─14 元に戻す方法 ②
ゲイエレットは静かにオズから身を退いた。ぽかんと口を開いたままのオズは、石像のようにピクリとも動かない。彼女の方はというと、特に動じる様子も無いようだ。冷静かつ端麗な顔立ちで佇んでいる。
……いや、なんで今、き、き、キスし──。
「うギェああああああああ────────‼︎」
猛獣の悲痛な雄叫びが、俺の鼓膜を揺らした。耳を抑えるのが遅かった……。頭がガンガンする。
「──〜〜ッ‼︎ うるせぇよ‼︎ 真横で叫ぶんじゃねぇ‼︎」
「な、何を……何をしたゲイエレットオオォ────‼︎」
その表情は、昨日一番に怒り狂った時とほぼ一緒だった。オズは唇を手の甲で、何度も何度も擦り続けている。まるで世界一汚いものを拭い去ろうとしているような勢いだ。
「そ、そんなに嫌なのか? その、キス……」
「そ・ん・な・に⁉︎ 僕は許可無く身体を触られるのが大ッッ嫌いなんだよ‼︎ それを……よくも、キスなんてもっての他だ──‼︎」
火山が噴火したような拒否反応を示す。まあ、一般的にも決して気持ちの良いものでは無いよな。とりあえず納得がいった。
その様子をここまで黙って見ていたゲイエレットが、ふ、と息を吐いた。
「ではこれからの旅は、貴方にとって非常に辛いものになるでしょうね。しかしこれが『魔法継承の儀式』なのです。まぁ、早く慣れるといいでしょう」
「な、何────────⁉︎」
「こ、これが、儀式? 意外とあっさりしてるな……」
「他人事だと思ってぇ‼︎」
「わ、悪い悪い……」
またもや何とも、ファンタジーチックなルールだ……。という事はこれからの旅で、残すところ三人の魔女から同じようにして継承しなければならないらしい。
しかし、オズがここまで嫌悪するものを、自ら求めていかなければならない定めだというのは……あまりにも酷じゃないか?
オズは今だに落雷にでも打たれたかのように、ショックを受けて撃沈している。……本当に嫌なんだな。
俺は少し同情めいたものを感じた。──何とかしてやれないものか。
──そうだ! 俺は右手をまっすぐに上げ、ゲイエレットの目を引いた。
「ちょっと待ってくれゲイエレットさん。その、き、キス以外で解決できないものなのか? その儀式とやらは」
妙な運用方法ならもう一度考え直す。ルールメイキングは大事だろう。適用されるかどうかは案を出してみない事には分からない訳で。
「できません。現状では魔法の法則はこうだと決まっている。別の方法に変えるなど不可能です」
うっ。速攻で否定された。会社の上司かよ。
「た、例えばこう、光に力をぐわ〜〜ッ、と集中させて、それをオズにぶつけるとか……」
「できません」
「握手とか、ハグなんかじゃ駄目かな」
「駄目ですね」
「く、唇どうしじゃ無くてもいいんじゃないか? せめて頬とか、首。いや、首はちょっと、何か……。と、とりあえず他の所で……」
「他の場所ですと……あるにはありますが、更に悍ましいことになりますよ。それはオズにとってよろしいのですか? 例えば、『性……」
「いやそれはダメ絶対‼︎」
俺は即座に彼女の言葉を遮った。……まさか更に上をいくとは。いや、下か。
次の代案を頭で練る。しかし上手い閃きはなかなか降りてこないものだ。
うんうん唸っていると、いつの間にか我に返っていたオズは、押し殺した声で言った。
「もう、いいから。シロー。……ありがと、色々考えてくれて」
「! あ、あぁ。ごめん……他に案が浮かばなかった」
「いいよ。……ちゃんと我慢する。それでいいだろ」
「そうか。その、頑張れ。としか言いようが無い」
これで話は一旦落ち着いた。
ん? 今名前を初めて呼ばれたような?
ふいに、ゲイエレットが俺に手を伸ばした。
「さて、次は貴方の番です」
「「え」」
俺とオズの声が揃った。お、俺も?
すかさずオズは俺とゲイエレットの間に割り込む。
「何でシローに魔力を渡す分が残ってんのさ⁉︎ も、もしかして僕にくれたのって……」
「貴方に差し出したのは、私の今持てる魔力の半分です。残りはハイノに。この手段を講じる上で、私が最初に決断した事です」
「は⁉︎ 納得いかない‼︎ それじゃ人数分揃わないじゃないか‼︎」
確かに。ゲイエレットは四人の魔女の力を合わせる必要がある、と言っていた。彼女の分が半分だと足りない、事になるのか? どういうことだ。
「魔女は残り三人。私の半分を補うのは、砂漠に居る貴方の精霊で足りるでしょうかね」
「ゲェ⁉︎ あいつから⁉︎」
魔女では無く、精霊から、という別ルートがあるらしい。つまり重要なのは、特定の人物から貰う事では無く、総量だという事だ。
「や、ヤダヤダヤダヤダいやだ‼︎ あいつに頼むなんて一番無理だ────‼︎」
オズは最近の子どもでもそこまでしない程の地団駄をかまして暴れ始めた。そこまでの精霊って一体どんな奴なんだ……?
「どうしてハイノに魔力の分配が必要なのか、説明しましょうか? この道すがら、貴方がくだらない事で目を逸らしている隙に、この者に何かあってはいけないでしょう。貴方にはその点の信用が一切無いのです」
「ち、ちゃんと見とく! 危なく無いように、紐でも付けとくから!」
「俺はペットか!」
……心境は複雑だ。しかし危険がある以上、この配慮は素直に受け取っておいた方がいいだろう。オズの、そういう面での何とも言えない頼り無さは、薄々分かってきていた。
ゲイエレットはオズの言葉を無視して俺に向き直った。うわ。ついに、俺に……。
自分より遥かに背の高い(二メートルは優に超える)彼女が目の前に立って、俺の体に影を作った。
よくよく見ると、かなりの美人だ。これが美魔女ってやつ? オズと同じく、目が宝石の輝きを放っていて、ダイヤモンドに近い。唇は薄い桃色で、艶があって……。
うぅ、今更ながら、照れが勝ってきた! じわりと汗が滲み、顔が熱くなるのを感じる。
──俺は覚悟を決めて目を固く閉じた。
音も無く、触れるか触れないかの柔らかい感触が、唇に伝わった。
次回更新は 2/8(土)12:00 予定となります。
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