消えた温もり、満月の夜に
その夜も、彼女は確かに俺の腕の中で眠っていた――はずだった。
月夜魅。
細い身体を俺の胸元に預け、静かな寝息を立てるその姿は、どこか儚げで。
けれど、確かにそこに在る温もりだった。
彼女は一人では眠れない。
小さなころからずっとそうだった。
誰かの手が触れていなければ、隣に気配がなければ、
月夜魅は、深い眠りへ落ちていけない。
そして、俺もまた。
彼女の温もりがなければ、心が安らがない。
互いに依存し、支え合うようにして、俺たちはずっと共に生きてきた。
だが――
日が昇る少し前、目覚めたとき。
その温もりは、もうどこにもなかった。
「……月夜魅?」
声をかけても、返事はない。
布団をめくれば、そこには微かに残った熱と、
彼女の髪が一筋、枕に絡みついていた。
俺は信じられなかった。
月夜魅が、自分の意思でここを離れるはずがない。
この山を――俺の傍を――
まさか……
前日のことが脳裏に過る。
昨日、仲間の一人が姿を消した。
その捜索で一日中山を駆け回り、俺は疲れ切っていた。
月夜魅の眠る気配を確認して、ようやく目を閉じた――その瞬間、深く沈んでいった。
俺が……気づいてやれなかった?
そんなはずはない。
あの子の寝返り一つにだって、俺は毎晩目を覚ましていたのに。
それでも現実は、何も残さなかった。
いや、残っていたのは“痕跡”だけ。
温もりと、匂いと――
そして、昨晩の空には満月。
夜に揺らぐ鬼の本能。
焔は、唇を噛み締めて立ち上がる。
微かな血の匂い……
風が、どこかから運んできていた。
山を越えて、遠く、人の里の方から。
それが、彼女を――月夜魅を引き寄せたのだ。
焔は、剣を手に取った。
鞘を腰に差し、布を巻きつけ、ゆっくりと一歩踏み出す。
誰よりも臆病な彼女が、いま、どこかで恐怖に震えているかもしれない。
「待ってろ。必ず、見つけるから」
この命が燃え尽きてもいい。
この腕で、もう一度だけ――あの温もりを抱きしめることができるのなら。
夜明けの霞む森の中、焔は駆ける。
まだ見ぬ血の匂いの先へ。
彼女が囚われた世界へと――