─16 行こう!
「おーい、勉強捗ってるか?」
外に出ると、思ったより明るい星の光が自分を出迎えた。
いつの間にか用意された小じんまりした机と椅子に腰掛ける二人。机の真ん中には光の玉がふわふわと浮かんでいる。こんな電灯も無いところで、どうやって読み書きをしているんだと思っていたら。
二人は、机に項垂れていた。
「……リタイアか?」
「すっっ…………ごいんだよシロー‼︎」
オズが勢いよく立ち上がり、椅子は衝撃で吹っ飛んでいった。
何が、と問う間も無く、オズは気味が悪い程の満面の笑みで距離を詰めてくる。一枚紙切れをバッと突き出して、言った。
「これ! 文字! あ、左が僕で、右がカカシね!」
「は、はぁ……」
書いてあるのものが何を表しているのかさっぱりだ。この土地特有の言語なのだろうか。
ただ、オズの書いた左側より、カカシが書いたという右側の方が遥かに線が見やすいという事は、素人ながら気づいた点ではある。
本来の文字の形が、このようなミミズが張ったような線ありきで無いならば、悲しいことに、オズは字を書くのが下手くそだという事になる。
「凄いよね! こんなにバッチリそっくり書けるなんて!」
「いやどこがだ! ガタガタじゃねーかお前の字!」
「いいでしょ別に意味が通じればさ! あ〜! いつかこんな日が来るだろうと思って、長年かけて作った僕特製、数々の文字! ついに必要になる日がくるなんてー!」
「お前が作ったのかよ!」
本来の形も何も、創造主は目の前に居た。
「……やっぱ、その糸屑みてーなひょろひょろの部分も同じように書かなきゃ駄目か?」
机にへばりついていたカカシはぐんと顔を上げて言った。俺にひょいと差し出す手。今度はオズの字を正確に書いてみせた紙があった。
「……いや! 絶対カカシの書いた方が見やすい! これを正規にしよう!」
「僕のが正規だ!」
「めんどくせぇなぁ……。オレぁ記録できりゃ何でもいんだよ……」
カカシはやれやれといった様子だ。今度は先程のノートを手にし、とても手慣れた手つきで文字を書き始めた。
──正直、驚いている。遠い昔、俺が初めて鉛筆を握って字を書いた時。当たり前だがこんなに早く、それに上手く書けるなんて事は無かったはずだ。
この『小手先の器用さ』は、カカシが二百年も生きていた中で獲得した、能力のようなものなのか?
「……というか、オズ。何で覚えさせるってのが、よりにもよってお前が作った文字なんだよ。あるだろ、もう既にこの国で使われてる文字とか」
「無いよ」
「……え?」
な、無い? ……そうか、そこまでこの国は文明が発達してないってことか。そういやボックの家には本が一冊も置かれていた覚えは無いし、昔の言い伝えも全て口頭で聞かされたのだった。
「ゲイエレットがさ。人間に本や文字を与えてはいけないんだって。昔っから口酸っぱく言われてさ〜」
「な、何だそれ?」
「さあ、なんか面倒が起こるんでしょ」
なんか解釈が雑だな。あのゲイエレットの事だ。理由をハッキリ伝えないなんて事がある訳無い。きっとこいつが話半分で聞いてたんだろう……。
「……んだよそいつぁ。どう使えば面倒になんのか知らねーが、人間なんてほっといたって、勝手に厄介を起こす生きモンじゃねえか」
カカシが横から口を出す。
「それは同感! どうせ僕らの知らないとこで、こういう本なんか幾らでも作ってる筈だよ! もし本当にあるならどんな出来栄えか見てみたいなあ!」
「お前本嫌いだってこの前言ってたよな?」
「読むのはね! でも皆が頑張って作ったモノがどんなかは気になるでしょ?」
期待に胸を躍らせているオズと、黙々とペンを走らせているカカシ。こりゃまだまだかかりそうだな。
この家に着いてから随分と時間が経った。今何時なんだろう。
歩いて話して気疲れした体を、夜風がさらりと撫でて癒そうとする。
あぁ、そろそろ風呂入って寝たい頃合いだ。明日からの事もあるし。
──そうだ。
「あのさカカシ。お前、これからどうすんだ?」
「あ? どうって……これを書く以外に何も無えよ」
「ボックさん達がさ、カカシは今後この家に住んでくれて構わないって話だったんだが……。どうだ? カカシはここで暮らしたいか?」
「暮らし……? オレがここに……」
カカシは手を止め、座ったまま家を見上げる。そこからはただぼんやりと何かを考えているように見えた。
──まぁ、そうだよな。今まで貼り付けにされていた状況から、いきなり住めってのも困惑するだろう。暫く考る時間があっても──。
「だったらさぁ、一緒に行こうよ!」
オズがカカシの目の前で、なんの構いも無い両手がパッと開いた。
「せっかく自由の身になったのに、まだこの場所に留まるなんて、そんなのつまんないじゃないか! だったら……」
「まてまてまてオイ!」
カカシはオズの強引さに引き攣った表情で言葉を遮った。
「何?」
「何、じゃねーよ。急なんだよ何もかも! だいたいお前等はどこに何しに行くんだよ!」
当然の疑問だ。
オズは間髪入れず、答えを口走った。
「えっとねぇ、まずここから数日かけて南に歩いて、グリンダに会うでしょ、いやその前に砂漠があるから──」
「ストップストップストップ‼︎」
今度は俺が止めた。これ以上オズに会話の主導権を握らせると全てがごちゃごちゃになるからだ。
カカシは眉間にこれでもかと皺を寄せて、オズの言葉の意味をぐるぐる考えているようだが……うん、諦めろ! そしてオズ、俺を睨むのをやめろ。
「……ええっと、だ。カカシ。俺達がここから各方面に旅するのは、俺達に野暮用があるからだ」
「……そりゃオレに関係あんのか」
「特に無い」
「んだそれ……」
シンプルな説明だが、何一つ知らない状況のこいつには十分だろう。
カカシはぶっきらぼうにバリバリと頭を掻いた。
……こういう何気無い仕草は人間のようだが、髪のように見えるトウモロコシの粒が一つ、プツンと何処かに弾けて飛んでいった。あぁ、異様だ……。
──見れば見る程、不思議な生き物、カカシ。
この周辺では昔から恐れられていて、当の本人は生きる事に絶望していた。
しかし、今日の出会いと経験を経て、やっとの事で心穏やかになる事ができた。
これからはあの理解ある温和な家族に見守られて、徐々に周囲に溶け込めるようになるだろう。
なら、それはカカシにとっての本望──。
「オレはここに住むつもりは無い。つまり、お前らに着いてく事にするぜ」
「……ハ?」
俺の想像とは真逆の答えが出て、つい素っ頓狂な声をあげてしまった。
んん? 何でだ。だってそっちの方が遥かに自然で……。
「確かにオズの言う通り、せっかくの自由、だからな。こっから見える草っ原も、鬱陶しいカラスどもも、もう見飽きたぜ!」
カカシはにやりと顔を歪めると、持っていたノートを豪快にバラバラと捲る。
まだまだ真っ白なページの多い、空っぽのそれを見て、満足そうにバタンと閉めた。
「知らねー事、見た事無ぇもん、全部こいつに詰め込んでやる。そしたらこいつが晴れてオレの脳みその代わりになるんだ。だからよ……」
その瞬間、オズがカカシの頭に向かって勢いよくダイブした。
「ウオォ──⁉︎」
「おいオズ今度は何だ──‼︎」
「一緒に行こ────────‼︎」
カカシはよたよたと後退り、大きくのけ反ったが、がっしりとした足腰で何とかバランスを立て直した。
そして直ぐに、猫を摘むようにオズの首根っこを片腕で持ち上げ、自身の目の前にぶら下げた。
その状態のままケラケラと笑う不気味な様子に、俺達は自然にお互い目を合わせた。
非常に冷静な俺は血の気が引いていくのが分かった。カカシはというと、勿論血は通ってはいないものの、同じ気分なのは表情から察するものがある。
「なぁ、シロウ、っつったか? ……こいつはいっつもこんな感じなのかよ?」
「……おー、俺も数日前に初めましてだからな。……ただ、概ねこんな感じだ」
「マジか」
げんなりした顔で突然手を離す。オズは着地に失敗し、地面から潰れたカエルのような声を小さく響かせた。
「ま、訳わかんねーが……退屈にゃなら無ぇわな!」
それはとてもサッパリした声で、うんと大きく背伸びをするカカシ。夜空の光に照らされ、その巨体の後ろにどこまでも続く影を作っていた。
明日からの旅は、また一段と騒がしくなりそうだ。
カカシが仲間になった。
次回更新は 5/7(水)12:00 予定となります。
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