヤ顔になる。
「鈍川さんは威張れませんよ。まだC級なんですからね。B級に向けて、もっともっと頑張ってください」
「……はい、がんばります」
山田さんの冷静なツッコミで、調子に乗りかけた心が一気に落ち着いた。しっかりしなきゃなと思っていると、山田さんがタブレットを出してきた。
「これは提案なんですけど、販売スペースを利用しませんか?」「もっとお金があったほうがいいですよね?」
「販売スペースですの?」
「そうですよ。C級から協会で物品販売をすることができます。協会が性能の検査と保証をするので、安心して購入できますよ」
「上の入り口横にラビリンスマーケットがあるだろ?あそこに自分のスペースがもらえるんだ」
「もしかしてあのセンスの悪い商品たちですの?なんであんなどうやっても売れないものが並んでいるのかと思いましたが、商売を分かっていない方たちが用意したものなら納得ですわ」
「言い過ぎだぞ」
いちおうツッコんでおくが、否定できないので語気が弱くなる。デザインも良くないし、素人がとりあえず作った感があふれるものが多数だからだ。
もちろんプロが作ったようなものあるのだがそれはごく一部だし、質がいいものは協会や他の会社がすぐに買ってしまうので微妙なものしか残っていない。
「俺もあそこで買うのは消費アイテムとか使い捨てるものばっかりだな。あとは迷宮から回収してきた素材そのままとか。俺が商品を置くとしても、そういうのになるだろうな」
「鈍川……さん。売れるものが何かありますの?」
あ、初めて名前呼ばれたな。
「鈍川さん、聞いてますの?」
「聞こえてるよ」
俺が売れるものといえば、以前のガチャで大量に余っている外れアイテムとかだろうか。消費アイテムは自分で使えるからいいとして、あとはアイテムや装備を作るのに使う基本道具がほとんどだ。いや、そういうものの方が売りやすいのか?
「山田さん、俺が倉庫に預けてるもののリスト見れますか?」
「管理するのも大変なので、どんどん処分してください。はい、どうぞ」
大きなタブレットにリスト化された文字が並ぶ。種類別に表示を切り替えたところで、お嬢様が横からのぞき込んできた。
「錬金術の道具もありますのね。何か作れたりしますの?」
「簡単なものなら道具さえあればシロウトでも作れるぞ。レシピと素材も当然いるけどな」
「わたくしも作ってみたいです。何かいいのありまして?」
「簡単なもので、道具が足りていて、素材があるもの……。うーん、【デイウォーカー】しかないな」
よりにもよってある意味ヤバイものだけとは。
「デイウォーカー?」
「探索者向けの栄養ドリンクだな。飲めば眠気が吹っ飛んで24時間働けるようになる」
山田さんが微妙な顔をしながら頷く。
「初期の迷宮探索を支えた一品です。ラビリスウォーターを使うので毒の心配はないのですが……」
「安全、安価、そして元気に働ける。つまりこれさえあればすぐにお金を稼げる!って探索者が大量購入した結果、過重労働で多数を病院送りにした魔剤でもある」
そんな悲しい歴史があったのだが、お嬢様には伝わらなかったのか首を傾げている。
「……?よくわかりませんけれど、製造が禁止されていますの?」
「禁止はされていません。その代わりに購入制限があります。本当だったら使用制限にしたいのですが、検査しても引っかからないんですよ、コレ」
「ふうん。それで売れますの?市販のものでも似たようなのはありますけど」
「間違いなく売れる。糖分ひかえめカフェイン無しの健康飲料どころか、頭痛腹痛腰痛くらいなら治せる迷宮薬だからな」
「それがなんで市販されていませんの?」
「生産数が少ないからだ。ほとんどの材料が迷宮からしか取れない。つまりあればあるだけ売れる」
あと、24時間眠れなくなるというのも困る。どういう理屈かわからないが、飲むと確実にこの効果が付与されてしまう。
ラビリスウォーターだけならそんな作用はないが、たかだか頭痛腹痛のためだけに数の少ない(つまり値段も高い)アイテムを消費するなんて考えられない。1本のラビリスウォーターで複数作れる【デイウォーカー】が、消費者としても制作者としても費用対効果が一番良いものだった。
「ならば問題ありませんわね。さっそく作れるだけ作りましょう!」
正直に言って錬金調合は準備も片付けも含めてものすごく面倒くさいのだが、やる気になったお嬢様は止まりそうもなかった。
「販売もいたしますわ!さあ、わたくし特製のスペシャルドリンクを残らず買うといいですわ!」
そうしてお嬢様の作った【デイウォーカー】の販売は好調に終わり、その日の俺の収入は過去最高を記録することになった。
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【デイウォーカー】
消費アイテム
疲労度を80%回復。使用後24時間『疲労無効』かつ『睡眠不可能』状態になる。
調合するには錬金術セットまたは錬金術技能が必要。
必要素材:ラビリスウォーター ドレンスライムの体液 砂糖 その他調味料
○ラビリスウォーター
迷宮内で採取できる消費アイテム。体力を中程度回復し複数の状態異常を治療する。
主に宝箱から回収される。他にも迷宮花から直接採取するなどの方法がある。※採取技能(中級以上)が必要
○ドレンスライムの体液
ドレンスライムを倒した時にドロップする水袋の中身。水袋はスライムの栄養保管場所であり、中身は清潔かつ栄養満点。
ドレンスライムは独特かつ強烈な臭いを持つが、加工することで好ましいものに変化させることができる。主に香水に加工されている。
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