─10 誰のせいで
***
二百年前の事。ただのカカシだったオレは、ある人間によって例の道具で顔を描かれ、晴れて今の姿になったわけだ。
もちろん、記憶があるのは顔を書かれたその時以降で、自分がカカシだという事も後々に知った事だ。
何故自分はこのような存在なのか。
カカシとは何なのか。
人間はどうしてオレに思考する力を与えたのか。
こういった様々な疑問が浮かぶ中、オレを作った人間は能天気な顔をして毎日俺の元にやってきた。
人間は何かしらのくだらない世間話のようなものを、一方的に喋っては何処かへ去っていく。それの繰り返しだった。
その話の内容も、今じゃ全く覚えていない。ただ確かなのは、あの雑談の中で、人間がオレの抱えた疑問についての答えを話す事は一切無かったという事だ。
そして何時ぞやから、人間が去る時間になる夕暮れ時に、奴がやってくるようになった。
バカデカいカラスだ。
そいつはそこいら中に飛び回っているカラスとはワケが違う。体はオレとほぼ同じくらいあって、更にぺらぺらと好きなだけ喋る、とんでもなく口煩い奴だった。
奴は言った。
「お前は本当にバカなカカシだ」と。
オレはそいつから、様々な言葉の意味と疑問の答えを貰う代わりに、数え切れない程の蔑みと嘲笑を受けてきた。
***
「カラスによると、オレが作られたのは、あの人間のただの自己満足の為らしい。要するに、自分の話し相手が欲しかったんだと。たったそれだけの為に、オレは訳の分からない自我のまま、あの木の棒に括り付けられて、用済みになった時からずっと放置、ってわけだ」
「なんだ、それ……」
言葉の続きがそれ以上出てこずに、口籠った。
明らかに異質なカラスの登場についても加え、話の筋にいくつか思う事があった。
それをどう切り出そうと思案するのも束の間、オズは言った。
「……その喋るカラスなんてのに唆されて、起こした行動がこれか。冗談じゃないよ全く」
その声は淡々としていて、あからさまな呆れ口調で、カカシはそれにまたいきり立った。
「うるせぇよ! オレが石ころ一粒も無ぇ脳みそで、必死で考えた結果がこれだ! そもそもなぁ、こんなもんを作ったてめぇが一番許せねぇ! 何が魔法の絵の具だ! 何の為に人間に与えた⁉︎」
「覚えてる訳無いだろ! そんな何年も前の事……。少なくとも、人を不幸にするつもりで作ったものじゃ無い。昔の僕なら、きっとこう言うね。『楽しそうだったから』 そんな感じさ。それしか無い」
「楽しそう……だぁ?」
カカシはざわざわと身を震わせた。これまでにない程にしわくちゃな顔をして、矢継ぎ早に訴える。
「オレは生まれてから一度も楽しいと思った事なんざ無ぇ! 満足か? 自分の作ったモンで、自分より遥かにバカな人間共や、オレみてぇに無様で無能なカカシが、どんなくだらねぇ行動をとるのか! さんざん高みの見物決め込んでよぉ! そりゃ楽しいよなぁ! ……断言する。 お前の魔法は! 人を不幸にする‼︎」
「……」
オズは、最初の勢いも失せて顔を伏せる。一回り小さくなったかのように、その場で黙り込んだ。
しかし、カカシはそれを許さず、更に畳みかけた。
「この最悪のペテン師野郎! 何とか言え──」
「やめろ‼︎」
ありったけの力を込めて叫んだ。
──これ以上は不毛だ。
逃げる方法が無いと思い込んでいた。そんなカカシが、以前の俺に重なって、どうしようも無く辛かった。
「カカシ。今オズを責めたって、物に当たったって、何にも解決しねぇんだって。現状が、まさにそうだろ」
「そうだな……」
カカシは火が消えたような無表情で、声を漏らした。
「……もっと早くに気付けたらな。オレにもっと、考える脳みそがありゃ、とっくの昔に、自由ってやつに、なれてたのかもな」
微かに、語尾が震えた。
次にかける言葉が見つからない俺は、静かにカカシの肩に手をやった。
しんとした部屋に、小さな足音が近づいてくる。
ボック夫婦。彼らはカカシの足元にそっと体を寄せた。耳まで真っ赤の泣きべそをかいて。
「なんだよ。なんで泣いてる」
少し困惑した声で、カカシは尋ねた。ボックは手で涙をぬぐって、か細い声で答えた。
「お前さんは悪くないよ、カカシ。今までずっと生きるために、精一杯考えてきたんだよ」
カカシは、やはり意味不明だという表情を浮かべた。
「そりゃ、オレは悪くねぇよ。当たり前だろ。……考え尽くして出た答えは、てんで的外れな思い込みだったけどな」
ボックの妻は聞きながら、カカシのぼろぼろになった服の切れ端を優しく撫でて眉をひそめた。
「貴方は悪くないわ。──魔法だって、悪くない。オズ様だって悪くないのよ」
「悪いのは、ワシらだ。ワシらは、お前さんの事がずっと怖かった。──畑の外れに居る、喋る巨木は、何年も、何十年も、お前さんが生まれてから今日という日まで。誰もがそこに居る理由を知らず、訳も分からず、ただただ怖がって避けていた。そんな無知なワシらが、一番悪かったんだ」
夫婦揃って肩を震わせ、足元に縋り付きながら懺悔する姿を静観する。
──この夫婦だって、悪くない。だってこんな事情があったなんて、知る由もなかったんだから、仕方無いはずだ。なのに、なぜこんなにも心から深く詫びるのか。
「もっと、もっと早くに、お前さんを気にかけていれば……」
──カカシの両手が、すっと前に伸びた。そして、夫婦の肩を、戸惑いながらも抱いてみせた。
「──思い出した」
「オレはさ、オレの中に無いはずのハラワタが、ずっと煮えくり返るような気分っつーのが、怒りなんだと、そう理解してきたんだがよ」
「そうだ。俺は、ずっと寂しかったんだ。誰かにこうして貰うのを、頭の奥でずっと考えてたんだ」
三人は、いっそう固く身を寄せ合った。その中心で、夫婦のすすり泣きが、部屋の暖炉の薪の音と共にしばらく続いていた。
しんみりとした空気に、少し安堵し、ふとオズに目をやった。
──オズは姿を消していた。
次回更新は 4/5(土)12:00 予定となります。
面白いと感じて頂けましたら、ブックマーク、高評価をよろしくお願い致します。とても励みになります!
***
X(旧Twitter) @ppp_123OZ
日常ツイ・進捗、更新報告等行っております。
***




