─3 辿りついた先は……③
「俺ぇぇ────⁉︎」
「えええ────⁉︎」
自分と小人の声がシンクロした。悲鳴と困惑の声が大広間を駆け巡り、今まで以上のパニック状態となる。
非常にまずい。黙っていたら更に事態が悪化した。
どうにかしないと。どうにかしないと。どうにかしないと!
「──あの‼︎」
俺の渾身の一声で、大広間にまた静寂が訪れた。
動きを止めた小人達も、その場から微動だにしない女性も、じっと俺の次の言葉を待っている。
汗が滴る。俺はきつく目を閉じて声を振り絞った。
「……えと、その、殺して、ません。その、オズ様とかいう人……。──絶対! 殺してません!」
言い切った。
いやそうだとも。そんな人物は知らないし、俺はこの人達とは全く無関係の人間だ。
身の潔白は明らかにしておかなかれば。……とはいうものの、もうそれ以上言うことが無いのだが。
「──いいえ。確かに貴方はオズを殺した。私の目の前で。その大きな岩の塊で、オズは下敷きになったのです」
「──岩?」
また喚声が沸き起こった。
そして間髪を入れず、小人達は絶叫と共に一斉に目の前の階段を駆け上がる。
一心不乱に俺に向かって押し寄せた。
「ヒィッ──⁉︎」
俺の情けない声が喉から漏れる──が、それは迫り来る声と足音に一瞬でかき消された。
──こ、殺される?
俺の身長半分程の群衆に、滅茶苦茶になぶり殺される。恐怖で咄嗟に身を屈め、目を瞑った。
──見えない視界の中、強風が体を掠めた。体に一切の衝撃は無い。
何が起こってる? 目を開く。
「オズ様‼︎ オズ様ぁ‼︎」
声のする方へ目をやると、小人達は俺の家の周りに群がって、地面を這い回っていた。
泣きながら、必死で何かを弄っている。
その何かを、俺は見てしまった。
──毒々しい赤の液体と、大小様々の肉片がおびただしい程広がっている光景を。
「──え」
俺の家の周りは、血の海に浮かんでいたのだ。
ここに、確かにオズとやらが居たのだとしたら。その位置に、俺の家が何らかの形で置き換わったとしたら。
もしくは、踏みつぶしたのだとしたら。
さっきの彼女の意味の分からない発言を、今ようやく理解した。
──俺はオズを殺したことになる。──のか?
「……待ってくれ。お、俺は知らない」
がたがたと膝が揺れる。今までに無い嘔気と悪寒に襲われる。それなのに、俺は血溜まりから目を離せなかった。
「俺は、やってない……。俺が、やったんじゃ無い」
立っている感覚が失われつつある。しかし足の指一つ動かしたく無かった。気合いで身体中の筋肉に緊張を走らせた。
そうしていなければまっすぐ向き直ったが最後、今にも命を狩り取らんとする凄まじい重圧を感じる女性を、直視したくないからだった。
「俺は──」
「──僕はここだ‼︎」
頭上から高らかに声がした。その場にいた全員が顔を上げる。
極彩色の光が、その場にいる全員の体を七色に照らしながら、ゆっくりと降りてきた。
あまりにも眩しすぎる強烈な光で、とても直視し続けることができない──はずなのだが、俺はその光景に魅了されたかのように、顔を背けることができなかった。
それは徐々に形を変え、人の形を成していく。そして俺の前ですらりと伸びた片足がそっと地面に触れた瞬間、光の粒となって四方八方へ弾け飛んだ。
──光の中から現れたのは、眉目秀麗という言葉に相応しい人間だった。
左手で艶やかな黒髪をさらりと撫で、身体に纏わり付く光の残滓を払う。表の生地全体に緑の宝石を散りばめたかのような、風変わりな形のローブを大袈裟に右手で翻した。
──突然、ぐるりと振り返った彼が、俺を見る。反射で体がたじろぎ、思わず後退りをした。
男、だよな? 俺よりは断然若い。
俺をぎろりと睨む目の虹彩が、エメラルドのように輝いているのがとても印象的だった。