─8 魔法の絵の具 ①
俺とカカシは案内された家に辿り着いた。
先に到着していたオズは、窓から中の様子をジロジロと覗き込んでいる……。
流石にさっきの二の舞になりたくは無い。奴の首根っこを捕まえて玄関先に引き戻した。何か喚いていたが無視だ、無視。
玄関のドアを数回ノックする。
「ごめんください」
声を掛け終わると中の人物がそれに気付いて、パタパタと足音を立てて近づいてきた。
開かれたドア。先程の老人とさほど変わらない、歳を召した男女が優しい表情で出迎えた。
「おやぁ、どちら様で?」
「夜に突然すみません。俺達、旅の者なのですが……」
「ほぉ、それはそれは。遠路はるばる来られたんだろう。ささ、立ち話も何だから、御用は中でどうぞ」
「い、いいんですか! ありがとうございます……。じゃあお言葉に甘えて……」
足を踏み入れると、ふんわりと美味しそうな料理の匂いと、綺麗に整頓された花瓶から爽やかな花の香りが鼻をくすぐった。奥の暖炉には小さな火が灯って包み込まれるような温かさを感じる。
何だか理想的な家庭だな……。
「ふーん、最近はこういう内装なんだねぇ!」
ずかずかと足を踏み入れるオズ。こいつ……全く礼儀ってもんを知らないらしい。王様だからこれくらいの不遜な態度で許される……のか?
老夫婦の方は特に動じることも無く、俺達を座席に案内した。少し小さめの切り株のような椅子に、腰掛けると、奥さんの方はそそくさとお茶の用意をし始めた。
……さっきから思ってたが、警戒心が無さすぎるだろ。こんなホイホイ見知らぬ人間を家に入れるなんて。マンチキン達共通の気質なのか? どうか妙な奴に騙されない事を願う。
「邪魔するぜ」
カカシの大きな体が、ドアの枠を潜った。ぬっと姿を現した所で老夫婦は揃って驚きの表情を浮かべた。
「ひぃっ‼︎」
当然、引きつれた叫びが口からこぼれる。
「……」
カカシはその様子に構わず、きょろきょろと部屋の中を見渡した。
旦那さんの方が恐る恐るカカシの前まで近づくと、その巨体はじろりと小人を見据えた。
「も、もしかしてお前さん、“喋る巨木のカカシ”なのかい?」
「あん? 巨木のぉ? 確かに、そいつに縛られてたけどよ。お前らはそう呼んでたんだな」
「そ、そうか! お前さん、この人達に助けられたんだねぇ! 本当に良かった……!」
「助けられた、ねぇ。それも確かだ。お前らにゃ常に見て見ぬ振りされてたからなぁ。こいつらの一声であっさりだよぉ、全く」
「そ、それは……すまんかった……」
カカシはあからさまな嫌味を言って、老人は更に小さくなって頭を下げていた。
──喋る巨木として、ここらに住んでいるマンチキンには一応認知されていたカカシ。しかし彼等の反応や気質を見て察するに、ただただ怖くて近づけなかったのだろうとは思う。
ずん、と重い空気感が漂い、俺はさっと話を切り替えた。
「あの、ボックさんと仰るんですよね?」
「お、おぉ。そうだとも。どうしてそれを?」
「別のお宅に伺った時に聞いて。俺達、実はある物を探してたんです。『魔法の絵の具』と言う物をご存知ですか?」
「! ご存知も何も、それはワシらの家宝だ! いやぁ、何という良い日だ……。して、君はそれを使いたいのかい?」
「え、使いたい、というか……」
俺はカカシにチラリと目をやった。
カカシは溜め息を鳴らして答えた。
「実物が見てえ。話はそこからだ」
「……だそうです。何でも、とても珍しい物らしいですね? 魔法で出来ている、とか」
「そうなんだよ。ワシの先祖代々に伝わる魔法の道具。では、早速ご覧に入れようか!」
ボックはせかせかと奥の戸棚へ向かう。その隣に設置されたハシゴを登って、ようやく手に取れる場所。ウォールシェルフに置かれた一つのケースを持って降りた。
「そうら、これだよ」
机の上にそっと置かれた平たい木箱。
何とも形容し難いぐにゃぐにゃした柄が彫られていて、ヴィンテージ感も相まって触れるのが少し躊躇われた。
真ん中には『O』と『Z』が組み合わさったマークが不器用に削られている。
これはオズの物で間違いない。
「わぁ……」
横から身を乗り出したオズ。懐かしい物を慈しむような表情で眺めながら、両手でそっと蓋を取った。
『魔法の絵の具』その名の通り、色とりどりのチューブが、形を崩さず新品同然できちんと並んでいた。
赤・橙・黄・緑・一つ飛んで・紫、の五色。
──? 緑と紫の隣がぽっかりと空いている。
「青が無いのか?」
ぽろっとこぼした疑問に、ボックは慌てたように答えた。
「そ、それは……。実は、ワシが子供の頃、初めて箱の中身を見た時から無かったんだ。父に聞いても同じく、ずっと昔から行方知れず、と言う話なんだよ」
ボックは何故か俺達に申し訳無さそうに頭を下げ始めた。
「い、いや! いいんですよ。実物を拝めただけでも……」
「良い訳あるか」
背後に立っていたカカシは言う。
「何でだ? 大昔に作られて、こんだけ揃ってたら上等だろ」
何かが気に入らないらしいカカシは若干の苛立ちを顔に浮かべていた。
「そーだよ! むしろ、こんなに大事にされてると思ってなかった! 立派な事じゃないか。ほらどう? ずっともう一度、見たかったんでしょ?」
オズは箱ごと手に取って、カカシに突き出した。
自慢の物を見せびらかすように、きらきらとした表情でカカシの反応を待つ。
「……そうだな。ようやくだ。ようやく俺は──」
──その瞬間、カカシはオズの両手を捕まえた。
「‼︎」
驚いた拍子に、手に持っていた箱は、ガラン! と音を立てて落下する。
中の絵の具が床に散乱した所へ──。
ドスン!
──カカシの藁の足が、絵の具を勢いよく踏みつけた。
次回更新は 3/26(水)12:00 予定となります。
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