─1 魔法の使い方①
三人それぞれの足音が、煉瓦の道に小気味良く響く。
先頭を歩くオズは、いつも以上に上機嫌だった。タップダンスを踊っているかのようにピンヒールの音を軽快に鳴らしながら、ずんずん前へ進んで行く。
「おーい! あんま先々進むなって!」
「らっておそいんらもん!」
ぐるりとこちらに振り返ったオズは、口の周りのベタベタの真っ黒を、意地汚く舐め回していた。
……さっきからずっと奴の口がもごもごしていると思っていたらどうりで。
「何食ってんだアイツ」
訝しげな表情で俺に尋ねるトロス。
「あぁ、あれはチョコレートってやつ。俺の元居た世界から偶然持ってきた物で、この世界には無いシロモノだ。食い方汚ねーけど、オズの唯一の趣味らしい」
「趣味……?」
トロスは会話の節々で知らない単語に遭遇すると、決まって口に手をやって、ロダンの彫刻のようなポーズを取る。
その回数は多いが、俺はその度丁寧に説明してみせた。何よりトロスは人の話を真剣に聞いてくれるし、何とも満足そうに相槌を打つので、伝える側としても気分が良いからだ。
「趣味。そうだな。生き甲斐、というか、生きる楽しみみたいなものの一種だな」
「ふん……そうか。人間は趣味で何かしら食うもんなのか」
人間。改めて考えてみれば、オズは正真正銘の魔法使いであるものの、見た目はどう見ても俺と同じく人間だ。
魔法使いになれるきっかけ、何か決まった法則みたいなものがこの世界にはあるのだろうか。
「ねぇねぇトロス! これすっごく美味しいんだよ! 口に入れたらトロ〜っと溶けて、とびきり甘くて、ちょっと苦くて〜!」
いつの間にか距離を詰めてきたオズに、トロスはもうたじろぐ事もなく慣れていた。淡々と言葉を返す。
「そのあたりは説明されたとてオレにゃ分かんねぇとこだな。なんせ何も食った事が無えしよ」
オズは「あ、そっか」呟いて、くりっとした目を数回パチパチとした。そして直ぐに、思わぬ事を言い出したのだ。
「気になるならさ! トロスもご飯が食べられるようにしてあげようか! 味も分かるようにしてさぁ! そしたらこのチョコレートの素晴らしさがわかるんじゃない〜?」
とてもいい事を閃いたと言わんばかりに、指に摘んだチョコレートを太陽に掲げてみる。
この突拍子の無さに非常に嫌な予感がした俺は間に入った。
「待て待て待て! お前の魔法は取り返しつかねえんだろ? 本来必要無いのに食わなきゃならねぇ体になるとか、異常に病みつきになって大変な事になったらどうすんだ!」
「な、何だよ〜! せっかく楽しさを共有できると思ったのに……。でも、食べたく無いのに食べなきゃいけなくなるのは、辛いよね……」
どうやら俺の訴えは割と響いたらしい。ぐっと我慢した難しそうな表情でうつむくオズ。即魔法を使われるのは回避できた。
「……そんなアレコレお前等が考えなくてもよぉ、んなくそ面倒なモン、オレにゃ必要ねぇし興味も無ぇよ」
フン、と鼻を鳴らす音を立てるカカシは、「その代わり」と一言付け加えた。ごそごそと懐からノートを取り出す。
「その魔法ってやつが一体全体どういうモンなのか。オレはそっちの方が気になる」
「ん? 魔法使いになりたいって事?」
「なれるのか?」
カカシはオズに顔を詰める。
魔法使いになる方法。気になってはいたものの、聞いて大丈夫なやつなんだろうか? 耳にするだけで災いが降りかかるんじゃないか? 若干身の毛がよだつ気分がした。
「えぇと……。その、まぁ、なろうと思えば……。いや、やっぱ難しいかも……」
オズは歯切れが悪そうにボソボソと呟くか、目線が泳いでいるだけだった。オズならどんな機密情報でもホイホイと口を割りそうな悪い偏見があったのだが。
「ハッキリしねぇ奴だな」
「ト、トロス。聞かない方が良い事もあるぞ。オズもあえてぼやかしてるんだよな?」
「……いや、そうじゃ無いけど。聞いただけでなれるものじゃないし。でも、理由があって……その」
ますます声が小さくなるオズに、トロスは痺れを切らしたように深い溜息を吐いた。
「先に言っとくが、オレがそれを知ろうとする理由は、オレが魔法使いになりたいからじゃ無え」
トロスは人差し指をオズのでこにさして言った。
「これはオレの勘ってヤツだが。お前の脳みそに抱えたモンは、定期的に取り出してやらねぇと後で手がつけられなくなる。オレもシロウも、お前が口に出さねぇ限り何考えてるか分かんねえからだ。魔法使いは相手の脳みそが読めるのか?」
「よ、読めないよ……」
「そうか。だから喋らねえと問題があった時の対策のしようが無えし、てんで別の想像をしても話が進まねぇ。その訳の分からん魔法に関しては尚更だ」
真剣な表情を崩さず、トロスはじっとオズに向き合っている。トロスはいたって真面目だという事は側から見ている俺にもちゃんと伝わってくる。
しかしオズはというと、まるで叱られているように肩をすくめて縮こまっているのだ。
叱るなんて、そんな意図はトロスには無いのに。
「だからはぐらかすな。いつだってはっきり話せ。そしたらオレ達も……」
でもただ言葉にすれば気持ちも全部伝わるなんて、そう簡単な事でも無いのも確かだ。
「オズ。トロスはさ、これからも旅をするに当たって、改めて色々話す機会を作っていこうって思ってるんだ」
「ん? 今さっさと話せばいいだろ?」
「いや。思ってる以上に膨大な内容があるはずだ。そんなに単純明快なら、オズも伝え方に困ったりしないだろ?」
「……!」
顔を上げて、こくこくと頷くオズの様子を確かめる。トロスは「そんなもんかね」と半分納得いっていないようだ。でもじきに分かるだろう。
「言葉って難しいよな。意味を考えるのも、思いの伝え方も」
「……うん。難しい。だから、ゆっくり話しても良い?」
この後、夕方まで道を進んだら、しっかりと腰を据えて話す事になった。




