満月の夜月明かりに照らされて(5)
ぎぃ、と襖が静かに開かれた。
沖田総司の手に導かれ、月夜魅が座敷へと姿を現す。
両腕は後ろで縛られ、胴体には太い縄がぐるりと巻かれている。
その縄の先を持つ沖田の表情は、笑みを浮かべているようでいて、どこか張りついていた。
座敷の空気は重く、ぴりついていた。
そこには壬生浪士組の主だった面々が、居並んでいた。
近藤勇。
土方歳三。
山南敬助。
永倉新八。
斎藤一。
そして奥の座に、居丈高にあぐらをかいて座るのは、芹沢鴨。
その両脇には、まるで影のように控える二人の男――平間重助と野口健司の姿もあった。
彼らは芹沢の“舎弟”とも言われる存在であり、黙っていても空気を殺気立たせる厄介な存在だ。
「……こいつが、その鬼ってわけか」
芹沢が鼻を鳴らす。
「へぇ……派手だな。これが噂の“あやかし”かと思ったら、ただの上玉じゃねぇか」
その視線は、品性のかけらもなく月夜魅の身体をなめ回す。
月夜魅は顔を伏せたまま、一言も発しなかった。
「静かにしていただけますか」
土方が低く釘を刺す。
「ここは遊郭ではない。処遇を決める場だ」
「へいへい。で――どうするつもりなんだ? 近藤」
芹沢は杯を片手に、あぐらを崩したまま問いかける。
「こんな見た目のいい鬼を殺すのか? それとも、ただ縛って飾っておくのか?」
近藤が腕を組んで一度うなずく。
「この者は、現行犯で人を喰った証拠がない。ならば我々の監視下に置く。屯所にて女中として働かせ、様子を見る」
「……ふうん?」
芹沢の口角がゆっくりと持ち上がる。
「ならば俺のそばに置いてくれよ。人手不足なんでね。女中がいると助かる」
平間と野口が無言で肩を揺らし、小さく笑った。
その笑いが、何を意味するかは言わずとも分かる。
「鴨さん、それは“女中”じゃなくて“慰み者”にしたいだけだろうが」
永倉が苛立ったように言い捨てる。
「慰み者? まさか。俺はただ“保護”してやろうって言ってるだけだよ。なあ、月夜魅ちゃんよぉ?」
「くだらねぇ……」
土方の口調が鋭くなる。
「お前の“保護”がどういう意味か、俺たちは知っている」
「じゃあ交渉しようぜ、近藤さん」
芹沢が土方の方には目も向けず、指先で杯を傾けながら、にやりと笑った。
「今回はそっちの判断を尊重する。ただし――月夜魅が“理性ある鬼”だって証明されるまでは、何かあったときの責任はそっち持ちだ。どうだ?」
「……つまり?」
「次に血の匂いを嗅いで倒れるようなことがあったら、その時は俺の好きにさせてもらう。これが交換条件だ」
「……っ」
一瞬、空気が凍りついた。
月夜魅はうつむいたまま動かない。
「……引き受けよう」
近藤が低く答える。
「だがそれまでは、決して彼女に手を出さないでもらいたい」
「わかってるって。俺だって約束くらい守るさ。きっと、な」
芹沢は立ち上がり、肩をいからせたまま背を向ける。
「じゃ、後の細かいことはそっちでやってくれ」
平間、野口も無言のままその背についてゆく。
「……やっかいな奴だ」
土方が煙管を咥えながら吐き捨てる。
沖田は、縄を持ったまま月夜魅にちらりと目を向けた。
彼女の黒髪は伏し目がちに揺れ、まるで何も聞こえていないかのようだった。
この日、
月夜魅は目覚めてからたった1日にして正式に壬生浪士組の監視下に置かれることとなった。
男だらけの屯所に、ただひとりの“女中”として。
けれどそれは、
芹沢鴨という不穏な男の目が常にどこかで光っている、という意味でもあった。