囚われの女中、咲かぬ花のように(4)
湯気の立つ炊事場で、私は黙々と芋を切り、味噌汁を掬い、木鉢に盛り付けていく。
山南の指示は的確で、無駄がない。
私はそれに従って手を動かすだけだった。
この静かな空間は、外のざわつきから切り離された、ひとつの小さな島のようだった。
――と、そんなときだった。
「ガハハハハ! なんだそりゃあ、土方!」
外から、いや、広間から豪快な笑い声が響いてきた。
壁を隔てていても、あまりに力強くて、まるで胸に直接響いてくるような声。
……あれは
驚いて顔を上げると、山南が笑って肩をすくめた。
「近藤さんですね。朝から元気な人です」
私は思わず口を開いた。
「……偉い人も、みんなと一緒に食べるんですね」
「ええ。あの人は“隊長”ではありますが、そういうところは昔から変わらないんです。誰とでも同じように飯を食べて、同じ布団で寝て、同じように笑う」
山南の声には、少しだけ敬意と、誇らしさのようなものが滲んでいた。
「そういう“偉そうじゃなさ”が、皆から慕われる理由かもしれません」
……意外
この組織の“頭”とも言える人物が、そういう人だとは思っていなかった。
けれど山南は、言葉を少し切り、湯の張られた桶に木杓子を沈めながら呟いた。
「ただ……芹沢さんは、違いますね」
私は自然と手を止めて、彼の横顔を見た。
「彼は隊士たちと同じ席に座ることはほとんどありません。炊いた飯や汁物は、平間さんや野口さんに運ばせ、自室で食べることがほとんどです」
その言葉には、静かな諦めのような響きがあった。
「話すのも、関わるのも、限られた者とだけ。――少し寂しいことですが、あれもまた一つの“威厳”の形なのかもしれません」
「……あの二人。ずっと付き従ってますね」
「ええ。命令には絶対。まるで、影のようです」
そのときだった。
ふ、と空気の流れが変わった。
炊事場の戸口に、ぼそりと影が落ちる。
「……ほう。俺の話か?」
低い声とともに、振り返れば、そこには芹沢鴨が立っていた。
上着の裾を乱し、煙管を片手に、軽く口角を上げている。
広間のざわめきが一瞬で静まり返るのが、壁越しにも伝わってきた。
先ほどまで笑っていた近藤の声も、ぴたりと止んでいる。
「いやに熱心に語っていたようだが、なんだ? 俺がどれだけ“高貴”に食うかの話でもしていたのか?」
視線がまっすぐ、私に向けられる。
ぞわり、と背中に冷たいものが走った。
私は何も言わずに立ったまま、言葉を飲み込んだ。
山南が一歩、前に出る。
「……いえ、月夜魅さんに屯所の習わしを説明していただけです。悪意のある話ではありません」
「そうかい」
芹沢は笑う。けれどその目は、まったく笑っていなかった。
「ならいい。……ただ、気をつけな」
煙をふっと吐き出しながら、芹沢は月夜魅を一瞥する。
「“炊事場での会話”ってのは、案外、尾を引くもんだ」
そう言い残して、踵を返し、ゆっくりと歩き去っていった。
去っていく背中を見送りながら、私は無意識に拳を握っていた。
山南の隣に並ぶ火の音が、先程より強く聞こえた。