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オズの世界の歩き方  作者: 藍沢
プロローグ
1/46

─0 風が喚んでいる

初投稿です。よろしくお願いします。

 過去・現在・未来まで、貴方の名声が永遠に轟きますように。




***


 ──俺、灰野(ハイノ)シロウは今、死ぬほど眠かった。


 会社の定時はとっくに過ぎてふらふらの手でタイムカードを切った。

 やつれた目をごしごしと擦り、ぼうっと考え事をしているうちに、いつの間にか一戸建て賃貸アパートにたどり着いた。

 いつもの変わり映えのない、がらんどうの部屋。玄関先に荷を下ろす。


 今日も疲れたな。

 最近は特に忙し過ぎて、その一言で今日の日記が完結できる程だ。まあそんな習慣は全く無いのだが。

 さて、風呂・洗濯・着替え・諸々終わらせれば、後は一般男性一人暮らしの気ままな趣味の一つや二つ……。明日の朝飯の用意をしてみるか? 次の休日の段取りを決めようか。


 とにかく楽しいもの。気が晴らせるものなら何でも良い。何か──そんな飛びつくくらい夢中になれるものなんて、今の俺には無い。


 水道水を入れたガラスコップを持って台所の前に立ち尽くしていた俺の足元を、こそこそとくすぐる生き物がいた。


「あぁ、トト」

 愛犬のトトだ。ちょこちょこと動き回る度に、黒の毛並みが家の薄暗い蛍光灯の光をてかてかと反射している。


 ──そういやお前の飯、まだだった。

「ごめんごめん。すぐ用意するよ」

 そう言って台所の収納棚に手を伸ばす。


 今日のトトのご飯は、魚系の日だっけ。昨日が、ほろほろの鶏風味だった気がする。

 残りがあと、一・二・三……。そうやって呑気に考えている間、俺はふとある事に気が付いた。


「──俺、そういえばまだ飯さえ食ってねぇな」

 

 さっきまでの俺は理想的な退社後のルーティンなんかを想像していたが、妄想は現実に何ら影響を与えないのだ。


 何が明日の朝飯の用意だよ。と悲しくも慣れてしまったセルフツッコミは、毎度の事ながら虚しい。

 

 今の時間はというと、──午後十一時を過ぎていた。寝てたのかと思うが、考える限り俺はずっと意識があったようだ。更にはこの台所に突っ立ったままだったという事も事実。……狂ってるのか?


 ここ一年程前からこんな調子の生活が続いている。

 何を考えても気怠くて、動きがとろくて鈍臭い。そんな毎日だ。

 

 今日も仕事でミスがあって、それの修正に追われて、結局明日の準備も中途半端なまま帰ってきてしまっている。


 トトも最近、少し元気が無いように見える。

 本来ならもっと外で遊んで体を動かしてやらないと弱ってしまうんだが、生憎今日は特に天気が悪い。

 雨は降っていないが風が激しいようで、古めの窓のフレームが軋み、不気味な音を立てている。


 ──今日も外出は無理だな。

 しかし、こんなのはただのこじつけだ。俺は今、非常に眠い。

 たかがそれだけだ。飼い主は無責任だと、トトもさぞ迷惑に思っているだろう。しかし……。当のずぼらは一歩も踏み出す気力が湧かなかった。


 へたりとその場に蹲る。ああ、もう限界だ。

 ──いや限界か? 二十五歳社会人。日付も変わって無いなら、まだまだ余裕で遊べる元気さがなきゃ、この先やってけないだろうが。振り絞れ。


「眠い……」


 そうだ。今から三十分くらい外に出て、トトとランニングでもして、汗を流してシャワーを浴びたほうが、そのまま寝るより健康にいいんじゃないか? いや、それより明日の書類の見直しを……。


「もう疲れた……」


 俺の体は完全に動く事をやめた。


「いつまでこうなんだ……」


 ──ドン‼︎


 ──聞いたこともない雷鳴が響いた。


 近くに落ちた? ぼんやりと目を開けているつもりだが、心の底から興味も沸かず、目の前にあるものすらモヤモヤしていてよく分からない。


 トトが冷たい鼻の先を、力の抜け切った俺の手の平にぐりぐりと押し付けて、なんとか起こそうとしているような手触りがある。


 次第に宙に浮いているような、目眩どころか体丸ごと回転しているような感覚になってきた。そのままぐらりと床に寝そべる。


 夜空をものすごい勢いで駆けているような、物凄い引力で床に無理やり押し付けられているような……。

 何だこれ……。俺、どうなってる? ──もしかして、飛んでるのか?


 はは、なんてな。


 ──もし空を飛んでるなら、もうこのままどこか知らない場所に連れて行ってくれたらいいのに。

 そうしたら俺は……楽に……。


 頬に床の冷たさが伝わって、それが沸騰するような脳の熱を冷ます。今はただそれがとても心地良い。


 意識はそこで途切れた。


***




 ──ここは遥か彼方、地図にも載っていない、何処かの世界。

 広大な草原。青々と茂る木々。自由に野を駆けるのは数頭の山羊。

 

 そこに威風堂々とそびえ立った巨大な城は、この景観には少し異質な空気を醸し出していた。


 城の外壁に無数のステンドグラスの窓から日が差すと、大広間は虹色に輝いている。


 ──壇上には巨大な玉座。


 誰かが座っている足は見えない──が、豪勢な刺繍と宝石が散りばめられた厚手の緞帳が、確実にそこに居る何者かを隠していた。


 壇上の前には大勢の人が群がり、それは大広間を出ても長蛇の列を成していた。

 人々は我こそが先だと肩を捻り、隣り合った者同士を押しのけ、口々に玉座へ問いかけていた。

 期待に溢れた目。されど、その表情には不安が見え隠れしている。


「──様、もうひと月が経ちますぞ!」

「──様、今日はわたくしの願いをお聞きになって!」

「──様、まだ具合が悪いのですか?そろそろお顔を見せてくださいませ!」

「──様!」

「──様!」

「──様!」


 願い。それは彼等の希望の光。


 彼等の口々の切望は、まるで消え入る光を絶やさぬように力を尽くしているかのようだった。


 ──カツン!


 大広間の入り口で、かん高い音が一つ響く。すると先程までの大合唱は最初から無かったかのように、しんと静まり返った。その場に居た全員が同時に息を呑んだ。


 音は前へ前へと進んでいく。ひしめき合っていた群衆が、僅かな隙間に限界まで身を寄せ、その音の中心を避け、道ができていく。


 音の中心。透き通る白い衣を何層にも纏った、スラリと伸びた長身が、玉座に向かって口を開いた。


「──、この事態の責任を取りなさい。さもなくば、力尽くで貴方を玉座から引き摺り降ろします」


 その声に、玉座の主はぴくりと反応した。


 ──うるさい。


 周囲の空気が蠢き始める。玉座の主の感情に合わせて、鼓動しているようだった。

 緞帳の裾から、薄い霧がじわじわと大広間に広がり、人々をざわつかせる。

 足の先に霧が触れると、心の底から震え上がるような冷たさを感じ、人々はそれが玉座の主の怒りだと理解した。


 瞬間、大広間に激怒した声が響き渡った。


「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい‼︎」


「毎日毎日、くっだらない願い事ばっかり持ってきやがって‼︎ 僕はもううんざりなんだよ……。もう誰の願いも叶えてやるもんか‼︎」


「ずっと考えてた……。嫌だ。苦しい。今すぐこの場所から逃げたい‼︎」


 主の天高く伸ばした両手から閃光が迸る。


「──誰でもいい‼︎ 僕を殺してくれよ‼︎ 今すぐ僕を、“自由“ にしろ‼︎」


 主の足元から、光の渦が巻き上がった。渦は一直線に天井に登り、重厚な緞帳を紙切れのように捲れあがらせた。


 衝撃で大広間一面に暴風が駆け抜ける。驚愕する人々は風に巻き込まれないよう、必死で互いの肩を抱き合い床に這いつくばった。


 その場から微動だにしない長身の者は、激しくはためく自身の衣に構わず、その後に起こる一部始終から目を離さなかった。


 世界がほんの数秒、スローモーションになる。

 光り輝く壇上で、翻った緞帳に一瞬、主の姿が垣間見えた。


 ──しかしそれは、耳をつんざくような爆発音と共に、壇上の玉座を悠々と粉砕できる程の巨大な塊の下敷きとなった。

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