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満月の夜月明かりに照らされて(4)




障子を静かに閉めると、沖田はその場に一拍、立ち尽くした。




……意外と、大人しい




正直、もっと荒れるかと思っていた。

喰ってないとはいえ、鬼。

満月の夜に血の匂いに酔った妖が、人のふりして大人しく寝ているとは。




それにしても、あの姿……




初めて彼女を見た夜の記憶が蘇る。


気を失っているはずなのに、あの“異形”は何かを放っていた。

紅い髪。額に浮かぶ二本の角。

満月に照らされてなお闇のように沈んだその姿は、美しいのに、妙に怖かった。


妖しげ……いや、違うな。妖艶だけど、あれはどこか“狂ってる”。


まるで、芯の部分だけが氷のように冷たい。

“殺す”という行為を、体のどこかが覚えてるような、そんな女。




……もし、理性を飛ばした状態で剣を交えることになったら。




思わず、背筋がひやりとする。


だが同時に、ゾクリとした高揚が喉の奥を這い上がる。




……どのくらい強いんだろうね




思えばそれは、沖田にとってごく自然な興味だった。

“強さ”への好奇心は、善悪よりも先に来る。

それが相手に血を流させることになっても。




「……ま、今はその気配、ないけど」




口元に笑みを浮かべ、廊下を抜ける。


向かったのは、屯所の一室。

近藤と土方が帳面を前に言葉を交わしているところだった。



「入りますよ」




沖田が軽く障子を開けて顔を覗かせると、土方が眉をひそめる。




「……報告か?」


「うん、例の鬼――目覚ましたよ」


「そうか。様子は?」


「予想外におとなしいね。ふらついてたけど、ちゃんと話もできた」




沖田は部屋に入り、柱にもたれかかるように座った。




「名前は“月夜魅つくよみ”だってさ。夜に出て、月に魅せられて、それで人を喰う……なんて話があったら、それがあの子だったんじゃない? みたいな名前」




近藤が軽く目を見開く。




「……月夜魅」


「まぁ、本人曰く“喰ってない”ってさ。あの夜も、血の匂いに酔って倒れただけだって」




土方が無言で煙管に火をつける。煙が静かに部屋に流れた。




「今は、ただの黒髪の女。角もない。……見た目は人間と変わらないよ」


「だからって、気を抜くなよ」


「わかってる。……けど、ちょっと気になるね。あの子、理性の奥に何か溜め込んでる」


「……?」


「殺したくて震えてる、っていうより――殺さないように、ずっと我慢してる感じ。そんな雰囲気だった」




それは、沖田の直感だった。

殺意ではなく、抑圧された衝動。

鬼でありながら“喰らわない”選択をし続けてきた者の、静かな苦しみ。


近藤が低く唸る。




「……会議にかけよう。山南さんたちも呼んで判断を仰ぐ」


「だね。その方がいい」




沖田は、口元だけで笑った。




「さて。じゃあ、ぼくは見張り役ってことで」


「軽口叩くなよ」




土方の睨みにも、沖田はひらりと手を振るだけだった。




「わかってるって。万が一の時は……ちゃんと、斬るからさ」




そう言いながら、

彼の目にはどこか――ほんの僅かに、“期待”の色が滲んでいた。


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