─15 元に戻す方法 ③
「もう終わりましたよ」
声が聞こえて恐る恐る目を開けた時には、ゲイエレットは背を向けて、既に壇上の階段の前まで歩いていた。
──良かった。終わった。俺は深く息をついた。
横で信じられないものを見る目で俺を見ていたオズが、震える声で言う。
「な、何でシローはそんなに平気なの? キスが好きなの?」
「んな訳あるかー‼︎ こ、これは、こうする必要があったからであって、その……。いや、ま、嫌とかではないけど……」
「魔法の法則に従ったまで。私こそ、好き好んでこんな穢らわしい事をしたい訳ではない。──断じて!」
ゲイエレットは一際険しい表情で否定した。ゴニョゴニョと呟いた俺の言い訳は、バッサリと断ち切られた。
け、穢らわしいですか。そうですか。
……それはもういいとして。その儀式とやらを受けて、体感としては特に何も変化が無いような気がする。
謎の力が湧き上がってくる! だとか、心が透き通るように穏やかになり、とか、常に守りのベールが……という典型的なファンタジーな能力というものは全く感じない。
「ハイノ。これで貴方はある程度の防御魔力、魔力抵抗を得られました。貴方への敵意ある攻撃、突然の衝撃等に、怪我も無く耐えるでしょう。何らかの魔力による精神攻撃の行使も無効化されます」
「おお! それはまさに最強の能力!」
「ある程度の、ですよ。限度はありますからね。極力行動には注意なさい」
「は、はい……」
珍しく俺の心が躍ったのも束の間。決して油断はならないとの事だ。少し気持ちがしゅんとする。
効果については分かった。……しかしそれより気になる事が会話の中にあった。
「ん? ……ま、待ってください。野生の猛獣とか事故ならともかく、直接そんなやばい事をしてくる奴がいるんですか? というか、魔法を使えるのはオズと魔女だけだって聞いたけど……」
「魔女も全員が良い奴じゃ無いんだよ、シロー……」
「そうなのか……」
まだ色々と複雑な事情があるらしい。いくら都合の良い力を手にしたとしても、一筋縄ではいかないのはどこでも何でも一緒か。
「……って、そんな危険な魔女から、キスして魔力を貰うなんてそもそも可能なのか?」
「まぁ。力尽くになるだろうね。特に、『西の魔女』は僕の事が嫌いだから。道中何かしらのちょっかいを仕掛けてくるだろうし、対策とか考えとかないと。……あぁ〜! 先の事ばっかりで頭がいっぱいだよ! もう何も考えたく無い……」
「お前な……」
わしゃわしゃと髪をかき乱しながら、勝手に文句を言っているオズ。本当にこいつは……。事の発端は誰だったのか、再度懇々と言ってやりたくなる気持ちが非常に分かる。
とにかく、注意するべきは『西の魔女』か。
それって──と、聞くまでもなく、ゲイエレットはそいつについての言及を始めた。
「……西の魔女は、昔からオズの王の座を狙い続けている、非常にしたたかな魔女です。今はオズの魔法によって、この地に足を踏み入れる事が出来ずにいる。その為、昨日起こった事についての把握はできていないものと思われます。しかし、貴方達はこれから先、西にある彼女の領地に、自ら出向かなければならない。その時に彼女がどう出るか、予測は困難を極めますね」
「思ったより危険度高いな……」
王の座を狙っている、か。今のオズの状態を知られると、この好機を逃すまいと躍起になられる可能性がある。それは絶対に避けたいところだ。
「オズ。もう一度言いますが、必ずハイノの身の安全を一番に考えるのですよ? それと、無闇矢鱈に魔法を使わない事です。肝に銘じなさい」
「だから〜、言われなくたって……」
話半分で聞いている素ぶりのオズを見る、ゲイエレットの目が鋭くなった。
「きちんと、現状を把握なさい。貴方はこの国の王。国と民を護る者。今はかつての力の大半を失い、その上護るべき者がまた一人増えました。ハイノを護り、この者との約束を違えない事。これを誓いなさい」
「……」
「この者はただの人間です。この世界に存在する『人ならざる者』以外は死ねば皆、その魂は塵と化すのです。みすみすこの者が死んでも構わないとお思いですか?」
「そんな事思ってない! ……死なれたら、約束が守れない。……それに、目覚めが悪い」
「──……もう少し早くそれに気づいて欲しかったですね」
ゲイエレットはそう言って、壇上への階段を昇った。
ぽつりと置いてある椅子にゆっくりと腰掛けたゲイエレットは、一つため息を吐いて俺達に告げる。
「無意味に魔法を使い過ぎるとどうなるか。一定の限界を超えると、魔力を回復させる為に突然動けなくなる。つまり眠ってしまうのです。現に、私も意識を保っているのが限界の状態です。貴方達に魔力を分配した事と……オズ。分かっているとは思いますが、貴方の魔法のお陰で、ね」
オズはゲイエレットから顔を背けた。まだ何らかの確執があるらしい。今はそっとしておこう。
……オズの魔法も、今は無限では無いらしい。昨日も『叶えた魔法を戻す』というのが出来なかった。それは普段使う魔法とは、また違う特別な力なんだろうが。そのお陰で、トトはぬいぐるみのままだ。
──しかし、今出来ない事を咎めたってどうしようもない。考えるのはこれからどうするか。それだけだ。
俺はオズと目を合わせた。
「もし道中敵に襲われた時。一番の頼りになるオズが、咄嗟に魔法が使えない状態なのはまずい。魔法を使うタイミングは、出来れば一緒によく考えていきたい。……それでも良いか?」
「うん。僕もそうしたい。……君との約束、時間かかりそうで、ごめんね」
「……いいよ! 俺はゆっくりで良い。まぁ、焦らず慎重に行こうぜ!」
「……暑苦しいやつ」
意見を交わし、オズの表情は幾分か朗らかになった。ほんの少しだけ仲が深まったかな、などと思った。
壇上のゲイエレットの方へ向き、今後の方針についての指南を仰ぐ。
「……俺が思うに、西の方へ直行ってのは、絶対避けたほうが良いと思う……。そうすると、まず最初は何処へ向かったら良いんですかね」
「南の領地です。『南の魔女』グリンダという者がいます。彼女は私と同じくらいは良識のある魔女ですので、心配はありません。まず、彼女に会いに行きなさい」
「良識ねぇ……」ぼそりとオズが言ったのを「今何か?」と、魔女は聞き逃さなかった。
……さっきから無駄に険悪になるのマジでやめてくれ。この二人は、ほとほと相性が悪いようだ。
「では、行き先が決まった所で、オズ。最後に貴方に言っておかなければならない事があります」
「まだ何かあるの〜?」
うんざりとしているオズに、──彼女は、嗜めるような、慈しむような目をして、静かに言った。
「──本来、起こった事は二度と覆らないのですよ。叶えた魔法も、過ぎた時間も、一時の感情も、何もかも。しかし、貴方は神の力により、それらを戻す事が許されていた。──『過去のやり直し』という不可能を可能にする力を持っていた」
ゲイエレットは、自身の懐から一本の杖をゆっくりと取り出した。
「後悔の無いよう、考え尽くしなさい」
杖は俺達に向けられた。
「取り返しのつかない事にならないよう、全身全霊で挑みなさい」
杖の先で輝き始めた光が、俺達の体を照らす。
「今一度、自分自身を見つめ直しなさい」
周りの空気が、光の一点へと吸い込まれていく。
「──彼と共に。どうか、良い旅を」
突風が、前から襲い来る。
「──それではまた、ごきげんよう」
微かに聞こえたゲイエレットの声を残して、俺達はまた、──城の外へ放り出されたのだった。
次回更新は 2/12(水)12:00 予定となります。
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