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オズの世界の歩き方  作者: 藍沢
【第一章】 ようこそ 大魔法使いの国へ
11/46

─10 異世界で初めての暮らし ②

  オズの言う通り草木のある場所には、あちこちに食べられそうな果物が実っていた。

「なんか、この状況にあつらえたかのように生えてるのは何なんだ……」


 青々と茂る木に、見た感じリンゴのような果実がある。それにしては見事にまん丸な形をしているが、品種が違うんだろう。不思議に思いながら一つ頂戴した。


「あの」


 ──ふいに後ろから声を掛けられた。


 振り向くと、一人のマンチキン族の少女がいた。先程の都で遠くの方からこちらを見ていた子だというのは、髪型や服装ですぐに分かった。

 じっと俺の姿を、つぶらな瞳で観察している。


 さっきからずっと俺達に付いて来てたのか?

 ──うっ! まずい。

 俺はもいだリンゴを背後へ隠した。


 ……もしかしたらこの木を育てていた家の人かもしれない。勝手に盗んだとなればどうなるか……。何せ俺には余罪? がある。

 ──そうだ!


「あ、あの、すみません〜! えっと、オズ……様が、お腹が空いたと言っていたので、リンゴを貰おうと思ったのです! 何も言わず取ってしまって申し訳な……」


──ぐぅ。

 俺の腹の音が全てを台無しにした。……そんなベタなやつがあるか。


「オズ様は、お腹が空いているのですか? その、お兄さんも……」


 少女はおどおどとしながら尋ねる。俺の事も察してくれて、意外と話ができる事に少し安堵した。


「そ、そう! 今とても腹ペコで、オズ様も、俺も?」


「そ、そうなのですね! それは大変です! 分かりました! ではここで待っていてください!」


 元気よく大きな声で言った少女は、一目散にマンチキンの家の方へと駆け出し、姿を消した。


 ここで待っていてください……って言ったか? 話の流れから、俺達の腹の足しになる食べ物を持って来てくれる。そういう事だろうか。とても親切な少女だ。


 俺は言われた通り、しばらく待つ事にした。

 その間にリンゴをひと齧りしてみる。


 それはしっかり熟していてとても甘く、ついでに喉も乾いていたのも完全に潤してくれた。今まで食べた中で一番美味く感じたリンゴだった。

 一つでも十分な満足感だったが、とりあえずもう二つもいでおく。

 

 それからはとにかく食えそうな物を手当たり次第探す。

 少し茂みに入り木苺のようなものを採取して、水場を見つけて顔を洗った。木の合間を伝っている虫を見ながら、これは最終手段だと自分に言い聞かせたりして……。とにかくひたすら時間を潰してみた。


「ん、そろそろ戻るか」

 少し日が落ちたようだ。あの少女は──ついに帰ってこなかった。

 

 黙って帰ってしまっても、仕方が無い、よな……。後ろめたい気持ちはあるが、俺はとりあえず家の中に戻る事にした。


 玄関のドアを開ける。夕暮れ時という事もあり、部屋の中は少し薄暗い。俺は電気スイッチをパチリと押した。──明かりが点かない。


 いや当たり前だ‼︎ 電気通ってねぇんだから‼︎


 どうする? 夜は真っ暗か。月明かりなんかで足元くらいは分かるか? というか水道! 風呂! 洗濯は? トイレは……どうにかなるとして。

 元の世界の生活に関するあれこれを思い出す。

 もっと昼間にできる事あったな……。

 現代社会に慣れ切った証拠か。いや、こんな状況、予測なんて不可能だが。何にせよ、後悔先に立たずだ。


「声もなくバタバタしないでよ」

「うお⁉︎」


 いつの間にか俺の側にオズがいた。びっくりした……。


「いや、オズ。食べる物はまあまあ見つけたんだけどさ。俺の家、明かりが無いとか、水周りの事とか……。その他諸々、力添えをしてもらいたい事が山積みなんだけど……」

「えぇ? まだ何かしてあげないとなの? もういいじゃないか今日は。このまま寝なよ」

 面倒臭そうに言い放ち、オズは寝室の方へ帰っていく。

「そ、そうだな。確かに色々あって疲れたし……早めに休むか」


 俺は荷物を台所に置き、オズの後を追った。しかし、寝室の入り口手前で、オズに歩みを止められる。


「僕の部屋なんだけど? 何付いて来ようとしてるの? 一緒に寝たいの? 絶対嫌なんだけど?」

 

 そうだ……。ここだけもう俺の部屋じゃ無くなってたんだ。疲れが滲み出した溜め息をつく。


「誰が一緒に寝るか。せめてそのでかいベッドの下の粗末な布切れを寄越せってんだよ」

「あぁ、これね。どーぞ」


 そっけないオズの声の後、俺に布団が勢いよく覆い被さる。視界が奪われた状態で、寝室のドアが乱暴に閉まる音を聞いた。

 この暴君め!


 俺はもやもやしつつ、布団をリビングの真ん中に広げる。枕元に、トトが入ったポーチも置いて、ふうと溜め息をつく。


「……本当に、色々あったなぁ」ポツリと呟いた。


 窓の外を見ると、空はもうすっかり暗くなっていた。しかし、満天の星がはっきりと輝いていて、部屋を充分な程明るく照らしていた。

 澄んだ空気の場所はこうした空が見える。そんな話を何処かで聞いた事がある。まさにそれだった。


 ──ゴトッ。玄関から物音がした。


 驚きのあまり一瞬体が硬直し、俺はドアの向こうを注視する。しかし、外から声を掛けられる事も無く、何者かはすぐに走り去ったようだ。──多分、あの子だ。


 外に出てみると、人影はもう見えなかった。

 代わりに家の前に籠が置いてあり、中には何やら白い液体の入った瓶。パンが数個。しかもご丁寧にジャムまで入っている。


 きちんと約束通り、持って来てくれたんだ。

 あの子の心遣いに、俺はただただ感謝した。

 

 ──そうだ。あの子、オズの事を気にかけていたようだったな。きちんと伝えた方がいいだろう。

 俺は籠を持ったまま、オズの部屋のドアをノックした。


「何?」中から返事があった。

「いや今、昼間すれ違った女の子がさ、俺達にわざわざ食糧持ってきてくれてさ。……せっかくだからお前も一緒に……」

「いやいい。僕は要らない。君が全部食べな」


 あ、そうだ。食べなくていい体だと、さっきそう言っていたな。


「そっか。じゃあこれは遠慮なく貰っとく。でもあの子、オズの事一番に心配してたぞ。その気持ちは汲んでやってもいいだろ?」


 ゆっくりドアが開いた。オズは無表情で、じっと籠を見る。

「一個だけ食べる」

 パンを一つ手に取り、匂いを嗅いだ。


「なぁ。ちょっと話さないか?」

 オズは俺の顔をちらと見て、パンを頬張りながら頷いた。

 

 腰掛ける椅子も無い為、俺達は壁に寄りかかって座った。


「……オズは、何か思い詰めてたのか? 朝方の話じゃ死がどうとか、自由になりたいとか言ってただろ」

「……君に関係ない」

「確かに、俺には関係ないけど……。吐いて楽になるなら話してくれたら、さ。聞く事くらいはできると思って。まぁ、そんなんで解決にはなんないだろうし、言いたく無いならそれでもいいけど」


 オズは少し考えて、ポツポツと断片的に吐露し始めた。


「みんなの願いを、叶えてたんだ」

「願い? 魔法でか?」

「そう。でも、みんなの願いはくだらないものばっかりで……」

 オズは顔を伏せて身を縮こまらせたたまま続けた。


「それ以外にも色々あって、積み重なった気持ちが爆発して、全部嫌になった」


 だから、死にたいって? 何かそれだと弱いような。思うところはあるが、黙って聞き続けた。


「君が城で言ってた通り、僕は今までにも癇癪起こして散々やらかしてきたんだ。思い付きでやった事が全部裏目に出て。やらなきゃよかったって後悔して。それで……」


 頭に浮かんだ事を言葉にして吐き出しているようだ。俺が悪態ついた事もちゃんと覚えている。オズが気にしていた事を、俺は図らずも指摘してしまったようで、少し反省した。


「そうか。色々あった、か」


 少し静かな間があり、オズはパンを食べ終えたと同時に立ち上がる。


「パン、ありがと。もう寝るから」

「そっか。……またあの子に会えたら、お礼を言おうぜ。俺も言いそびれたし、一緒にさ」

「……そうだね。会えたら。……でも、あんな事があってからじゃ、きっともう会いたく無いと思うよ。皆……僕の事怖がってたし」

「いや、そんな事……」


 オズは俺に背を向けて、足早に部屋へ戻っていった。

 ドア越しに、俺は声を掛けた。

「これから付き合い長くなるしさ。少しずつでもいいからお前とゆっくり話がしたかったんだ。……明日もよろしくな」


 返事は返って来なかった。だがそれでもいい。

 俺も疲れたけど、オズも俺に魔法を使ってくれたり、内心は相当気を遣ってたはずだ。お互い、後はゆっくり休もう。

 

 五百年という歳月を生きてきた、という会話を思い出す。どうやって、どんな気持ちで過ごしていたか、俺は何一つ知らない。ましてや励ますなんて、次元が違いすぎて何とも言えないところだ。


 しかしこれからの生活で、今より少しでも心を開いてくれるようになったら。俺の事もちゃんとあいつに伝えたり、理解を深めていけば。

 俺達はもっと仲良くやっていける。そんな希望はまだ、持ち続けたい。


 布団の中に潜り、目を瞑る。すると、俺の脳や体全てが、瞬時にまどろみに落ちていく感覚がした。

 普段なら明日への不安や焦燥感で、かなり寝付きが悪かったはずだ。

 そんな記憶も、思い出そうとしては、真っ暗な空間に、徐々に、飲み込まれていく──。


 完全に俺の意識が夢の中へ旅立つ。──その直前に、俺は手にふわりとした感触がしたのを朧げに感じていた。

次回更新は 1/25(土)12:00 予定となります。

面白いと感じて頂けましたら、ブックマーク、高評価をよろしくお願い致します。とても励みになります!


***

X(旧Twitter) @ppp_123OZ

日常ツイ・進捗、更新報告等行っております。

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