─11 初めまして ①
朝の光が部屋いっぱいに広がる。じわりとした温かさと、すうっと頭が冴えるような感覚がした。
まだ完全な覚醒をしないものの、俺は手探りでスマホを探した。
──スマホが無い。でも朝だ。起きなきゃ。用意しないと。
「……会社」
ぼんやりと目を開けると、一瞬目に差し込んだ朝日は人影によって遮られた。
「カイシャって何さ?」
──オズ。宝石のような輝きを持つ瞳が、じっと俺を覗き込んでいる。
そうだ。俺、昨日からこの変な世界に来てて、魔法使いだとかいうこいつと会って、それで……。
今自分は元の生活とは無縁の、異世界とやらに来ているのだ。
目の前の常人には程遠い人間(人間ではない?)が無遠慮に俺の寝床に居座っているのを見て、やっと記憶の整理が出来始めた。
ふと視線が、オズの目から首へ、体へ、足元へ引っ張られる。
瞳の緑の次に見た色は……透き通るような薄橙の──。
「全裸だ────────‼︎」
「うるさいな。下着ぐらい履いてる」
「下着の役割果たしてねぇだろその面積は‼︎」
オズはほぼ全裸(端切れ同然のパンツ一丁)で、白いシーツを頭から被りリビングをうろついていた。 そして俺の中のとある認識が覆る程の、華奢で陶器のようなスベスベの体を見て、俺は大いに取り乱した。
待て‼︎ 俺は昨日までオズは男だと思っていたんだが、実は女だったとか?
そうだ。あまりにも胸元やらヘソやらが出ている服を着ておきながら、やたらとバタバタ動き回るもんだから……。自然とデリケートな部分が視界に入らないように気を遣っていたんだ。
もしかして、俺は非常にまずい状況にあるのでは?
狼狽える俺を全く気に掛けずに、部屋中をうろちょろするオズ。
……今後の生活に関わる重要な事だ。決して何らかの間違いがあってはならない。
全くもって失礼だが、あの布切れ越しにソレを象徴するモノが果たして確認できるかどうか──。
俺は隙を見てチラリと目をやった。
な、無い……! いや、無いように見えるだけ? いや、あるような気がする。いや、やっぱり──。
突然、顔面に固い物がぶっ飛んで来た。
「ジロジロ見るな鬱陶しい‼︎」
「いっっっっ……てぇ……す、すまん、本当に、ごめんなさい」
コロン、と丸いリンゴが布団の上を転がる。鼻の頭を抑えながら、結局判別がつかなかった事にモヤモヤを抱えた。
ふぅ、とため息をついて、枕元のポーチを手に取る。
「おはよう、トト。はぁ、最悪の朝だ。昨日より酷いかも」
当然返事は無いが、こんな状態でもトトはちゃんと聞こえていると思っている。俺はポーチから取り出したトトのぬいぐるみの頭を撫でた。
「僕よりトトへのおはようが先かぁ! ふん! さっさとソレ食べちゃってよ!」
そう言うオズは、もう既に昨日と同じ服を着ていた。
──良かった。もうどっちでもいいからとにかく服を着ておいてくれ。頼む。
「食べる食べる。……そしたら、この後はすぐ城の方に行くんだよな?」
「そうだよ。ゲイエレットの有難いお言葉を頂戴しにねぇ……」
本当に渋々、といった様子で肩を落としているオズを尻目に、俺はさっさと朝食をいただく事にした。
少し硬めのパンだ。昨日食べてたらもうちょっと柔らかかったかな?
ジャムは保存ができるか怪しいし、せっかく貰ったのに、残り物が腐ったりしたら勿体無いのでたっぷりとパンに塗りたくった。そして一口。──美味い!
手作りのジャムパンは、コンビニの味を遥かに凌駕する。これは間違いない。
瓶に入ったミルクは体を傾けて一気に飲み干した。……ん?これ牛乳じゃないな。多分山羊だろう。凄く癖があるというか、野生みが強い……というか、好みが分かれるやつだな。俺は結構好きだ。
「……不思議だね。物を食べてるだけなのに、そんなにコロコロ表情を変えてさ」
「そ、そんな顔に出てたかよ。でも俺自身、実は飯に色々感じたりするのは久々でさ。びっくりしてる」
「今まで何食べてきたの?」
「……いや、何だったんだろうな。ちょっと思い出せない」
「……砂か何か噛んでたんじゃない? そんなだったらもう何も食べない方がマシじゃないか」
「いやこちとらそういう訳にもいかねぇだわ……」
人が生きてく上で重要な食事という行為を、オズは興味が無いの一言で済ませられる。その為、若干話が合わないところがある。
……かと言って、俺も今までちゃんと飯を食ってきたのかと言われるとそうでもない。
この世界に来たショックが原因で記憶が曖昧ではあるが、元の世界では飯は二の次で生活をしてきたという事を思い出してきている。
こうやって朝起きて、ちゃんとした飯を食べて、今日やる事を考えて……。といった、きちんと順序立てた生活を続けていく内に、元の世界に戻る頃にはまともに物事の分別が付くようになるのだろうか。
──まともって何だろう。
「ま、いいや。君も食べ終わったんなら支度しなよ。今日の話の方が絶対ややこしいぞ?」
「あぁ。そうだな」
俺は洗い物をとりあえず台所の片隅に置いて、トトのポーチをベルトに取り付けた。
玄関に回って靴を履く。
……うぉ、そういや靴、もうボロボロだな。こういうのってどこで買い変えればいいんだろう。そもそも買えるのか? 元の世界の金なんかここじゃ通用しないよな。
頭の中でぐるぐると思考を巡らせた。
「何ぼーっとしてんのさ! 早く開けて!」
「……へいへい」
我が儘な王様? 女王様? に従って、扉を開ける。
──目の前にはマンチキンの子供が大勢……。全ての目が俺に集中した。
「あの、オズ様ですか?」
──デジャヴ!
「オズ様すげー! 背、高ーい!」
「オズ様! 初めまして!」
「オズ様〜! 何でお城の外に来てくれたの?」
子供達はオズだと思い込んだ俺に、一斉に話しかけてきた。待て待て、と宥めても聞かない彼らは、更にグイグイと詰め寄ってくる。
「オズは僕だよ」
俺の前に、オズが歩み出る。
そして左手を大きく広げると、子供達の目の前であっという間に俺の家を消してみせた。
子供達の表情がみるみる明るくなり、小さな瞳が輝き出し──。
「「「消えた────‼︎ 魔法だ────‼︎ オズ様だ─────‼︎」」」
「うわ⁉︎」
子供達は一斉に駆け出し、オズへ飛びかかっていった。俺は瞬時にその場から横へジャンプし、巻き込まれるのを回避した。危ない所だった……。
離れろ! 触るな! と喚くオズとひっつき虫達を横目に、これはどうした事かと頭を悩ませていると。
「みんな連れてきたんです! 私が!」
昨日のマンチキンの女の子が、えへんと胸を張って俺に声を掛けてきた。
次回更新は 1/29(水)12:00 予定となります。
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