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オズの世界の歩き方  作者: 藍沢
【第三章】 真摯な木こり
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─4 ひっくり返したバケツの水

 久々にじっくりと湯船に浸かり、心身ともどもリラックスした。上下揃いのスウェットを着てリビングへ向かう。

 リビングの中央、俺の布団が直に引いてある所で丸くなって寝転んでいるのはオズだ。勝手に人の寝床に入るな、と言いたいが、さっきから散々待たせてあるんだった。

 オズは珍しく何かの本を読んでいるようで、ゆっくりページを捲りながら、感心するようなため息をついている。トロスが文学に精を出しているから、それに感化されたんだろうが、オズが興味のある本なんか今までにあったか?

 その光景を横目にコップに汲んだ水をぐいとやりながら、オズの元に近づくと、──目に飛び込んで来たものの衝撃で、俺は口に含んだものを全部その場でリバースした。


「ぎゃあぁ‼︎ 何するんだよ汚いなぁ⁉︎」

「おおおお前が何読んでんだコラあぁ‼︎ そ、それ、どっから、何で持って……」


 突然降りかかったものを全力で拭うオズから、本、もとい雑誌を奪い取る。

 ──グラビアアイドル写真集。どこに置いてあったか、てっきりもう捨てたものだと思っていたコレを、こいつはいつの間にか掘り出していた。恥ずかし過ぎて現実を直視できない。


「返してよ! せっかく見てたのに!」

「な、なに? こういうのに興味があるお年頃なのか?」

「そそ! 僕、体のしなやかな曲線美が好きなんだ!」

 あっけに取られた俺の手から写真集を奪い返したオズは、適当なページをパラパラと捲り、バッと開帳して見せつけてくる。俺は反射で目を背けた。


「このしなやかな腰から足にかけての伸び! ハリのある艶やかな肌! 素晴らしい絵だよこれは! 君の世界は美しいものをこうやって一冊に纏める伝統があるんだねぇ〜!」

「イヤ、コレは……。というか絵じゃなくて写真なんだが……」


 ハテナという表情を浮かべるオズに、これ以上説明するのは面倒だからやめた。特に困ることも無いだろうと、雑誌はもうオズにやることにする。


「……はぁ。で? オズ、なんか話あるんじゃなかったのか?」

「……あ、そうだった。……えっとね」


 がたん、と玄関で何かがぶつかる物音がした。目をやると、家に入ってこようとしているトロスが、屈んだ姿勢でぶつかった位置にガンをつけているのが見えた。


「トロス、もう書くのはいいのか?」

「イヤ、まだ途中だ。お前らこそうだうだ言ってねぇで寝たらどうだ? 人間は夜寝るもんなんだろ」

「あ、あぁ。もうそんな時間なのか?」

 今何時頃なのかというのはいまいち、というよりほぼ分からなくなってきている。眠いといえば眠い。他にする事、といえばオズから話を聞く事以外に無いが。


 トロスは目線をオズに向け、顎を何度か擦った後言った。


「さっきの魔法の話だがよ」

「どうしたの?」

「お前の代わりができる奴ってのは、この世界にはいねぇのか?」


 投げかけられた質問に、一瞬で顔をしかめるオズに気づき、すかさず仲裁に入った。

「き、急だなトロス。そりゃどうしてそう思ったんだ?」

「だってよ、もし魔法でしかどうにも出来ねぇことが起こって、こいつが使い物にならねぇ事態になったら、俺たちゃ何一つ解決しようがねぇんだ。となると別の奴、魔女とやらがいるんだっけか? そいつらに代わりやっといて貰えるようにちゃんと話つけといた方がいいんじゃねぇかと思ってな」


 トロスはずっと思案顔で俯いていた。これは提案だ。トロスなりに現状把握と今後の方向性を示したいんだろう。幾分か慎重な態度から、そう読み取る事ができた。


 しかし、オズは反論した。

「僕以外のやつに王様やれる奴なんていないよ。僕はちゃんとやれてる。……心配しなくて結構さ」

 むくれているというか、意地を張っているような言い方だ。こういう時のオズは、あまり良くない。一人で抱え込もうとしている事がある時だ。


「だからお前だけでできる確証っつーのが……」

「あー、なんだ。オズ。お前なりに、魔女達と協力しようとした事が、今までにあったのか?」

「……あるけど」

「それ、俺達は知らないからさ。よかったら、そこ踏まえて何があったか教えてくれねぇか?」


 オズはしばらく俯いた後、何かを決心するようにじっとこちらを見て小さく頷いた。

 

 そういえばこういう状況は元の世界でもよくある光景だった事を思い出す。会社でもよく同僚や部下の相談なんかに乗ってたっけ。自分が真摯に向き合った分、相手も自己開示してくれるのに、ふと心地良さを感じて、ちょっと自分がずる賢いような気もしていた。けれど、それで悩みが晴れたり、何か吹っ切れた相手を見るのが、俺は何より好きだった。

 オズも少しずつ、心を開いてくれている気がする。トロスだって、言葉にできかねている事を今よりもっと話してくれるかもしれない。今この時、久々に楽しさや手応えを感じた。


「……えっとね、じゃあ、言うね! まず僕の協力を申し出てくれた魔女がいて……」


 そこからオズはもう口が止まらなくなった。


「僕が城から出て来ないから、そんなに辛いなら私が代わりをしてあげるって彼女が言ったんだ! だから僕は喜んで王様の本を差し出したんだけど、なんとびっくり! 彼女、それの魔力量に耐えられなかったみたいで、何か変な化け物に変身し始めたんだよね! だからバレたらまずいし制御出来なくなったら怖いから、焦って丸ごと飲み込んじゃった─────! で、そこからはとにかく城の奥に引き篭もってお腹の中がチクチク痛むのを何とか耐える日々が始まって、そこに異変に気づいたゲイエレットがすっ飛んできたから、もうパニクっちゃって! もう死んじゃえって思ったら、シローの家に潰されて、あっけなく死んじゃったってわけ! 当然僕の中のハイドレシアも一緒に! でも飲み込んでから一ヶ月は経ってるから彼女はすでに僕の胃の中で死んじゃってたかな? つまり──」

「待て────‼︎」


 どこからどうつっこみゃいい!

 おいトロス、冷静に今の文章を箇条書きに纏めてるんじゃない。


「ていうかそれ最近の話かよ! 一ヶ月前て!」

「そうそう! 割と直近で色々あってさぁ、流石に忘れる事無いよこの出来事は」

「おい、パニクルってなんだ」

「あぁ! パニックパニック! 頭の中がしっちゃかめっちゃかって事!」

「……そりゃ大変だな」


 ……あ、あ、あ。頭がおかしくなる。

 よく分からない展開と単語。こいつの言語化能力が低いのか、俺の理解力が低いのか。いや、どちらもか。


 協力してくれた……魔女? がいたらしい。でもしっかりやっちまってるじゃねーか。どういう倫理観なんだよ。

 さっきの話によると、化け物になったらしいそいつを、そのまま放置する訳にはいかなかっただろうし、致し方ない対処だったのでは。でも元はこいつを助けようとした善意のある魔女だったんだろ? だったら……。


「魔女は、魔法使いは、死なないんだろ?」

 少し浮かれた空気になっている場で、オズに尋ねる。

「う。うん。肉体は滅びるけど、魂だけは残るのが僕達だ。でも僕の中にはもういないみたい。砕け散った時にどこかにいっちゃったのかな……。と思う」

「いずれその魔女に会う事になるんだ。その時はお前、分かってるな。まず、ごめんなさいだぞ。……謝って許されるもんじゃねぇだろうけど」

「それは……そうしたいよ。本当に、取り返しのつかない事ばっかりしてるな、僕」


 すっかり元気を失ったオズの肩を宥めるように叩く。

「後悔したところで今はどうしようもねぇよ。今夜はお前もちゃんと寝たらどうだ? 頭スッキリさせた方がいい」

「……うん」

 肩を落としたまま、オズは吸い込まれるように自身の部屋へ入っていった。


「トロスも、せっかくだから今日は部屋の中で過ごしたらどうだ? ベランダ付近だと明るいから、字も書けるだろ」

「……あぁ。静かにできるんならどこでもいい」

「俺は横で寝てるから大丈夫だろ。オズも今日は寝るみたいだし。何かあったら起こしてくれてもいいぜ」

「何も起こらないだろ、こんな場所で」

「おー。違いない」


 トロスはベランダの外へ向き、すぐにノートへの書き込みを始めた。丁度その大きな背が、俺の寝床への月明かりを防いでくれるから有り難い。

 改めて掛け布団を伸ばし、寝る体制を整える。しっかり身体は疲れていたようだ。横になった瞬間すぐに睡魔が襲ってくる。


 明日はどんな事が起こるだろう。無事に家に帰れるように。この世界の事、行末、人間模様。オズの事。いろんな事が、頭の中で渦巻いて、いつの間にか真っ暗なモヤに溶け込んでいった。

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