─9 魔法の絵の具 ②
カカシの足で、潰された絵の具が無惨に飛び散った。
「こんなもん! こんなもんがあったから! オレは、オレはぁ‼︎」
急に何なんだと止める間も無く、俺はただただ気迫に押されて息を呑んでいた。カカシは何度も何度も絵の具を踏み付けて、床を台無しにした。
「な、何をする! そ、それはワシらの大切なっ……」
たまらずボックがカカシの色とりどりに濡れた足にしがみついた。
はっと正気に戻った俺も後に続いて叫ぶ。
「な、何してんだお前! やめろ! 人のもんだぞ!」
「これのせいで‼︎ オレが今までどんだけ惨めに生きてきたかわかるか‼︎」
「は……はぁ? お前の今までの事とこの絵の具がどう関係するってんだ」
カカシは怒りの表情をそのままに、俺を睨みつけた。
「さっき言ったろ。これはなぁ、何の意識もない物に、人間みたいな魂を植え付けるシロモノなんだよ。……オレはそう理解してるぜ。なんせオレがそういう生き物なんだからなぁ!」
先程出会った時に聞いた事だ。確かにその状態で二百年も放置されていたというのは、余りにも辛いものだというのは理解できる。
しかし、だからと言ってここまでこの絵の具に執着するものなのか?
カカシは続ける。
「何かの間違いで、バカ人間共がまたこれに手を出した暁にゃ、オレみたいな脳無し野郎がどんどん量産されちまうんだよ……。気味が悪いぜ。イライラする。この先こんな事が二度とあっちゃならねぇ。だからオレが消してやる! こうやって叩き潰してやんだよ! ずっと、ずっと! オレはこうしたかったんだよおぉ——‼︎」
足にしがみついたままのボックをそのままに、カカシはまた足を振り上げた。見ていられず、全身でボックの体を包むようにして加勢し、動きを止める。
拮抗状態。暫く睨み合いが続く。そこへ──。
「無駄だよ」
オズは静かに言った。
足元できらりと何かが光った。小さな光の雫が、飛び散った絵の具の周りを舞う。液体は元のチューブに大人しく吸い込まれて、箱の中の自分の定位置に帰っていった。まるで生きているかのように──。
「魔法、か」
カカシが言いながら、静かに足を降ろした。
ボックの妻が駆け寄り、よろめく夫の身体を甲斐甲斐しく支える。ボックは言った。
「……そうだ。魔法で作られたこの絵の具……。ワシらのご先祖様から今日まで、大切に保管し続けている宝物だ……」
「ただ置いてるだけってか。それじゃ、オレ作った以外にそれを使った痕跡は? ……喋るカカシ、それ以外の妙ちくりんな生き物は居ねぇのか?」
「分からない……。しかしワシの生きている間以外は何とも知りようが無い……。しかし、お前さんのような動く人形は、ワシが生まれてこの方見たことが無いのは確かだ。あの棚からその絵の具を持ち出した事は生涯一度も無い」
カカシはしんと黙り込んだ。家の中は静まり返り、薪がぱちぱちと音を立てている音だけが響く。
「そうか。それなら……オレはもう、用済みだな」
カカシは一歩、二歩と歩み出す。その行先は──。
小さな火が灯る暖炉だった。
まさか。
「待て‼」
俺はカカシに力尽くでしがみ付いた。巨大な体躯はそれに抵抗し、俺を押しのけようとしてはずんずんと暖炉の方へと向かっていくのだ。
まさかは確信となった。あろう事か、こいつは今から──。
「何やってんだよ‼ お前、燃えて消えちまうぞ‼」
止めようとしないカカシの足を思い切り蹴った。バランスを崩したカカシはその場に倒れこむ。
「ぐぅッ‼」
俺は全力で上から床に押し付けて動きを封じた。
カカシの口から怒号が響いた。
「ウルセェ──‼ それでいいんだよォ‼ オメェは関係無ぇだろうが! 今すぐ手ェ放せや‼」
「できるか‼ お前のそのバカでかい図体で突っ込んだら、お前だけじゃなくてこの家ごと燃えちまうんだよ‼ よく考えろ! 火種の塊だろうが……!」
「……! それは……」
「そんなこと、絶対許さない」
オズはカカシの目の前に立ち塞がった。
俺はオズの顔を見て、ハッとする。
暖炉の火を背にして、ほぼ黒の陰になった表情。緑の宝石のような目がぎろりと見降ろしていたからだ。
思わず背筋が凍る。
「僕の作った道具に、あんなことしてどういうつもり?」
「……お前が……作った……? おい、そりゃどういう事だ……お前が魔法使いだとでも言いてぇのか。……まさか」
その場を見ていた夫婦はガタガタと震えだした。
「あ、あああ、あなたが、貴方が作ったって……」
「おおお、おお、オズ、さま、あなたがオズ様なのですか?」
「そうさ。僕が大魔法使いオズだ。この国の王だ!」
──言い切った。夫婦は同時にその場に情けない声を出しながらへたり込んでしまった。
しかしカカシはそれを聞いて、ますます激しく動き出した。
「お前が、そうかよォ! お前があんなくだらねぇもんを作った張本人ってか‼ ……よくもぬけぬけとおおォォ──‼」
「うおっお、お前っ! 暴れんなって……うわ⁉」
カカシは俺を振り解いて、オズに向かって身を乗り出した。
「何がどうくだらないのか、君が何にそんなに怒ってるのか、この僕に説明してみせてよ。じゃないとこの無礼は絶対に許さない」
「……あぁ。じゃあお望み通り、教えてやるよ。お前がどんだけ迷惑な野郎だって事を‼ オズ様よォ!」
オズとカカシの、睨み合いが始まった。
次回更新は 3/29(土)12:00 予定となります。
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