─10 異世界で初めての暮らし ②
オズの言う通り草木のある場所には、あちこちに食べられそうな果物が実っていた。
「なんか、この状況にあつらえたかのように生えてるのは何なんだ……」
青々と茂る木に、見た感じリンゴのような果実がある。それにしては見事にまん丸な形をしているが、品種が違うんだろう。不思議に思いながら一つ頂戴した。
「あの」
──ふいに後ろから声を掛けられた。
振り向くと、一人のマンチキン族の少女がいた。先程の都で遠くの方からこちらを見ていた子だというのは、髪型や服装ですぐに分かった。
じっと俺の姿を、つぶらな瞳で観察している。
さっきからずっと俺達に付いて来てたのか?
──うっ! まずい。
俺はもいだリンゴを背後へ隠した。
……もしかしたらこの木を育てていた家の人かもしれない。勝手に盗んだとなればどうなるか……。何せ俺には余罪? がある。
──そうだ!
「あ、あの、すみません〜! えっと、オズ……様が、お腹が空いたと言っていたので、リンゴを貰おうと思ったのです! 何も言わず取ってしまって申し訳な……」
──ぐぅ。
俺の腹の音が全てを台無しにした。……そんなベタなやつがあるか。
「オズ様は、お腹が空いているのですか? その、お兄さんも……」
少女はおどおどとしながら尋ねる。俺の事も察してくれて、意外と話ができる事に少し安堵した。
「そ、そう! 今とても腹ペコで、オズ様も、俺も?」
「そ、そうなのですね! それは大変です! 分かりました! ではここで待っていてください!」
元気よく大きな声で言った少女は、一目散にマンチキンの家の方へと駆け出し、姿を消した。
ここで待っていてください……って言ったか? 話の流れから、俺達の腹の足しになる食べ物を持って来てくれる。そういう事だろうか。とても親切な少女だ。
俺は言われた通り、しばらく待つ事にした。
その間にリンゴをひと齧りしてみる。
それはしっかり熟していてとても甘く、ついでに喉も乾いていたのも完全に潤してくれた。今まで食べた中で一番美味く感じたリンゴだった。
一つでも十分な満足感だったが、とりあえずもう二つもいでおく。
それからはとにかく食えそうな物を手当たり次第探す。
少し茂みに入り木苺のようなものを採取して、水場を見つけて顔を洗った。木の合間を伝っている虫を見ながら、これは最終手段だと自分に言い聞かせたりして……。とにかくひたすら時間を潰してみた。
「ん、そろそろ戻るか」
少し日が落ちたようだ。あの少女は──ついに帰ってこなかった。
黙って帰ってしまっても、仕方が無い、よな……。後ろめたい気持ちはあるが、俺はとりあえず家の中に戻る事にした。
玄関のドアを開ける。夕暮れ時という事もあり、部屋の中は少し薄暗い。俺は電気スイッチをパチリと押した。──明かりが点かない。
いや当たり前だ‼︎ 電気通ってねぇんだから‼︎
どうする? 夜は真っ暗か。月明かりなんかで足元くらいは分かるか? というか水道! 風呂! 洗濯は? トイレは……どうにかなるとして。
元の世界の生活に関するあれこれを思い出す。
もっと昼間にできる事あったな……。
現代社会に慣れ切った証拠か。いや、こんな状況、予測なんて不可能だが。何にせよ、後悔先に立たずだ。
「声もなくバタバタしないでよ」
「うお⁉︎」
いつの間にか俺の側にオズがいた。びっくりした……。
「いや、オズ。食べる物はまあまあ見つけたんだけどさ。俺の家、明かりが無いとか、水周りの事とか……。その他諸々、力添えをしてもらいたい事が山積みなんだけど……」
「えぇ? まだ何かしてあげないとなの? もういいじゃないか今日は。このまま寝なよ」
面倒臭そうに言い放ち、オズは寝室の方へ帰っていく。
「そ、そうだな。確かに色々あって疲れたし……早めに休むか」
俺は荷物を台所に置き、オズの後を追った。しかし、寝室の入り口手前で、オズに歩みを止められる。
「僕の部屋なんだけど? 何付いて来ようとしてるの? 一緒に寝たいの? 絶対嫌なんだけど?」
そうだ……。ここだけもう俺の部屋じゃ無くなってたんだ。疲れが滲み出した溜め息をつく。
「誰が一緒に寝るか。せめてそのでかいベッドの下の粗末な布切れを寄越せってんだよ」
「あぁ、これね。どーぞ」
そっけないオズの声の後、俺に布団が勢いよく覆い被さる。視界が奪われた状態で、寝室のドアが乱暴に閉まる音を聞いた。
この暴君め!
俺はもやもやしつつ、布団をリビングの真ん中に広げる。枕元に、トトが入ったポーチも置いて、ふうと溜め息をつく。
「……本当に、色々あったなぁ」ポツリと呟いた。
窓の外を見ると、空はもうすっかり暗くなっていた。しかし、満天の星がはっきりと輝いていて、部屋を充分な程明るく照らしていた。
澄んだ空気の場所はこうした空が見える。そんな話を何処かで聞いた事がある。まさにそれだった。
──ゴトッ。玄関から物音がした。
驚きのあまり一瞬体が硬直し、俺はドアの向こうを注視する。しかし、外から声を掛けられる事も無く、何者かはすぐに走り去ったようだ。──多分、あの子だ。
外に出てみると、人影はもう見えなかった。
代わりに家の前に籠が置いてあり、中には何やら白い液体の入った瓶。パンが数個。しかもご丁寧にジャムまで入っている。
きちんと約束通り、持って来てくれたんだ。
あの子の心遣いに、俺はただただ感謝した。
──そうだ。あの子、オズの事を気にかけていたようだったな。きちんと伝えた方がいいだろう。
俺は籠を持ったまま、オズの部屋のドアをノックした。
「何?」中から返事があった。
「いや今、昼間すれ違った女の子がさ、俺達にわざわざ食糧持ってきてくれてさ。……せっかくだからお前も一緒に……」
「いやいい。僕は要らない。君が全部食べな」
あ、そうだ。食べなくていい体だと、さっきそう言っていたな。
「そっか。じゃあこれは遠慮なく貰っとく。でもあの子、オズの事一番に心配してたぞ。その気持ちは汲んでやってもいいだろ?」
ゆっくりドアが開いた。オズは無表情で、じっと籠を見る。
「一個だけ食べる」
パンを一つ手に取り、匂いを嗅いだ。
「なぁ。ちょっと話さないか?」
オズは俺の顔をちらと見て、パンを頬張りながら頷いた。
腰掛ける椅子も無い為、俺達は壁に寄りかかって座った。
「……オズは、何か思い詰めてたのか? 朝方の話じゃ死がどうとか、自由になりたいとか言ってただろ」
「……君に関係ない」
「確かに、俺には関係ないけど……。吐いて楽になるなら話してくれたら、さ。聞く事くらいはできると思って。まぁ、そんなんで解決にはなんないだろうし、言いたく無いならそれでもいいけど」
オズは少し考えて、ポツポツと断片的に吐露し始めた。
「みんなの願いを、叶えてたんだ」
「願い? 魔法でか?」
「そう。でも、みんなの願いはくだらないものばっかりで……」
オズは顔を伏せて身を縮こまらせたたまま続けた。
「それ以外にも色々あって、積み重なった気持ちが爆発して、全部嫌になった」
だから、死にたいって? 何かそれだと弱いような。思うところはあるが、黙って聞き続けた。
「君が城で言ってた通り、僕は今までにも癇癪起こして散々やらかしてきたんだ。思い付きでやった事が全部裏目に出て。やらなきゃよかったって後悔して。それで……」
頭に浮かんだ事を言葉にして吐き出しているようだ。俺が悪態ついた事もちゃんと覚えている。オズが気にしていた事を、俺は図らずも指摘してしまったようで、少し反省した。
「そうか。色々あった、か」
少し静かな間があり、オズはパンを食べ終えたと同時に立ち上がる。
「パン、ありがと。もう寝るから」
「そっか。……またあの子に会えたら、お礼を言おうぜ。俺も言いそびれたし、一緒にさ」
「……そうだね。会えたら。……でも、あんな事があってからじゃ、きっともう会いたく無いと思うよ。皆……僕の事怖がってたし」
「いや、そんな事……」
オズは俺に背を向けて、足早に部屋へ戻っていった。
ドア越しに、俺は声を掛けた。
「これから付き合い長くなるしさ。少しずつでもいいからお前とゆっくり話がしたかったんだ。……明日もよろしくな」
返事は返って来なかった。だがそれでもいい。
俺も疲れたけど、オズも俺に魔法を使ってくれたり、内心は相当気を遣ってたはずだ。お互い、後はゆっくり休もう。
五百年という歳月を生きてきた、という会話を思い出す。どうやって、どんな気持ちで過ごしていたか、俺は何一つ知らない。ましてや励ますなんて、次元が違いすぎて何とも言えないところだ。
しかしこれからの生活で、今より少しでも心を開いてくれるようになったら。俺の事もちゃんとあいつに伝えたり、理解を深めていけば。
俺達はもっと仲良くやっていける。そんな希望はまだ、持ち続けたい。
布団の中に潜り、目を瞑る。すると、俺の脳や体全てが、瞬時にまどろみに落ちていく感覚がした。
普段なら明日への不安や焦燥感で、かなり寝付きが悪かったはずだ。
そんな記憶も、思い出そうとしては、真っ暗な空間に、徐々に、飲み込まれていく──。
完全に俺の意識が夢の中へ旅立つ。──その直前に、俺は手にふわりとした感触がしたのを朧げに感じていた。
次回更新は 1/25(土)12:00 予定となります。
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