囚われの女中、咲かぬ花のように(6)
沖田が立ち去ったあと、私はしばらく中庭に佇んでいた。
何をするでもなく、ただ歩く。
自分の意思で歩ける範囲が、少しずつ広がっていくのを感じながら。
……でも、“自由”という言葉には罠がある
どこにでも行けるようでいて、いつどこで誰に“見られているか”分からない。
それが、今の私の立場だった。
道場の前を通り、ふと隣の廊下に足を踏み入れたときだった。
「……おい、そこを歩いているのは誰だ」
低く鋭い声が響いた。
びくりと振り返ると、そこには鋭い目を細めた土方歳三が立っていた。
その隣には、白い羽織を肩にかけた近藤勇もいる。
まさか、ふたり揃って遭遇するとは思わなかった。
「……月夜魅です。すみません、通らせていただきます」
「通る? 貴様、囚われの身だったよな」
土方の視線は冷たい。
「女中の仕事は終わったのか。……いや、それ以前に、“勝手にうろつく”のは筋違いだろう」
「……山南さんに、休憩時間と言われました。屯所内でなら、自由にして構わないと」
「山南が、そう言ったか」
鋭く返された言葉に、私は思わず唇を噛む。
その背後で、近藤がやれやれと肩をすくめた。
「まあまあ、歳さんよ。そんなに目くじら立てることもないだろう。まだ慣れてないんだから」
「……だからこそ、だ。
“慣れてない”者がうろついて、何かあってからでは遅い」
「何かって、たとえば?」
「――芹沢のこともある」
その言葉に、空気が一瞬で緊張する。
「芹沢は、ああ見えて“自分の所有物”には執着が強い。
あの目をつけられた女が、独りで屯所内を歩いていたら……何が起こっても不思議じゃねぇ」
土方の言葉は冷たいが、そこには理もあった。
そして私自身も、それを分かっていた。
「……なら、どうすればいいのですか」
ぽつりと絞り出した声に、近藤が答える。
「これからは、屯所内を歩くときは、誰かに付き添ってもらいなさい。
隊士の誰か――沖田でも山南でも、信頼できる者に声をかけて」
「……わかりました」
私は小さく頭を下げた。
土方はそれ以上何も言わず、袴の裾を払って去っていった。
その背中を見送りながら、近藤が笑う。
「厳しいだろう? あれでも心配してるんだよ、君のこと」
「……そうは見えませんでした」
「ふふ、だろうね。でもあいつは、口より先に刀が動く男だ。言葉で守るのは苦手なんだ」
近藤の笑い声は、どこか包み込むように柔らかい。
けれどその奥にも、鋭い眼差しが隠れていた。
「この場所は、思っている以上に“危うい”からね。
気を張っていなさい。今はまだ、“預かっている命”なのだから」
その言葉に、私はゆっくりと頷いた。
“自由”という名の檻の中で、私は今日もまた、生き延びるためのルールを一つ覚えた。