─7 握手をしよう
先程の窓辺から見た暗さから一変して、空は爽やかな青が広がっていた。
心地良い風が吹いており、緊張した心が少しずつ和らいてくるような気がする。
背の低い草花が絨毯のように美しく広がって、その真ん中を黄色いレンガが一本道を作っている。それは遠くの方に見える城門にまで続いていた。
振り返ると、テレビや雑誌なんかで見る異国情緒溢れる建物、いかにもな古城が非常に高くそびえ立っている。
「さっきまでこんなとこに居たんだな、俺」
──しかし何よりこの城の装飾だ……。
壁・柱・屋根の至る所にエメラルドの宝石をあしらっており、目を見張るには耐え難い眩しさだった。これはオズの趣味か?
普通に目がやられる。これで城攻めからの防衛策になっているのかもしれない。
ふと手の中のトトを見ると、少し拳に力が入ってしまったせいで、若干シワができている……。本当にすまん……。
というかこれ、生き返る、のか? 呼吸なんてしてないし、飯も食えないし、大丈夫なのか?
「──あの、お詫びとしてはなんだけどさ、持っててあげようか? その犬」
オズが申し訳なさそうな顔をして、手を差し出してきた。
その返事は考えるまでも無い。
「いや、これは絶対俺が大事に持ってなきゃなんねぇ。せめてもの、飼い主の責任だ。……でもこれ以上傷つくのはちょっとな……」
「そう、か。じゃあ! せめて、ポーチをあげるよ。破れにくいから、ベルトに付けといたらいい」
オズはそう言って、どこからともなく取り出した、綺麗な茶色の皮でできたポーチを渡してきた。
「いいのか?」
「いいさ、その、犬……」
「トトか?」
「そう! トトへのお詫び……!」
少しはにかみ笑いをしたオズは、少し間を置いて口ごもりながら言った。
「あのさ、さっきはほんとに、ごめんね」
「え?」
ポーチをくれた時点で違和感があったが、城の中の様子とは打って変わってしおらしい態度に、少し驚いた。
あまり目は合わないが、純粋に反省しているようだ。
──このままオズだけが謝るってのは、無い、な。俺はオズに向き合って言った。
「分かったよ。……いや、俺もかなり大人げ無かったわ。怒鳴って暴言吐いて、喚いて。こっちも悪かった。すまん」
「……そんなの、僕だって、いっぱい好き勝手言ってたからさ。それに僕は一応王だし? もっとけんきょ? つつましやか? になれっていうのは、昔からよく言われてる事で……」
多分あの魔女様に、普段はこんこんと詰められているのだろう。ただ、オズの気質からして、全くと言っていい程響いちゃいないのは一目瞭然だ。考えようによっては、こうやって反省できるだけマシなのかもしれない。
それと、王であるという事が、ここの世界ではどこまでの重要性があるのか、俺にはいまいちピンと来ないのだが……。言えるとすればこれだけだ。
「ま、ちゃんと思ってる事は言わないとってのが、俺の性分だからな。部外者の立場でズケズケと言うのもどうかってとこもあるけど。──正直! 王だから何だとか、責任とかふるまいがどうとか、俺にとっちゃどうでもいい! あのまま黙ってどっか行っちまったら、国うんぬんの前に俺もトトも困る! だから言わせてもらった」
──それに、あのまま行かせてしまったら最後、二度とオズがこの国に戻ってこないような気がした。
それは、何か違う。と心の片隅で思ったからだ。
オズは俯いたまま静かに頷くばかりだった。
「……あとさ、王様でもちょっと休むくらいはいいんじゃないか? ……これでも割と同情してんだぞ」
オズは顔を上げた。
「でも君は、責任放棄するなって言ったじゃないか! ゲイエレットと一緒の事、言ってたし……」
「そりゃ言ったけど、それだけじゃない。やる事はやる。けど、たまには寄り道したってバチ当たらねぇだろって意味だよ。ああ、もう。俺が言えた事じゃないか……」
「……?」
小首を傾げるオズを横目に、自分のこれまでの事を思い出した。
そうだ、俺、ちゃんと休んだ事、社会人になってからあったっけな……。オズに偉そうに語れるくらい、大したことして無いくせに。
俺がここに来る前は……とにかく、疲れていた……? 全身がうまく動かなくて……。
──それで……? 考えれば考える程、何故か記憶は朧げで、残りの思い出もゆっくりと灰色の霧の中に紛れて消えていく。
そして、何か恐ろしい事を思い出しそうな気がして、俺は頭のもやを払拭するように首を振った。
「……こんなとこでうだうだ考えても仕方無い!」
改めて、オズの前に堂々と立って告げる。急な態度の変わりように、一瞬怪訝な顔をされたが知ったこっちゃない!
「こんな魔法の国とやらで、俺に何ができるかさっぱり分からねぇ。けど、出来ることがあったら協力するからさ」
俺は手を差し出す。
「王様といえどまだまだ子供なお前に、結局情けなく頼ってばっかになるかもだけど、うまくやっていけたらいいと思ってるよ。よろしくな、オズ」
王様への礼儀がこれで合ってるのかは分からないが、友好の意味合いの握手だと受け取って欲しい。
オズはその手をじっと見て、ふいと顔を逸らして言った。
「……僕五百年は生きてるんだけど。子供じゃないし」
まじかよ。というか、何となくそんな気がしていた。そして結局握手はしてくれなかった。
気を取り直して、明日ゲイエレットに会うまでの時間、何をするかを決めないと。
「城の中での話だけど、『オズ』って名前の国の事。ざっくりでいいから教えてくれないか?」
「……ん? さっきゲイエレットが説明してなかった?」
「うーん。できればもう少し詳しく」
「そう、じゃあ歩きながら話そう」
そう言ってさっさと前に進み始める。俺もそれに続いた。
時折こちらに向いて、後ろ歩きになったり、軽やかな足取りでスキップなんかをしながら、オズは色々と教えてくれた。
「ここは遥か昔からある国、『オズ』。僕はこの国の王。名前はオズ」
「さっきのコワイ魔女は、ゲイエレット。……けど悪い人じゃないよ、決してね。魔女はこの国に四人。魔法が使えるのは僕と、その四人の魔女だけだ。……いや、あともう一体いるけど……それは置いといて」
「城の中にいっぱい集まってたのは『マンチキン族』っていう小人達」
「マンチキン族?」
聞き慣れない単語だ。この国特有の呼び名なのだろうか。
「そう。この国に住んでいる善良な人間達。弱くて頼りなくて不器用で、手がかかる。けど、素直で仲間思いの、優しい人達さ。王の僕は、その皆を護ることが使命なんだ……」
オズは急にその場に立ち止まった。ふいに何か思い詰めたように元気を無くして俯いた。
次の言葉が出てこない為、どうしたと声をかけようとしたが、気まずくなった空気を振り払うように、オズはまた前へ駆けていく。
「この城の庭から外に出たら、『エメラルドの都』があるんだ。行ってみるかい?」
そう言われて遠くの方へ目をやると、幾つものとんがり屋根が城門から頭を出しているのが見えた。その屋根はどれもこれも光でギラギラと輝いている。
──エメラルドと聞いて、俺は嫌な予感がした。
次回更新は 1/18(土)12:00 予定となります。
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