─18 オズと俺の共生生活 ②
「面白いもの……。俺の家、ゲームとかオモチャとか無いからなぁ……」
もしあればオズなら絶対にハマるはず、だと思う。しかし無いものを言っても仕方無い。
じゃあ、あれだ。
「オズ、物を取りたいから、寝室に入ってもいいか?」
「許可しよう」
何が許可だ。元俺の部屋なのに。というか部屋の提供が俺の差し出す物でも良くねぇか? ……というのは聞かないんだろうな。絶対そうだ。
オズの部屋に入って、すぐ右の壁の収納を開く。そこには記憶通り、俺の衣服一式と、──様々なジャンルのレジャー・ガイドブックが、五段くらいの本棚いっぱいに保管されていた。
これらの本は、俺がいつか生活が暇になった時にやろうと思っていた趣味や、気になるエンタメ雑誌、旅行ガイド、はたまた生き物図鑑、法律・哲学の事典、その他諸々……。いつ、何故買ったのか。今ではもはや分からない物まで揃っている。
ちなみに、俺はこれらを精々二、三ページチラ見した程度で、全て目を通したという本は一つも無い。
これならオズの好きそうなものが何か見つかりそうだが、どうだろうか。
「お、おーいオズ、本はどうだ? 読めるかどうか知らないが、絵とかなら……」
「本嫌い」
一蹴! ……何て奴だ。漫画なら多少興味は引けたかもしれないが……。それも無いし。
「あぁ〜! どうする? 他に何か……俺ん家、本当に何も無いのか?」
リビングに戻り、意味も無くぐるぐると歩き回る。目につく物と言えば──食器棚。台所。……冷蔵庫?
俺はおもむろに冷蔵庫を開け、中身を再度確認する。何度見ても調味料のみ。
……と思われたが、並んだボトルの奥に押し込まれている、長方形の箱を見つけた。それを手に取ってみる。
──チョコレートだ。七個入り。ちょんとリボンが付いている。ん? ……いつ買ったっけ?
俺はあまり甘い物が好きではない。だからわざわざこんな菓子類を買う事は無いのだが……。記憶が曖昧だ。
しかし、こういった甘味を楽しむような趣味があるなら気に入るはず……。
いや待て! そもそも食う事がめんどくさいという奴だった……。
「何それ」
オズは俺の手から箱を奪った。
「えっと、それはチョコレートだよ。まあ、食べ物だ。めちゃくちゃ甘い菓子」
「ちょこれーと……聞いた事無いな。食べた事も無い」
「箱の中に入ってるから、興味があるなら食べてみたらどうだ?」
「ふーん……」
オズは適当にバリバリと包み紙を引き裂いていく。パラ……と落ちた紙切れには、……気に留めないようだ。ひょいと拾い上げて見てみると、それには箱の中身の概要が書かれていた。一粒一粒に込められた意味? らしい。こういうの好きな人、結構いるよな。
オズは早々に箱を開け、一粒摘んで包み紙を取り去る。特に形や香りにこだわる素ぶりも無く、醍醐味を総無視してパクリとそれを口に入れた。
……興味があったから食べて始めているものの。これでオズが納得するとは思えない。しかしもうこれくらいしか、こいつの気を引くものは他に無い。家電……終わった。
洗濯・洗い物は川なんかを見つけ次第、その場で何とかするか。風呂……は、もう贅沢を言ってられない。もう3日になる為、早急に水浴びをしたい。
調理は……オズが火を出す魔法が使える事を祈る。それか原始時代のような、木を擦る方法を暇な時にやってみるなどして……。
当然、冷蔵庫はただの棚と化した。当分の間は果物ばかりの生活かなこれは。
……リンクのジャムパンが恋しい。
──さっきからオズが静かだ。妙な雰囲気がし、俺は声を掛けた。
「おーい。やっぱお気に召さなかっ……」
「なんだこれは……何だこれは──‼︎」
オズは突然絶叫した。そして残りの粒を、狂ったように次々と口に放り込んでいく。もにゅもにゅと動かす口は、食べる事を覚えたての幼児のようにチョコレートまみれで悲惨な状況だった。
「美味しいッ〜〜……‼︎」オズは恍惚の表情で震えた。
──ん? まさか、これでオッケー、なのか?
「お、オズ。何か、気に入ったみたいだな……」
「他には無いの⁉︎」
「う……。も、もう無い。ていうか口早く拭け」
「無い…。こんな、こんな美味しい物。もう無いの……?一つも?」
愕然とするオズは、名残惜しそうにぺろぺろと口の周りを舐め回していた。いや拭けよ。
手に持った箱を見ると、もう既に空の状態だ。オズはその箱を虚な目で恨めしそうにじっと見つめていた。
「こんな物が他の世界にあったなんて、知らなかった。……もっと食べたい。もっと欲しい。もっと……もっと! もっと‼︎」
──カラン。と、オズは箱を床に落とした。そして、──目にも止まらぬ速さで家を飛び出して行った。
「お、オズ⁉︎」俺は慌てて後を追う。
外に出ると、家の前で立ち尽くしているオズの姿を見た。
そして──天に両手を掲げて、言った。
「僕、今までで一番、最高の気分だ‼︎」
オズの手の先に、光が集まっていく。
「もっと食べたい‼︎ あのチョコレートを‼︎ いつでも、何度でも、無限に食べられるように‼︎」
オズに引き寄せられる風。光が段々と大きくなっていく。
これは、──魔法だ!
「待て! オ……」
「いっぱい、いっぱい、いっぱい‼︎ 生まれろ────────‼︎」
オズの叫びと共に、光は天高く飛び出した。
──そして。
ポトッ。
俺の足元に、赤い色をした塊が落ちた。拾い上げると、それは光沢のある包み紙。さっきの箱に入っていた、チョコレートだ──。
ポトッ。ポトポトポトッ! ザアッ──‼︎
赤・橙・黄・緑・青・紺・紫
虹色のチョコの粒が落ちてくる。さっきのエメラルドの粒と比べて大きいそれは、もはや雹だ!
「ぎゃああぁ────────‼︎」
俺は直ぐに家の中へ退避した。──危なすぎる‼︎
心臓がバクバクするのを抑えて、外の様子を伺う。
降ったのはあの一瞬で、地面にはチョコが無数に転がっており、その中心でオズは──高らかに笑っていた。そして、俺の方を向いて、言った。
「シロー‼︎ ありがとう! 僕はとても幸せだ──‼︎」
両手を広げて、また笑い出す。
「こ、これ! どうすんだよ!」
「勿論! 一つ残さず全部持っていく! 全部僕が食べるんだ! これから毎日、毎日、毎日! チョコレート三昧だ! なんて愉快で素敵な日々なんだ‼︎」
それは、──良かったというべきか? しかし、オズの言う、『何か面白い物』を献上するのはクリアしたらしい。
「シロー! 僕は君の願い、絶対叶えてあげるよ! そんでもって、君が僕の知らない喜びを教えてくれたように……」
オズは今にも踊り出しそうな様子で、今までで一番晴れやかな表情をしていた。
「この国ドシロートの君に、僕が世界の歩き方を教えてあげよう!」
笑い声は、いつまでも、何処までも遠く響いていた。
──と、思われたが。
「はぇ?」
──オズはその場にパタリと倒れ込んだ。
震える片手を空に上げる。しかしそれも力無く地面に落ちてしまう。
「あ、はは、魔力切れ、きたみたい……?」
「なっ……」
──俺は溜め込んだ思いを、風に乗せて、叫んだ。
「勝手に‼︎ 魔法を‼︎ 使うな────────‼︎」
……今日の歩みは、ここで終わりだ。
次回更新は 2/22(土)12:00 予定となります。
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