─16 行ってらっしゃい!
地面に寝転がるのは二回目だ。しかも同じ場所……。
「やれやれ……」
俺はよいしょと体を起こした。
オズはすぐ側に居て、城の反対側を遠い目をして眺めていた。
「向こうが南の魔女がいる土地なのか?」
「そうだよ。かなり遠い。迂回せず真っ直ぐ進んだら、森とか川とか、深い谷なんかもあるから、徒歩じゃ危険だね」
「そうか……。だからってさっきみたいに空飛ぶのは、今後何かあった時以外絶対嫌だからな……」
「僕もごめんだね。そもそもくっつくの嫌だし。途中で魔力無くなったら、そのまま真っ逆様でバラバラになっちゃうよ。シロー弱いんだから」
「何度かは護ってくれる体にはなってるはずだが……。考えりゃ分かるような事で魔法の力を無駄遣いするのは避けたい。……やっぱ地道に、歩いて行くしかないか」
「ま、僕は歩くの面倒臭くなったら飛んでいけるからいいか!」
「はぁ……」
人の事は余りにもお構い無しのオズに、少々疲れる自分がいる。しかし、こんな状況でも楽観的に、何とかなるなどと思えるのは、やはりこいつの能天気さのお陰だろうか。
──そうだ。何とかなる。いや、何とかするんだ。
俺もオズに並んで、南の方角を見通した。
「とりあえず真っ直ぐ南に向かうとして、途中で道が逸れたり、迷ったりでいつの間にか別の場所に……なんて事は起こらないか?」
「当然ありうる! 僕は基本的に方向音痴だからね! でもそれを解決する魔法は、もう随分前にかけてあるんだ!」
……方向音痴? 嫌な汗が垂れた。
「おい〜。今の聞き捨てならねぇぞ」
「──それ!」
オズが両手でパチンと音を鳴らす。すると、俺達の足元の土が、トランプのようにペラリと捲れた!
土の裏側から現れたのは明るい黄色の煉瓦だ。ペラペラと音を立てながら、次から次へと目線の先に道を作っていく。城を避けて南の方へ。まるで俺達を案内しているかのようだ。
「僕の行きたい方向に、この煉瓦の道がどんどん続いていくようになってる。分かりやすいだろ?」
「はぁ〜! 便利な魔法だな!」
こういう魔法は少しばかり、見ていて楽しい気分になる。奇想天外も悪くないものだ。
煉瓦の道が、目の前の広大な丘へ伸びて、一番先が目に見えない程になった所で──。
「よし、行くか!」
──俺は一歩を踏み出した。
腰のポーチが揺れる。勿論お前の事、忘れてないからな、トト。
──オズの力を取り戻して、トトに掛けられた魔法を解く。そして俺達は元の世界に帰るんだ。
「オズ様‼︎」
後ろから声がして、俺達は振り返った。
庭の一本道の中央に、少女、リンクが立っていた。そして──。
大人も子供も混じった、大勢のマンチキン族がこの庭に詰め寄っていた。
皆、妙にそわそわしていて、とても思い詰めたような顔をしているのが分かる。
その群衆の中から一人。長い髭を蓄えたよぼよぼの老人が、ゆったりとした足取りでリンクの隣まで歩いてきた。老人は目が開いているのかすら分からない、しわくちゃの顔をオズの方へ向けて、言った。
「貴方がこれから、旅立たれる前に……。私達はずっと、貴方に……」
ゴホゴホ、と老人は喉の詰まりに苦しげに咳をした。リンクは横で、優しく老人の背中を摩った。
「オズ様……私達は、貴方にずっと、助けられてきました……。感謝申し上げます。心から……。感謝を……」
老人は曲がった腰を更に深くかがめて、深々と頭を下げた。ぶるぶると震える体を、何とか杖で支えている状態だ。ふらりと体が前に倒れそうになるのを見て、俺は咄嗟に駆け寄ろうとした。──が、そこへ直ぐにリンクが支えになる。
リンクは老人の体を上手く体にもたれさせたまま、オズに向かって言った。
「オズ様。私達はずっと貴方に、お願いを叶えて貰ってばかりでした。沢山、沢山、我が儘を言ってきました。……何百年も、貴方にお願いを叶えて貰う為に、毎日お城に出かけて。いつの日かオズ様をお城に閉じ込めて、一人ぼっちにしてしまいました」
──リンクの目からぼろぼろと涙が溢れた。
「本当は自由になりたかったって、昨日オズ様がそう言ってたって、皆から聞きました。本当に、ごめんなさい。ごめんなさい……。ご、め……」
漏れ出す声が、言葉にならなくなってきたリンクに続いて、後ろの人々も老若男女関係無く、口々に言葉を放った。
「もう、我が儘は言いません」
「オズ様の魔法がなくても、ちゃんと皆で、何とか暮らしていけます!」
「だから」
「オズ様、また帰ってきてくれますか」
「僕達の王様。僕達にまた、会いにきてくれますか」
「私達を、まだ、見捨てないで、いてくれますか」
小人達全員の泣き声と嗚咽が、この場一帯の空気を揺らした。
俺は、ただそれを見ている事しかできない。
オズは数歩、皆の前に歩み寄った。
そして──高らかに叫んだ。
「ちゃんと帰って来るよ‼︎」
その声は湿った空気を一気に吹き飛ばした。ぴたりと声が止んで、一同の目はオズに釘付けになる。
「だから、安心して」
オズは、リンクと老人に近づいて、肩をそっと抱きしめた。
「……その時は、絶対泣いてるんじゃないよ」
緑に煌めくローブが、ばさりと翻る。オズは一切を振り切って歩み始めた。
俺は──。
「お兄さん」
リンクがか細い声で俺を呼んだ。
「オズ様を、よろしくお願いします」
「あ……あぁ」
涙をゴシゴシと拭いながら、俺の目をしっかりと見る。それに合わせて、後ろにいた一同も、静かに頷いては、鼻を啜っていた。
こんな小さい子が。そして、内心俺に複雑な心境を抱えているであろう彼らが、懸命に頼んでくれている。
それなら、俺はその気持ちを、決して無碍にしないように精一杯の事をしよう。そう。元よりそのつもりだ。
「リンク、俺は……シロウ。灰野シロウって、名前だ。またオズと一緒に、この城まで帰って来れるよう頑張るから。また会おうな」
「……! はい! シロウお兄さん!」
行ってらっしゃい! その声を振り向くまでの間に聞く。俺の後ろから数々の声援が耳に響いてくる。
もう随分と先の方まで進んでいるオズの代わりに、俺は一度振り返り大きく手を振った。
思い切り息を吸い、肺に酸素を大量に送り込む。そして、全速力で駆けた。
追い風が背中をぐんと押す。これ程まで気持ちのいい風を感じたのは、もう何年振りだろうか。
オズの元へ、そしてこの道の先へ。俺の人生が、真っ白から始まったような気がした。
次回更新は 2/13(木)12:00 予定となります。
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