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地獄の証明

作者: あき

こんにちは。初めて来る人ね。

私の話を聞きたいんでしたっけ? いいですよ、長くなるけど良いかしら。


あ、自己紹介しましょうか。……といっても、私の事は知っているのよね?

ええ、合ってる。私が、神原美保。とある宗教団体の教祖をしていたの。


私の所属していた団体は「死の恐怖を拭い、死を迎えること」を目標とした団体だった。


あなた……ええと、坂木さんね。あら? もしかして……ふふ、同じなのね、あなた。よろしくね、坂木さん。


坂木さんは、死ぬことってどう思う?

私はね、死ぬことが怖いの。

ふふ、そうね。教祖なのに、一番の違反者は私なの。




突然だけど、自殺って悪いことだと思う?

私は悪いとは思わないの。だって、今生きてる世界が地獄で、そこを抜け出したかったから『死』という道を選んだだけだから。ただそこに、相手がいたらそれは『殺人』になるとは思うけど。例えば虐められた末の自殺は、殺人と同じじゃないかなって、思うわ。



自殺したいくらい苦しんでるのに、死ぬのが怖い人って、結構いるのよ。私はどちらかと言えば、死ぬのが怖いというよりも、死んだ後どうなるのかが怖かった。

例えば死んだ後、感情はあるのか。

この気持ちはどこへ行くのか。死んだ後も持って行けるのか。

今こうやって色んなことを五感で感じているのに、それがテレビを消すようにブツンと消えてしまうのか。


それがとても怖かったの。


ところで、地獄ってどんなところだと思う?

ごめんなさいね、話がコロコロ変わって。真面目に聞いてくれる坂木さんにはついついお喋りになっちゃうみたいなの。

そうそう、地獄の話だけどね。鬼がいて、生前の罪にあった罰を受けるとか……絵本や小説ではそんな感じの事を書いてるよね。


私ね、思ってしまったの。それって、今生きてる世界よりも生ぬるいのかもって。

だって今生きてる世界が地獄なんだもの。


あなたはどんな人生を過ごしたの?

私? 私はね、物心ついた時から父親に虐待されてたの。男性器を握らせたり、口に入れられたり。とても気持ち悪いものよ、男性って。あ、父がそうってだけで他の男性には違う人もいるって知ってるわ。

母はその事を知ってたけど言えなかったんじゃないかしら。母は悪い人ではないけど、お金に弱い人だったかな。守って欲しかったけど、ギャンブルの方が好きだったみたい。

父が事故で死んでからは更におかしくなったかもしれないわ。変な宗教にハマったりしてね。


そしてその宗教の教祖が亡くなって、次の教祖へ私が推薦された。

母はもちろん私が選ばれると思っていたわ。自分で言うのはなんだけど、見目だけは綺麗だし、神様のようだと誰かが言っていた。

ただ母は誰にも言えなかった事がある。それは私が純潔では無いってこと。言ったらお金を貰えないものね、仕方ないわ。


そうして教祖になって、みんなの地獄を聞いてきた。

私なんかよりひどい人生を送って、自らの命を断ちたいのに出来なかった人ばかり。

だってみんな怖いのよ。死んだ後どこに行くのだろうって。


私も分からない。みんなと同じ。なのに、みんなの先頭に立たなければならなかった。


分からないものを分からないと言えば、母に怒鳴られたの。

だから、知ろうとしたのよ。


知ろうと思って、人を殺すことにしたの。


地獄に行くには地獄に行くための準備をしなければならないと思ってね、それが私にとっては殺人だった。


私、その事をみんなに伝えたの。意外と良い反応でね。みんな、死にたいのに自分からは死ぬ事の出来ない人たちだったから、私が送ってあげたの。

地獄に行く人は何人くらいかしら。


私が行くのは確実ね。ふふ、行けた時は坂木さんに教えるわ。

どうやって?そうね、どうしようかしら……。


ああ、そうだ。あなたに頂いたこの名刺、一度お返しするわ。

地獄に行けた時は、この名刺の隅を黒くするわ。


楽しみにしててね!











ぼんやりとテレビを見ていると、速報ニュースの音が聞こえた。

テレビの上の方に【宗教団体の教祖・神原美保被告(25)の死刑執行】と書いてあり、2年ほど前にインタビューをした彼女の事を思い出した。


「坂木、こいつお前が前に記事にしたやつだろ」

「大井先輩……」


テレビを見ていると、後ろから大井がコーヒーを飲みながら話しかけてきた。

坂木も彼に返事をするが、視線はテレビを向いたまま。画面の中には以前会った時と変わらない、可愛らしい笑顔を見せる彼女の写真が使われている。


「あの記事、まあまあ評判が良かったじゃなかったか?」

「そう、ですね。それなりにコメントや評価は頂きましたよ」

「坂木から見て、こいつはどんなやつなんだ?やっぱり教祖っていうには頭がおかしいのか?」


そう言われて、彼女と話した時のことを思い出す。


「おかしい、とは思いませんでしたね」

「ほう?」

「誰もが思う事を彼女も思っていた。私も死ぬ事は怖いと思いますよ」

「まさか……影響受けたのか?」

「そうじゃないですよ。死んだ後の事を、一度でも考えたことがあるということです」


それを知ろうとして殺人を犯すのは、良いとは言えないけれど。


「今地獄を生きてる人は地獄に行ったらどんな事を思いますか?」

「……特に何も思わんな。苦しみが続くだけだろ」

「なるほど……。そういう考えをするのもアリですね」

「こいつは何て言ったんだ?」

「生ぬるい、だそうで」


そう言うと大井は声を出して笑った。


「いろんなやつがいるもんだ」

「そうですね」

「これでまた坂木の記事が読まれるんじゃないか?当時、こんなにインタビューに応じてくれるやつじゃなかっただろ、神原ってやつ 」

「あー、そうみたいですね。なんか気に入られたみたいです、私」


――同じなのね、あなた。


名刺入れの別ポケットに、あの時彼女から返された名刺が入っている。

それをそっと取り出し、『坂木 実穂』と書いてある自分の名を指でなぞる。


名刺の端が火で炙ったように黒くなっている。

どうやら彼女は無事に地獄へ行けたようだ。




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