─17 オズと俺の共生生活 ①
俺達はひたすらに黄色の煉瓦の道を歩く。城が見えなくなる程遠くまで来たようだ。辺り一面は草原が広がっていて、ところどころに木が生えている。概ね、マンチキン達の家付近と、全く同じような環境だ。
とりあえず、当面考えるのは主に、俺の衣・食・住についてだ。これは今日中に段取りをつけておかないとまずいだろう。
解決している順でいうと……。
住。家はオズの魔法で、必要な時に出し入れが可能でまずクリアだ。
衣。服は俺の寝室……もとい、『オズの部屋』の壁面収納にある。スーツ数点・仕事着・私服。これを着回すので十分……か?
食。これについては、今もふと辺りを見回すだけでも、ちらほらと果物の類が実っているのが見える。……あ、桃かあれは。まだ食べた事無いな。
俺は少し横道に逸れ、今日の昼飯用に、と三つ程手に取った。
と、ここで気づいた事がある。この世界の時間経過についてだ。空を見上げると、太陽がちょうど真上に来ている。ということは今が正午ぐらいだろうか。思えば普段と変わらないような感覚で、時間が経っているような気もする。
まぁ、こんな状況でもあるし、いざという時にはこうやって空を眺めて、感覚で掴めばいいか。
どこかで、休日には時計を見ないで過ごす事が、精神安定上良いという話を聞いたことがある。実際やってみて、確信を得た。俺は今、物凄く心穏やかである。
「シロー、歩き疲れたの?」
「お、おぉ! ちょっと昼飯にしようかなって……」
「ふーん」
オズはいつでも急に、目前に現れる。その度に、非日常が現実になった事を再確認させられる。もう少し浸る時間が欲しいものだ。
「じゃあ、オズ。ちょっと家を出して貰えないか?」
「うん、良いよ」
すんなり聞いてくれたオズは、手早くその辺の草むらに、ドスン──。と家を置いた。うーん。慣れん。
「……ありがと、オズは桃食べるか?」
「いらないってぇ」
「一応聞いてみただけ。……それじゃ俺だけ食うか」
玄関を開けて中に入り、台所に立つ。すると、今朝の食器の洗い物が、流し台に置いたままになっていた事を思い出した。
──あ‼︎ そうだ‼︎ ライフライン全般止まってるんだった‼︎
俺は即座に外へ引き返した。急いで靴を足に引っ掛ける。
「お、オズ〜〜! ちょっと来てくれ! お前に頼みたい事がぁ……!」
──バリッ!
……靴が、破けた。
「嘘だろ! 幸先悪い!」
次から次へと、生活の困り事が俺に襲い来る。元の世界ならどんな状況でも、解決するアテがいくらでもあった。しかし……。
「今度は何だよ〜! 一人ではしゃぐな!」
呆れ声のオズが玄関前までやって来た。
「ん?」
その場でしゃがみ込んでいる俺と、無様に上の部分がベロンと剥がれた靴を見て、オズは状況を察知したように、「はぁ〜……」と溜め息をついた。
……今はオズに頼む事しか、俺にアテは無い。申し訳無さと虚しさで、何も言えなかった。
「靴。それじゃ歩きにくいでしょ。ちょうど良いのがあるから、君にあげるよ」
「え⁉︎ 良いのか⁉︎ た、助かる!」
オズは左手の指をくるりと回す。すると、──小さな光と共に、光沢のある『銀色の靴』を出現させた。
「ほら。この靴は魔法で出来てるから、これからの長旅で絶対壊れないよ」
「す、すげー……。こんな、高級そうな……」
差し出されるがままに受け取る。とても乱暴な扱いが出来ない程、宝石の繊細な装飾が施された……。
「は、ハイヒール……」
「おしゃれでしょ!」
「履けるか──‼︎ 俺は男だぞ‼︎」
「別に、僕も履いてるし、ゲイエレットだって同じだよ。何が悪いの」
「言い方が悪かった! 全く履き慣れて無いのでこれは無理です!」
……本当は履いたら慣れるだとか、皆が履いているから大丈夫だとか、そういうのが問題では無い。俺個人の趣向の話だ。
「あぁそういう事ね。じゃ君に似合う、良い感じのデザインにしよう! どうしようかな〜? ピシッとした感じ? いや、キリッとした感じ。それとも〜……」
狭い玄関で、オズは俺の周りを、目が回りそうな程ぐるぐる回る。暫くして気が済んだのか、また正面に戻る。
オズは右手の指を、俺の持っている銀の靴に向かって、くるりと回す。
すると靴はぐにゃりとひん曲がり、みるみる形を変えて──。
立派な銀色のウイングチップシューズが出来上がった。
俺は驚愕し、歓喜の声を上げた。
「お、おおお‼︎ す、凄ぇ! こんなの、いかにもお高そうな、入店すら憚られる店でしか見た事無ぇ……」
「何言ってるか分かんないけど、とりあえず履いてみれば?」
銀の靴をそっと床に置いて、足を通してみる。履き心地はこの上無く最高だった。新品の靴は履き慣れるまで違和感があるものだが、これはそんなものを微塵も感じさせない。極上のフィット感。軽くて飛べそう。そんなシューズメーカーのあるあるな宣伝文句を一通り思いついたところで、俺はオズに向き直った。
「本当にありがとう。お、オズ……何でも器用だなぁ〜……」
「ふふん。その通り! 僕は何だって出来るんだ!」
得意げに腕を組むオズ。……では、そろそろ本題に入りたい。
「その、実はその優秀なオズ様に、またお願いがあるのですがぁ……」
「……は? 何?」
……分かってはいたが、オズはその一言で一気に不機嫌になった。俺はなるべく目を逸らさないようにしながら、言葉を続けた。
「えっとですね。この家なんですが、オズ様の魔法で家電類を稼働できる、なんていう事は可能でしょうか〜……?」
「……カデン?」
うぅ……。オズの魔法を請わずに生きていくと宣言した、マンチキン族とのやり取りがあった矢先に……。俺は何て欲深い奴なんだ。しかもこの感じ。オズは家電を知らないのだろう。その為一から説明しないといけないようだ。
「えっと、オズ。家電っていうのは……」
「あのさ‼︎」
俺はオズの声に、ギョッと肩をすくめた。
「さっきから、全部僕が何でもやってあげてるよね? それは確かに僕の善意だけど? でも流石にさぁ! 君は僕に何かしてくれる事は無い訳?」
「ぐっ……。まぁ、おっしゃる通りです……」
──しかし、何かオズの為になる事? ……この万能の魔法使いに、凡人の俺ができる事があるか?
オズは開いた手の平をすっと差し出した。
「何か面白いもの!」
「お、面白いもの?」
「君は別の世界から来たんでしょ? 僕の知らないような、面白い物を何か出してよ! そしたらそのカデンとかいうのも、何とかしてあげようじゃないか」
「き、急に無茶な……」
──とはいえ、インフラ復活の兆しが見えるのであれば……。
俺はおそらく何も無いであろう家の中から、お望みの物を物色することにした。
次回更新は 2/14(金)12:00 予定となります。
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