─2 温かいもの
夕暮れ時、一際大きなリンゴの木を見つけた。今日の拠点はここにしよう。
足を止めて、平坦な場所を見つける。オズに合図を送るや否や、いつものように雑な手つきで家を置かれる。毎度この流れには慣れない。
オズとトロスは、家とセットで出された木製のダイニングテーブルとイスを玄関口の前へ設置し、くつろぎ始めた。
トロスは早速ノートを広げ、黙々と筆を走らせている。オズもトロスと目線は一緒に、根気良く文字や文章の書き方などを見てやっているようだ。
さて、俺も自分のやる事を終わらせていこう。
トトの入った鞄は、一旦リビングの隅に置いておく。こいつもたまには洗ってやったほうがいいかな。しかし万が一破れたりほつれてきた時の事を考えるとまともに直してやれる自信がない。また今度考える事にする。ごめんよ、トト。
洗濯物を回したのをベランダに干すまでやったところで、腹が空いた感覚がやってきた。
今日の夕飯はもらったシチューにしよう。すっかり冷めてしまっているので、温め直す為の魔法をオズに頼みたい。コンロをどうにか使えるようにするというのも手だが、それよりは電子レンジの方がいいか? しかしどう説明すりゃいいもんだろうか。室中でやる実験はあまりにも怖い。とりあえずこいつを外に出して直接見て貰おう。
両手で電子レンジを抱え、バランスを取りながら外へ出る。
奇妙な事にオズは椅子の上に立ってなにやら演説を始めようとしていたところだった。……何やってんだ。
「例えば、想像してみて! 目の前に、それはそれは大きなチョコレートの像が欲しい! そう思った時!」
「思わねーよ」
「例えばって言ったろ! ……こう両手をかざすのさ。中心に温かい光を感じて、身体中をそのキラキラが駆け巡る。それがまた手の先へ向かって、ふっと外に抜けた。──その時!」
一瞬、くらりと気をやられる。前も感じたことのある感覚だ。そうか、あれはあいつの魔法のせいなのか。
勢いよく頭上に掲げられたオズの手はきらりと輝いている。そして──。
「あら不思議! こんなに立派なチョコレート像が──‼︎」
オズの手には、オズ自身を模ったミニマムな人形が出現していた。
「随分小せぇな」
「ただの説明に大幅な魔力を使う訳にいかないんでね。加減したんだよ。残念だけど」
「それも食うのか?」
「当たり前でしょ!」
躊躇なく頭からバリバリとチョコレートを齧るオズ。に、用事を思い出した。
「おーいオズ、これどうやって使うか一緒に考えてくれ〜」
「何その箱」
「電子レンジって言うんだ。食べ物をあっためる道具だよ。ただその加減の説明が難しいんだよなぁ……」
テーブルの上に置くと、二人の目線はそれに集中した。
オズはぶら下がったコンセントを、蛇かなんかを摘むようにして弄んだ後、興味なさげに放り投げた。
トロスはボタンに書かれている字を指でなぞって、自身のノートの文字と見比べて首を傾げている。
二人に割って入り、電子レンジの取っ手を引いて開けると、大の大人(?)三人が中を覗き込む形となった。
「中に食べ物を入れて、押すんでしょ? この、何か書いてあるやつを。センタクキと一緒だね」
「操作方法は正解だ。ただお前の魔法の匙加減でこいつが爆発したりお釈迦になっちまうのが嫌なんだよ」
「……む」
そんな事しない、と言いたげに、むすりとした表情を浮かべるオズ。
「要するに、シロー的にはあの時食べてた時くらいあったかければいいんでしょ! ……別に冷えてても口に入れれば一緒なのにさ」
「温かいものを食べる事に意味があるんだよ。健康とか、心の平穏とか、そういうのに関わるから?」
あと、単純に冷えたシチューを食いたくない。
「センタクキといい、デンシレンジといい、わざわざこんなもの作るなんて君の世界のものは色々と細かくて複雑だね。しかもいちいち魔法だよりで。手で洗って薪をくべればいいのに」
「あのな……」
俺もどうかしてると思う。無いものは無いと割り切って、サバイバルっぽく手間を増やせばそれでいいはずなのに。こんな俺の世界との文明レベルがまるで違う所で、わざわざ家電に頼ろうとしているのはどうしてなんだろう。
「温かい? ってのはどういうもんだ?」
ポツリとトロスが言った。ノートにペン先をコツコツとしながら、次の書き出しを待っている。
「どうだろうね。トロスにわかりやすい感覚って言うと……」
「そりゃ、ボックさんとこでお二人に包まれてた時じゃないか? 体温感じなくてもさ」
「……そういうもんか。……なら、必要なモンだわな」
数回頷いて、納得行った後にまたペンを走らせるトロス。
俺もオズも毒気が抜かれて、お互い目を合わせた。
オズはすぐに電子レンジに目線を戻し、両手をかざす。
「僕なりの、温かい。それくらいでいい?」
「あ、あぁ。頼むよ」
オズの両手からふわりと温かいものが流れてくるのをすぐ隣で感じる。
こうしてコンセントの繋がっていないままの電子レンジは、ボタン一つ操作で人肌に温まる便利な機械になった。
シチューは湯気が立っていない。……欲を言うならもう少し。ひたすらに元の日常に取り憑かれている事を感じながら、ひと匙掬って口へ運んだ。




