満月の夜月明かりに照らされて(6)
会議の終わりとともに、私は再び沖田に連れられて、目覚めたあの部屋へと戻された。
部屋の中に足を踏み入れると、沖田が静かに言った。
「はい、お疲れさま。大役終了」
そのまま、私の腕と胴をぐるりと縛っていた縄をほどいていく。
縄が外れていく感覚。
拘束がなくなるはずなのに、胸の奥はまったく軽くならない。
「とりあえず今日はもう日も暮れるし、好きにしていいよ。屯所の中、見て回ってみたら?」
「……見て回る?」
私は思わず言葉を返す。
自由に散策しろ、とでも言うのか?
私のことを、さっきあれだけ“危険だ”“監視が必要だ”と騒いでいたはずなのに?
「囚人にしては、随分と気前がいいのね」
少しだけ皮肉混じりに言うと、沖田はふっと笑った。
「まあね。だけど、逃げようとしたら……そのときは本当に斬るから」
その声は、やっぱり柔らかくて優しいのに、
刃のように静かで、冷たい。
「じゃ、僕は見廻りに行ってくるから。……気をつけてね、うろつくなら」
そう言って沖田は、何の未練もなさそうに、ひらひらと手を振って部屋を出て行った。
残されたのは、静かな畳の音と、私の小さな吐息だけだった。
……見て回れって、何よ
囚われの身だというのに、“自由に動け”なんて言われる。
皮肉にもほどがある。
そして何より――この場所には、あの男がいる。
芹沢鴨。
あの目。
まるで品物を見るような視線。
“女”であることが、今この場において最も危ういことだと、嫌というほど思い知らされた。
……もし、廊下の角でばったり鉢合わせたら
想像しただけで、背筋が粟立つ。
逃げ出したくても逃げられない。
ここはもう、“檻”だった。
私は畳の上に腰を下ろし、膝を抱えるように座り込む。
何も見たくない。
誰にも会いたくない。
部屋から一歩でも出れば、また“人間の世界”に引きずり戻される気がして、身体がまるで動かなかった。
そうしてじっと畳の上でうずくまっていると、部屋に近付いてくる人間の気配。
……ガラリ、と戸が開いた。
思わず肩を跳ねさせる。
しかしそこに立っていたのは、あの芹沢ではなかった。
やわらかな微笑をたたえた男――
眼鏡越しの瞳が、穏やかに私を見つめていた。
「こんばんは。驚かせてしまったかな?」
その声は、沖田のように軽くもなく、土方のように鋭くもない。
ぬるま湯のように心に広がる、不思議なあたたかさがあった。
「僕は、山南敬助。ここでは“副長”って立場で、まぁ……ちょっとした世話係のようなものです」
――この出会いが、月夜魅にとって、
“人の中で生きる”という意味を、ほんの少しだけ変えていくことになるとは、
まだ知る由もなかった。