─5 『大魔法使いオズ』②
「本題に入りましょう。オズ。貴方は願いましたね。己が死を、自由を望みましたね?」
──死? 自由? こいつが?
オズはゲイエレットから目を背け、物を言わなかった。
「まず自死の願いですが、それは正確には叶いませんでした。なぜならこの世界では、魔女と魔法使いは不死である事が定められているからです。それが決して覆せない事は貴方も分かっていたでしょう」
──不死。そういうのがあってもおかしくは無いのか……。
しかし、もし不死の生き物が死を願ったら、具体的にどう反映されるのだろう。それはすぐに彼女から答えが出た。
「貴方のいい加減な願いによる魔法の行使は、今の貴方を作り出した。不死の定めをそのままに、肉体を完全に滅ぼして、今貴方は魂のみとなったのです」
成程、分からん──とまではいかないが、段々と複雑な話にになってきたようだ。
ここで一つ、気になった事をこの流れに挟んでみる。
「じ、じゃあやっぱり、オズ様が自分で死を願ったのがきっかけって事で、俺自身に責任は無いんじゃないんですか?」
「いいえ? 先程も言いましたが、あの家は貴方の所持物です。……そろそろ貴方にも責任の一端がある事を認めなさい」
「は、ハァ」
やはり無駄だった。
「でも正直あんなので死ぬなんて、笑っちゃうくらいショボ死だよねぇ~! どうせなら君がとびっきり大きな城とかに住んでたらな。そしたらもっと派手だったのに」
俺はいい加減この二人に苛立ちすら覚え始めていた。
最初は気を遣って下手に出ていたが……、もう構うものか。
「てか、魔法使いだとか何だとかいう大層な奴が、家に押し潰されたくらいで何でそう易々と死ぬんですか?」
「神の力です」
──か、神?
あっさりと言い放つゲイエレット。
俺の体に衝撃が走った。やばい。マジで関わってはいけない系の人達か?
いやしかし、彼女のこの仰々しさで、大真面目な様子。とてもじゃないが突然冗談やホラを吹き始めるような性格では無いだろう。
そしてただの偶像崇拝でも無いとすれば。
──それは確実に存在する何か。
それは恐らく、知らない方が身の為な事は間違いないだろう。
「まぁ、神についての説明をしたところで、貴方には理解し難いでしょう。質問はもういいですか、ハイノ」
「はい、もう何でもいいです……」
──色々言いたい事はあるが、ことごとく置いてけぼりな状況に大分うんざりしていた俺は、早く元の世界に帰してくれという気持ちでいっぱいだった。
「さて、自由を得たいという願いですが、オズ。貴方が思い描く自由というものはあまりに浅はかで、この国を治める主が享受するものではありません」
「何だって?」
先程までの話の最中、ずっとひょうきんだったオズの声色がずんと重みを増した。
「貴方の思う自由とは、我が儘で、責任逃れで、全てが自分の思い通りになるという自己中心的な考えです。それは本当の自由ではありません。ただの周囲を犠牲にする暴君の主張です」
「……」
図星を突かれたのか、オズは押し黙った。ゲイエレットは続ける。
「自由とは、理想を追い求めた先にあるものです。生きとし生ける者全ては、己が思う理想の道の険しさに苦しみながらも、自由を求め続けるのです」
「自ら歩みを止めた貴方に、どうして自由が巡って来るでしょうか」
「貴方は身勝手に他者に自分を殺させ、曖昧な自由を欲した。ここに居る護るべき民達を残して、何処へ行こうと言うのです?」
──突如、冷たい風が何処からともなく建物に吹き込んで来る。
「……うるさい」
完全に放置されていた小人達がざわつき始めたのに気付き、俺は周囲を見渡した。
両端の高い壁全てに並ぶ、ステンドグラス越しに微かに見える外は、暗雲が立ち込めていた。徐々に日差しが雲で遮られ、室内はゆっくりと暗くなる。
風の渦が目に見える霧状になって、オズの周囲に集まっていく。
──オズは目を丸くして怒り、ゲイエレットを睨んでいた。
「知らない。もういい。だって誰も僕の気持ちなんて考えてくれない」
「もういいとは何です。それを話し合う為に私は来たのです。もっと重要な事もまだまだあります。直ちに静まりなさい」
「もういいって言ってるだろ‼︎」
その瞬間、強風がオズを中心に巻き起こった。その場にいた全員が衝撃に煽られ体勢を崩した。
俺は目を細め体を立て直すと同時に、空へのぼっていく何かが視界の端に入ったのに気付いた。
──オズが、ゆっくりと空中に浮かんでいた。
「お、おい、オズ……」
──まさか、この状況で本当にどっか行っちまう気か?
「戻りなさい‼︎ オズ‼︎」
今までより遥かに凄まじい剣幕で、オズに命令するゲイエレット。しかしオズはその声など意に介さず、体はみるみるうちに天井へ近づいていった。
「はは! 勝手にすればいいさ! 僕はもう自由にやらせてもらう。この国の事は君達でどうとでもすればいいじゃないか!」高らかに笑っている。
「待ちなさいオズ! それはできません! 無理なのです!」ゲイエレットも必死だ。余裕はとうに無くなっている。
「無理なもんか! 僕がいなくたって、君らも好きに、自由にすればいいだろ!」完全にもうその気だ。
「オズ‼︎ 私は貴方のそういう我が儘を、全て聞くつもりで来たのです‼︎ 今一度、話し合いをするのです‼︎ だから止まりなさい‼︎」
「うるさい‼︎ そう言っていつもいつも説教ばっか……。どうせタダの我が儘だって思ってる時点でさぁ⁉︎ お前の言うそれは話し合いじゃなくて、言いくるめって言うんだよ‼︎」
ゲイエレットの説得も虚しく、オズは聞く耳を持たなかった。
小人達も怯え切っている。絶望の表情を浮かべ、震えて泣き始めた者もいる。
「勝手にしろ! やればできるさ! やってみせろ何もかも! もう僕の事は放って──」
俺の中の一線が切れた。
「うるせえええ──────‼︎」
俺の声が、だだっ広い大広間に響き渡った。
全員の視線が俺に突き刺さる。
荒事なくやり過ごせればいいと、さっきまでそう思っていた。しかし今はもう、そんな事はどうでも良かった。
こいつを何とかしないと、俺が許せない。
「降りてこいお前‼︎ こんだけの人に迷惑かけまくって、何とも思わねぇのかコラ‼︎」
「……は?」
オズの顔が歪む。しかし全然恐怖を感じない。むしろ逆ギレ上等だった。もっと言ってやる。
「は、じゃねぇよお前‼︎ 王様なんだろうがよ‼︎ 簡単に責任放棄してんじゃねぇぞクソッタレ‼︎」
「……何だと?」
煽られ弱い子どもみてーな奴。ほら、すぐに降りて来た。
ゲイエレットが俺の腕を掴む。
「何を言っているのです! ハイノ、黙っていなさい!」
「いや黙らねーですよ! あんたの話で聞かねーなら、俺が代わりになってもあいつにちゃんと言ってやるんだって俺が決めたんだ‼︎」掴んだ腕を振り解いた。
床に降りたオズはすぐに俺の目の前に詰め寄った。容赦なく俺の眼前に己の顔を近づけ、目を剥いて激怒している。
「メンチ切ってんじゃねぇよ」
「……」
ゲイエレットは──その場から離れ静観する。微かに溜め息が聞こえた。
「俺はここに来てから碌に時間も経ってねぇけどな。お前がこの国でどんだけ重要なのかくらい、さっきまでの話聞いてたら充分理解できたわ! 何が自由が欲しい、だ! その立場で駄々こねてんじゃねぇ!」
「君に何がわかるんだ、僕の気持ちの何が──」
「気持ちなんて何も聞かねぇで分かるか‼︎ そんな嫌だったらなぁ──」
「うるさいもう口閉じろ」
──顔面に、オズの手の平が押し付けられる。熱い。何か来る。
咄嗟にオズの胸ぐらを掴んだ。そのまま思い切り前方へ突き飛ばす。
オズのひ弱な体は、簡単にバランスを崩してよろめいた。
次はどう出る? 俺は身体を身構えた。
俯いたオズが、小さな声で呟く──。
「──二度と喋れなくしてやる」
「──ッ! オズ‼︎ やめなさい‼︎」
ゲイエレットが叫ぶ。
何だ?
目の前のオズはゆっくりと両手を伸ばした。
──その手から閃光が迸る。
直感的に思った。
これは、まずい。
一歩後ずさった瞬間、世界中の時間の流れがスローダウンしたような感覚に襲われる。
──体が、動かない?
俺はこの後の何らかの攻撃から、絶対に逃げられない。次第に大きくなる光の塊を、成す術無く見つめるしかできない。
ゲイエレットが俺の方へ駆け出していた。庇おうとしてくれているのか? しかしその速さでは、確実に間に合わない事を悟った。
──終わる。
「ワンッ‼︎」
俺の足元で何かが風を切った。
──トトだ。
「──ト」
見た事のない程高く、懸命にジャンプをして俺の目の前に躍り出た。
そして──トトは身を挺して、オズの放った光に飲み込まれていった。
俺はただそれを、茫然と見ていた。