─15 知りたい事
先程まで立ち仕事をしていた夫人も含めて、全員が着席し、俺の方に向き直った。
妙な緊張感があり、少し額に汗をかく。
「お前さんは……その、オズ様の召使いなのかい?」
一言目を発したのはボックだった。
「め、召使い……では無く……。あ、改めて、俺はシロウと言います。……この国にはオズの魔法の力で飛ばされてきて……。つまり、全く違う世界から来た、ただの人間って訳で……」
その場にいた全員は目を丸くして、互いに顔を見合わせたり、宙を眺めたりして事の不思議さを痛感している。
……自分で言ってても意味不明なんだから仕方無いよな。
三人の息子達は、なるほどとよく頷き合って口々に言った。
「ははぁ〜……。オズ様の力はやはり絶大だなぁ。流石、この国随一の大魔法使い様で、王様なだけある!」
「オズ様……。最初はどんなお人なのかと、我々マンチキン族にとっては永遠の謎だった訳だが、何とまあ可憐で美しい身なりであることか! 宝石のようなローブが煌びやかで魅力的だなぁ~!」
「そして何よりあの子どものようなハツラツさだよ。わしらの元気の源は、やはりオズ様から与えられていたものだったんだなぁ〜!」
なるほどと納得していたのは、オズについての事だったらしい。
意気投合して「我らがオズ様の素晴らしさ」を語る彼等は、自分の事のように誇らしげだった。
思うに、彼等は今日初めて見たオズの外見や言動を元に語ってはいるものの、それで全てを評価している訳では無いのだろう。
彼等は、心の底からオズを信頼している。
そう信じさせる根本的なものは、今の代までずっと続いてきたからこそだと。彼等の何の疑いの無い、晴れやかな表情が全てを物語っているのだ。
そんな中、俺の隣にちょこんと座っていた夫人が、温かいミルクを一口静かに飲んだ後、「ねぇ、シロウさん」と優しい声で尋ねた。
「オズ様の事……。貴方はどう思ってるのかしら」
「え?」
……どう、というと。
「まぁ、みんなと違って特に上下関係みたいなのは無く接してるし、お互いそれでいて気を悪くしてないから……。いい奴だとは俺も思う……な」
「……そうなのね」
夫人はうたた寝をしているかのようにゆっくりと頷く。
「貴方は……今とても、元の場所に帰りたいかもしれない。けれど、私からのお願いを聞いてほしいの」
夫人は、俺が机に何気なく置いていた手に、とても小さく、しわの多い自身の手をそっと沿わせて、言った。
「いつか帰る時が来るまで、オズ様から片時も離れないでいてあげて頂戴。……貴方はきっと、オズ様に選ばれた人だから」
「え、選ばれたって……」
そんな大げさな。俺はたまたまこの世界に吹っ飛ばされてきただけで……。
なんて、夫人だけではなく周囲の目線も同じような真剣を感じていて、流石にそんな冗談交じりに言える訳が無い、よな。
「そ、そう、ですね。俺もオズを頼りにしてる、というか、ここで生活するのにオズの力は当分必要だから。……大丈夫、ちゃんと隣に居るからさ」
表情がほころんだ夫人は、またてきぱきと動き始めた。大きめのポットを抱えてそそくさとキッチンの方へ行ってしまった。
「そういや、あのカカシは今オズ様と何しに外へ行っちまったんだ?」
「モジ? がどうとかを教えるってさ。俺にゃオズ様が何を言ってんのかさっぱりだったぜ」
「というか、あの絵の具! オズ様が棒切れにしちまったじゃねぇかよ! ありゃ結局何だったんだ!」
三人の息子たちは、何? のオンパレードなのだが、この様子を見るに、もしかしてマンチキン族には読み書きの文化が無い……のか?
「あの、ボックさん。この国に本は無いんですか?」
「ホン……。あぁ、無い、な。聞いた事も、無い」
顔をぎゅっと絞るように考え込んだボックは、早々に諦めて首を振った。
「書くのは、何となく経験が無いかな? だって、あのカカシの顔はボックさんのご先祖様が、絵の具を使って描いたって……」
「ううむ、どう言ったら良いのか。色を染めたり、物を削ったりして目印にする事はあるがなぁ」
ボックは自身の腕を伸ばし、服の表面をさらりと撫でた。服は霞んだ青色をしていて、所々にほつれはあるものの、長きに渡り着続けているのが見て取れる。
「それ以外の事は何とも、だなぁ」
「なる、ほど。……てことはオズ……もしくは他の魔女だけが知ってるんだな」
文字を書き綴る、ペンとノートの存在。この世界には普及していない、読み書きをオズは知っている。
それは単に、この世界では魔法使い以外は文字を扱えないというルールが働いているのか? ……まぁ、その理由は本人に聞いた方が早いだろう。
──しかしそれならカカシにはそれを教えていいものなのだろうか。
ふと、ボックが「魔女…」と呟いた。何か思い出した事があるかのように、口元を固く握った拳で抑えて唸っている。
「魔女について……。ボックさんは何か知ってます? 俺、昨日まで会って話してたんですけど……」
「何⁉︎」
ボックは驚いて仰け反った拍子に、ガタンと椅子を鳴らした。
……う。な、何かまずい事を言ったか?
「……その、魔女は、どの方角に棲む魔女だ?」
強張った表情で、恐る恐ると声を出すボック。
どの方角……というと、確か説明があった筈だ。そう、彼女は……。
「え、えっと……北の魔女だと言ってましたね。……とにかく真面目で誠実な人って印象でした。……まぁ確かに、若干怖くはあるけど……」
ボックは、ほう、と息を吐いて胸を撫で下ろした。
「……まさか本当に実在するとは。迷信か何かだと思われつつあったのだがなぁ……」
驚愕するボックを見て、三人の息子達はケラケラと笑う。
「いやぁ〜親父! 俺らがガキの頃よく言ってたじゃねぇか! 悪い事してると西の魔女に攫われるってなぁ!」
「そうだそうだ! あと、良い事をすれば南の魔女に幸せを運んでもらえるとかなぁ〜」
「あれ、北と東は何だっけ? 忘れちまったなぁ」
それぞれの魔女には何かしらの言い伝えがあるらしい。
──以前、北の魔女、ゲイエレットに『西の魔女には用心する事』と教えられたのを思い出す。
彼らの言うように、西の魔女は人を攫った伝承があるのか? とすれば攫った人はどうなったのだろう。俺達が立ち向かう相手は、その魔女一人だけと思わない方がいいのかもしれないな。
うんうんと考えていると、ボックは言った。
「まさかとは思うが、オズ様はここを離れて、それぞれの場所に赴こうとしているのかい?」
「あ、あぁ、そうです。オズが俺を元の居場所に戻す為に必要な用事があって……。もちろん、用事が済んだら、オズはまたこの土地に戻ってくるつもりでいます。そこは安心してください」
ざっくりしてるが嘘では無い。むしろ細かな内容については伏せておいた方がいいだろう。話が長くなるだけだからな……。
「そうなのか。いや、旅の無事を祈るばかりだ。お前さんも十分気を付けるんだよ」
「ありがとうございます……!」
話が終わったところで、三人の息子達が身支度を始めた。
「あ〜食った食った! 母さん、飯美味かったよ!」「次は野菜多めに持ってくるのと、嫁と孫も一緒にくっから、楽しみにしてな〜!」
キッチンからやってきた夫人は、一人一人に土産の包みを手渡していく。
三人目が包みを受け取ると同時に、ぐるりと部屋を見渡した。
「俺は足りなそうな家具、ぼちぼち集めてくるわ! ……そしたら」
彼は玄関を見て、言葉を続けた。
「あのカカシも、ここにちゃんと一緒に住めるだろ?」
──あ、そうか。カカシはここに残るのか……。
「ありがとう貴方達。そうね。カカシさんが、そうしたいと思ってるなら、私達は一緒に暮らしたいと思ってるのだけれど……」
そういえば、今だに二人揃って文字書きをやってるのだろうか。
「ちょっと俺、様子見てきますね」
その場いた家族を残し、外から聞こえる声の方へ向かった。
次回更新は 5/3(土)12:00 予定となります。
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