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オズの世界の歩き方  作者: 藍沢
【第一章】 ようこそ 大魔法使いの国へ
9/46

─8 エメラルドの都とマンチキンの集落

 風化して欠けた部分が目立つ城門を抜けた先。

 目の前の光景に──俺は耐えかねて、即座に手で目を覆った。


 元いた世界にも、歴史的な中世の街並みが、現代までそのままの形で大事に残されている場所がある。まさにそんな景色──なのだが……。

 

 『エメラルドの都』

 その名に相応しく、目に見える物全てが……。


「緑だ──────‼︎」


 エメラルドの宝石が建物のみならず、地面のタイルやベンチにまで埋め尽くされている。それは先程の城の装飾の比では無かった。一斉に煌めいた太陽光が、俺の全身を余すところ無く照射した。


「ま、眩しい‼︎ 失明する────‼︎」

 もはやオズがどこを歩いているかも分からない。無我夢中で手探りをして後を追う。

 そんな俺を気に掛ける気が無い様子で、陽気なオズの声が数歩先で聞こえてきた。


「ほうら、よく見て! こんなに綺麗で、優しさ溢れた緑の宝石達が、僕らを出迎えてくれてるよ! ……まあ、初めて見た奴は全員君みたいな反応になるんだよね~。不思議」

「不思議なのはお前のセンスだ──! な、なぁ! 何とかならねえのかこれ〜! せめてサングラス! サングラスがいる〜!」

「あー、はいはい。全く、早速世話が焼けるなぁ」

 

 オズは俺の手に、眼鏡らしき物をそっと握らせた。

 急いでそれをかけ、目をしぱしぱとさせる。


 ──暴力的なまでの光のぎらつきは徐々に落ち着き、最後には普通の街並みが視界に広がった。

 全体の色が緑なのは変わらないが……。

 同時に、眼鏡をかけている感覚が徐々に消えていくのに気付く。驚いて縁に手をやったが、それは遂に触れなくなってしまった。


「な、何だこれ…? これも魔法か?」

「ああ、それね。目が馴染んだら、見えも触れもしないようになるんだ。でもちゃんと効果は続いてるから問題無い」

 軽く説明が入り、ひとまず胸を撫で下ろす。

 

「……はぁ、さんきゅー……。てかさっきから、何で見るもの全部エメラルドなんだよ! どういう拘りだ!」

「言ったでしょ。緑は優しくて、心が安らぐ素敵な色。宝石は綺麗でずっと眺めていたくなるよね? それが全部詰まったのがこのエメラルドの都ってわけさ! ただしマンチキン達には不評だけどね。見てよ。誰も住んでない」

「そりゃ当たり前だ! いくら何でも限度が……ん?」


 建物の影から、ちょこちょこと顔を出して、こちらの様子を伺う子供がいる。


 『マンチキン族』か。


 見たところ少女のようだが、小人族……という事だったな。

 であれば、大人なのか子供なのかはっきりしない小柄さだ。

 耳が横にぴょこんと伸びていて、ぴくぴくと動いている。そして全体的に青い服を着ている。

 それらは城の中で見た彼らとほぼ一緒の特徴だ。


 少女は俺達と目が合うと、そろりと足を出し、こちらに近づこうとした。──その時。


「り、リンク‼︎ 戻ってこい‼︎」


 遠くから、焦った叫び声が聞こえた。

 体をびくりと震わせた少女は、慌てて建物の間の路地に走り去る。

 足音は遠ざかっていった……。

 

 ──人けの無い都。

 左右へ続く一本の道に、緑の建物が数十軒と向かい合って並んでいる。

 これだけの建物が並んでいたら、さぞかし大勢の人が行き交っているとか、あちこちで店を出して賑わっているとか……。そういう痕跡すら残っていない程、生活感がまるで無い。

 オズの言う通り、あの少女以外の顔は今の今まで一つも見当たらない。都とは名ばかりの、ただのハリボテだ。


「……あの子、何か話があったんじゃ……」

「もう行こう。ここをそのまま突っ切ったらマンチキンの集落があるから」

「集落?」

 

 オズは俺に背を向けて、足早に奥へ続く道へ歩き出した。その後ろ姿は、また静かな様子に戻っていた。


 先程の城門を出て、そのまま真っ直ぐ進んだ。

 同じような街並みの三列目に差し掛かったあたりで、舗装されたタイルの道が終わり、雑草混じりの土の道に足を踏み入れた。

 すると、前から爽やかな風が全身に吹き付けた。


 目の前には広々とした丘。小川に掛かる小さな橋を渡ると、お椀型で青い壁の住居らしき建物が数軒。それぞれ十分な間隔を空けて、まるでミニチュアのように置かれている。

 遠くの方には高い山や森林が見え、山羊がのんびりと歩いたり、草を食んでいる姿が確認できた。


「絶景だなぁ……。こっちの方がはるかに目に良い。……そうだ。オズ、こういう時って国民達に挨拶とかしなくていいのか?」

「え? しなくていいよそんなの」

「でもしばらく世話になるかもだし……」

「ならない。……というか、城の中でどういう話してたか覚えてないの? マンチキンの皆がいる前でさ」


「──あ……。確か俺はオズ殺しの張本人なんだっけ」

「そーだよ。みんなばっちり聞いてたんだからね?」

 そうだった……。共同生活強いられて、一応和解できたような話をしたもんで、完全に抜けていた……。


「……つーか、何回でも聞くぞ! オズから見ても、俺はお前を殺したって理解になってんのか⁉」

「僕が願って叶った結果だし。君に非は無いんじゃない?」


 ──やっぱり俺悪くねぇじゃねえか──! 盛大に心の中で突っ込んだ。

「いや、だったらそれをお前が皆に言い聞かせてくれよ! この人は全然悪くないです、ってよ!」


 オズは冷静に答えた。

「君の家が僕を押し潰したのを、皆が見てた事は変わらない」


「君を庇って、彼らの見た事を包み隠すように嘘を言ったとしても、何の説明もしなかったとしても、彼らの中で憶測が飛び交うだけだ。内心は君の事を王殺しだと思うだろうね。復讐心が芽生えて、君に何か仕掛けるかもしれない。その可能性はゼロじゃない」


 あ、あの温和そうな小人達が復讐……? にわかには信じがたい事だが、もし──。

 脇目も振らない猛進で俺に向かってきたあの時。彼らにその気があったのなら、単純で無抵抗の俺はきっと成す術無く、想像通りのなぶり殺しに遭っていた。そう考えると身震いした。


 あと、オズがここまで真面目に喋っている事自体が、妙に信憑性を感じさせるのだった。


「あえてゲイエレットは、君の王殺しは事実だと、皆に断言した。そして僕が直々に君を監視する事にすれば、皆それで安心して、無理に手出しはしてこない。……そういう彼女の計らいなんだ」


 ──そういう事か。オズも、ゲイエレットさんも、思ってたより俺の事をちゃんと考えてくれてたんだな。

 あの時は本当に余裕が無かったからとはいえ……。俺があそこで突っ立ってるだけで、大変な事が起こりうるなんて微塵も考えなかった。


「これで分かってくれた?」

「うん……ありがとな、オズ。ゲイエレットさんにも明日ちゃんと礼を言わないと」


 オズはこくりと頷いて、くるりと振り返る。

 丘の中心に向かって指を差し、言った。


「今日はあそこに家を置こう!」


 い、家を置く? ──そうだ、俺の家を持ち運ぶって話で……。


 記憶の片隅に一旦処理しておいた情報をほじくり返している間に、オズは左腕を大きく振った。


 ──空中にパッと姿を現した俺の家。

 少し離れた丘のど真ん中に、足元がふらつく程度の地響きを立てて、文字通り落とされたのだった。

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