─22 なぜどうしてと君に問う
「そうそう。そのカラスの事だけど」
オズは振り向かないままに言った。
「カラスは君に話しかけてきたんだよね。それも長い間ずっと」
「ああ……。あのヒトを何とも思ってない、高慢ちきなあの野郎の高笑い……。こればっかり記憶にこびりついて離れねぇもんでな……」
肌感だが、トロスのふつふつと煮えたぎるような怒りが声色に乗っているのが分かる。
草木をすり抜ける風と、三人の土を踏む音だけが響くこの状況。
何か気になることがあったから、質問を投げかけたのではないのか……? オズはそこから会話を続けずに、ただまっすぐ前に進んでいる。
おい、俺だけか? なんか居心地悪いのは……。
「……その。トロス。そのカラスは普通に性格が悪いんだろうが、お前を小馬鹿にする以外に何か目的があったとか……。そういうので思い出せることは無いか?」
「……アイツの目的なんざ知らねぇよ。知ってどうするってんだ」
「いやぁ、貴重な二百年分の記憶の中に、旅に役立ちそうな情報が無いもんかと思ってさ」
「……」
バリバリと頭を搔くトロス。明らかにあのカラス絡みの話題となると、異常に機嫌が悪くなるな。あまり深堀りして聞くのも酷だろうか。
「アイツは、毎日夕暮れ時にやってくる。……オレの頭の上にとまって、散々好き放題喋って、暗くなる前にさっさとどっかに消えちまうんだ」
「はぁ……。そいつは普通のカラスとは見た目から違うもんなのか? ……ほら、例えばあの木の上にとまってる……」
俺の指さした方向には、何の変哲もないカラスが一羽。こちらの様子も気にせずそれを見てカカシはふるふると首を振った。
「……いや。オレが言ってるのは、もっとデカい。なんなら俺ぐらいタッパがある」
「いやバケモンじゃねーか!」
この魔法の国の事だ。喋るカラスやその他の動物、はたまた草木が喋ったところで何ら不思議では無い。そう思っていたのだが……。どうやら俺の聞きかじった程度のファンタジー知識では、想像できないような事がこれからも引っ切り無しに起こるらしい事は理解できた。
「トロス。君くらいの身長で、ぺらぺらと喋るカラスだって?」
突然、オズが口を開いた。
「動物が喋るわけ無いんだよ。もちろん、そんな大きな鳥なんていない……」
「え?」
はっきりと、言った言葉を頭で反芻する。……魔法で喋るとか、そういうのは無いのか。常識がこんがらがりそうだ。
「おい。オレが覚えてる内容ってのは絶対に嘘なんかじゃねぇぞ。いるんだ。そういうイキモノが、確実にな!」
力むトロスを慌てて抑える。放って置いたらすぐに早合点して……。喧嘩が絶えねぇな、これ。
「待て待て! 何も嘘吐き呼ばわりした訳じゃねぇだろ!」
「そうだよ。君の言ってる事が正確だから、この世界の事情に照らし合わせると、おかしいんだよ」
つまり……? 俺とトロスは、次の言葉を立ち止まって聞き入った。
オズはこちらにくるりと振り向いた。
「動物はね。喋らない。喋る必要が無いから。鳴いたり吠えたりするのは、感情を訴えてるだけに過ぎない。異常に大きくなる動物もいない。マンチキン達の生活が脅かされるような事があれば、僕はもう知ってるはずだから」
淡々と話すオズ。
ちょうど日が真上から差して、彼の顔に影を作っているのが異様な不気味さを醸し出している。
「何かおかしい。おそらく、この世界にいないはずの者が、もう既に動き出してる」
時折見せるオズの緊張感のある面持ちに、ごくりと唾を飲んだ。
「そ、そんな奴、お前が対峙してどうにかなる相手なのか?」
「さぁ……、どうだろう……。でも……そしたら……相手は……」
オズは顔を伏せて、ぶつぶつと独り言を呟く。何を言っているのか聞き取れないまま──。
「アイツと今度会ったら、か……」
今度はトロスが顎を擦りながら言った。
──この謎のカラスにも通用するレベルのものなのかは分からないが、俺には何かしらの危険から身を護る魔法を受けている。しかし俺自身が相手に対抗できる攻撃方法は、今のところ全くない訳で……。
そういった点では、今後の事も考えると体力筋力等々をつけておく必要があるかもしれない。
言っちゃなんだが、トロスに精神的ダメージを与える話術を持っているとはいえ、今のところこの世界に大した影響を及ぼしていないのはそこまで危険視する必要も無いと思うのだが……。俺が楽観的過ぎるのか?
「決めた!」
「決めたぜ!」
突然、二人は揃って、パッとはじけた満面の笑みを天に向ける。
「急にどうした」
「うん! そのカラスを見つけたら!」
「あのボケガラスの首根っこを取っ捕まえて!」
「ボコボコにする!」
「ぶん殴る!」
「……はぁ」
今までの緊張感はどうした。
意気揚々とした声と、踊りだす気かと思う程のノリノリな様子で肩を組み始める二人。
今までの喧嘩腰もどうした。
「暴力に訴えるのってどうなんですかー」
テンションの差についていけないので棒読みだ。なんか真面目に聞いているのも馬鹿馬鹿しくなってきたぞ。
「僕の国を脅かそうとしてるんだぞ! 容赦なんてしてられないよ!」
「今までの落とし前をつけてやんだよ! もうやられっぱなしじゃいられねぇからなァ!」
豪快に笑いあう二人の背中は、ずんずんと前に進んでいく。
……置いてけぼりを食らわねぇように、俺は俺で地道にこれからの事を考えるか。
それからしばらく。代り映えの無い草原に一本のレンガ道をひたすらに歩く。
一時間、いや、二時間は経っただろうか。俺がやっとのことで絞り出したしゃがれ声で、数メートル先の疲れを知らない二人を呼び止めた。ぶるぶると震える足を引きずりながらついてきている俺に気付いた二人は、「何してる」と無慈悲な問いを投げかけてきた。俺は暴力に訴えようとしたが、もはやそんな力も出ずその場にへたり込んでしまった。
少し休憩しよう。
オズは道端に簡易な机と椅子を用意した。今の俺には椅子に腰かけるより、この柔らかな若草の上で寝転がる方が十分に感じて、当然そのようにした。
代わりにトロスが椅子にどかりと腰かけ、予備動作無く取り出したノートにさらさらと文字を書き留め始める。
オズは、暇そうにほぼ瀕死の俺の体をツンツンとつついて遊んでいた。
「……オズ、水、くれ。俺……もう……」
「わぁ、死にそうだね! ほら、冷たい水だよ!」
そう言って片手から取り出したのは陶器のカップ。
それを受け取ってすぐ、かぶるように飲み干すと、茹るような熱を持った体がじゅんわりと冷却されていく。あまりの心地良さに濁音のうめき声をあげた。
オズはそれを聞いて鼻を鳴らすと、俺のすぐ横で同じようにごろんと仰向けになった。
暫く、それぞれの休息の時間は、穏やかな風が抜ける音と、少し離れた場所で響く小気味良い筆記音が小さく響いているだけだった。
完全に寝入ったわけではないが、目を瞑り、耳を傾けているだけでも十分な休息になる。
──あぁ、トトも。こんなところで思いっきり遊ばせてやりたい。
「ねぇ。二人とも、この世界の事、好き?」
唐突な質問。それに一番に返事をしたのはトロスだ。
「別に。可もなく不可も無くだな」
そっけない反応に、オズは上体をパッと起こして続ける。
「そりゃ、君は昨日、今日に歩き出したばっかの赤ん坊みたいなもんなんだから当たり前さ!」
「……赤ん坊?」
聞き覚えの無い単語にフリーズするトロス。……まぁそう言われるとトロスはそんな感じだよな。
「これからどんどん楽しいことが見つかるよ! やりたい事も、笑える事もね! なんたって僕の国なんだから!」
「……そりゃオレ次第だが。……ま、今んとこは悪い気はしねぇがな」
そうだ。何も知らないところからせっかく飛び出してきたんだ。元々何にでも興味のあるトロスの事だ。いつかそうやってやりがいみたいなモノも、自然と見つけられるだろうな。
「君は?」
「……え?」
「君はこの世界の事好き? 何なら、ずっと居たいと思わない?」
「えぇ……ずっと……って」
オズは立ち上がり、俺の体に影を作って、言った。
「いつか元の世界に帰るって君は言ったけど、その元の世界はそんなにここより居心地が良いところなの?」
「……」
俺の、元の世界。俺の、いつか帰る場所。
オズはきらきらと光のように輝く目を、焼き付けるようにまっすぐに向ける。
それはオズの輝きのせいなのか、俺がぼんやりしているせいなのか、とにかく、酷く眩暈がした。
「俺の、元の世界は……。いや、俺の元居た場所は……」
時折感じる、黒い影のような、灰色のもやのようなものが再び俺の視界を塞いでいく。
かろうじて出る言葉は非常にたどたどしいものだ。
「ここより、もっと、狭い。……こんな、色とりどりじゃないし、窮屈で、退屈で、息が詰まるほど苦しい……」
「……そう」
オズは静かに答えた。その声色は、俺を慰めるかのようなささやかなもので。
「辛かったよね」
その一音ずつに安堵感を覚え始めるものだった。
「君はこの綺麗で、穏やかで、何の苦しみも無いこの世界を飛び出して、何故その世界に戻りたいの?」
「それは……」
それは……。何故だろう。でも、それを考えても思いつかないのが結論だとしたら、俺は一体何処に行くのが正解なんだろうか。
──これはいつか、何度も繰り返し考えてきたように思えて、何も考えないように煙に巻いてきた事でもあるかもしれない。
どんどん、地についた体の部分が、溝にはまる感覚がする。それはどこまでも深く沈んで、やがて自分の体の一片すら見えないところまで──。
「分かんねぇよなァ、そんな事!」
ハッとさせられるハスキーな声に、現実に呼び戻される。
カカシは自身の手を緩めずに、続けた。
「分かんねぇから、せいぜい今やれる事やって、時間潰すしかねぇからよ。そんなもん、直ぐに答えが出りゃ、悩みやしねぇだろ」
「……トロス」
そっか。俺、そうやって生きてきたのが普通だったんだっけ。
全く答えは出ていないものの、何か、元の活力みたいなものが戻ってきたような気がする。
うんと体を伸ばして、オズに改めて目を向けて、言った。
「そう。オズ。ここは、すげー良い場所だと思う。よくわかんねぇ魔法だとか、よくわかんねぇ生き物がいるってのは、ちょっと、いや大分混乱するが……。それはそれとして、良い人達ばっかでさ。もし元の世界が嫌になったら、今までの事全部放り出して逃げてきたいくらいだ」
「……! だ、だったら」
「でも今は」
オズの期待の声を遮る。
「どっちの世界が良いとか、そういうのはすぐ決められねぇ……。でも、俺達の目的が達成された時には、ちゃんと答えが出せるようにしたい。ちゃんと俺自身を見つめ直したいんだ」
浮いた表情から、少ししょげた顔になるオズ。
「俺は、ここでできる楽しさを、できる限り味わい尽くす! そうしながら順当に場数を踏んでいく! それが当面の目標ってことで、どうだ? オズ。それはお前の助けが絶対必要だ」
オズの肩をポンと押す。ま、要約すると今までどうりなのにプラスして、若干我がままになってみようという魂胆だ。オズは十分な納得はいってないようで、少し困ったように眉をひそめながらも、なんとか口から笑い声が漏れるまでに立ち直った。
「じゃ、楽しい事! もっと探していこう! 僕が想像できる限りを尽くして、君をここから離れたくならないまでにさせてやるまであるぞ!」
「それはどうだかなぁ!」
これからの旅が、更に賑わうかどうか。それは俺次第かもしれない。
次回更新は 6/4(水)12:00 予定となります。
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